とある夏の日 ???編 前編
「舞妓Haaan!!!」
「ぬっ!?…優斗?いきなりどうした?」
着いたばかりの駅を出て街並みを見た瞬間に叫んだ俺の横で、ナイスミドルな師範が驚いて飛び退った。
歳に似合わぬ俊敏な動き、流石は我が師範よ。
「驚かせてしまってすみません。京都に来たらこれを言わなければならないと聞いたもので。」
「誰に聞いた?」
「すみません。忘れてしまいました。」
「ぬぅ……どこのどいつだ。そんな出鱈目を子どもに教えた愚か者は。」
師範が額に手を当てて溜息を零している。
普段の俺からすれば驚いて当然の出来事だっただろう。
まぁそんな事はどうでも良いんだ。
というわけで……俺、京都に来ました。
「ーーーそれでは、18時までは自由行動とする。ただし、携帯等の連絡手段を持たない者は大人の同行なしで外出はしないこと。良いな?」
『押忍!!』
俺を含めた数人が声を上げる。
この度、俺は空手の合同錬成会の為に京都に訪れていた。
うちの道場からは師範率いる数人の有段者が選ばれて参加の許可を得ている。
この合同錬成会は毎年行われているが、俺は去年から参加できるようになった為、参加するのは今年で2回目だ。
ちなみに小学生でこれに参加するのは、当道場では初めてらしい。
昨年、総本部から届いた参加推奨者の中に俺の名前があるのを見た時、師範は驚くと共に嬉しそうな顔をしていた。
ともあれ、合同錬成会は明日からの2日間。
今日は朝早くから集まって新幹線で京都まで来ており、今はまだ昼前だ。
夕方までは自由行動が許される。
俺は折角の京都を満喫しようとウキウキしていた。
既に部屋に荷物を置いており、ロビーに集合した時には必要な物だけ入れたリュックを背負って来ていた。
師範の話が終わり、さぁ外に出ようと意気込んでいた俺に、師範が話しかけてきた。
「おい、優斗。」
「押忍。何でしょう?」
「もう出かけるのか?まだ着いたばかりだが。」
「押忍。折角の京都なので。」
「何かしたい事でもあるのか。」
「色々見て回ろうと思っていますが。」
「そうか……そういえば去年は何人かで観光していたな。今年は1人か?」
「押忍。母からも許可は得ているので……駄目でしょうか?」
「いや……お前なら大丈夫だろう。念の為、連絡はすぐに取れるようにしておけよ。」
「押忍。」
「集合時間は守るようにな。あと、明日に疲れを残すなよ。では、気をつけて行ってこい。」
「押忍!失礼します。」
師範のお許しもいただいた。
いざ、京都観光へ!!
昨年は道場の先輩達に連れられてあちこちを回った。
その時は1人で歩き回るのを母さんが許可してくれなかった為である。
日頃から世話になっている先輩方で、一緒に観光するのも楽しかったのだが……その時は先輩方が俺に気を遣って、小学生でも楽しめるような所に連れて行ってもらったのだ。
映画村で忍者のアクロバティックな演出を見たり、清水寺や金閣寺に行ったりした。
それはそれで楽しいのだが、俺はもっと地味で渋い寺院巡りがしたかったのだ。
だから今年は母さんに土下座する勢いでお願いしまくり、帰ったらまたデートする事と、観光先の写真を送る事を条件にお許しいただいた。
「さてさて、まずはやっぱり東寺かな。それから金戒光明寺にも行きたいし……大覚寺も外せないよなぁ。折角なら鞍馬寺にも行ってみたいけど、時間がなぁ……」
1週間以上前からあれこれと考えていたはずなのに、いざ京都に来てみると行きたい場所が多すぎて迷ってしまう。
だが悩んでいる時間も勿体ない。
ここはやはり計画通りに行こう。
俺はスマホのメモ帳を開いた。
「いやぁ、やっぱ広隆寺の弥勒菩薩は大したもんだったなぁ。………ぬ、いつの間にかこんな時間か。」
空はまだ青いが昼飯を食べてから数時間が経過していた。
時間には余裕があるが、ここでゆっくりしている暇はないな。
「よし、次に行こう。」
と呟いて歩を進めようとしたところで、近くにあった広場の方から揉め事の声が聞こえた。
君子危うきに近寄らず、と言いたい気持ちはあるが、何故か妙に気になってしまい、特に葛藤もなく自然とそちらに歩み寄っていた。
「…ん、あれは……?」
騒ぎの方へ向かうと、柄の悪い男3人と女1人が何やら言い争いをしていた。
男達は派手な金髪や赤髪に染めており無駄にダボついた服を着てピアスも付けているが、顔立ちは幼く、おそらく中学生から高校生くらいの年齢だろうと予想した。
相手の女も同じくらいな感じで、子どもの喧嘩という見方もできる現場であった。
だが男達は見るからに行儀のよろしくなさそうな輩で、まだ特に暴力等を振るわれた形跡もないからか、周りの大人達もチラチラと盗み見ては素知らぬ振りをしたりしている。
更に近付くと、話の内容までしっかりと聞こえてきた。
「せやから、お前がやったんやから弁償せぇ言うてんねん!」
「あんたが自分からぶつかってきはったんやないの!」
「お前が前見てへんやったからやないか!」
「せやせや!」
「はぁ!?馬鹿みたいにくっちゃべりながら大股で歩きよってよぉ言うわ!人のせいにするのも大概にしぃや!これやから大阪の男は嫌なんよ!下品なのは顔だけにしときや!」
「なんやてこらぁ!?」
「いてこますぞこらぁ!!」
「せやせや!!」
ふむ……真ん中にいるヤンキーの服に何かが溢れたようなシミが付いているな。
そして地面には口の開いたお茶のペットボトルが転がっている。
つまり……そういう事だな。
さて、どうしようか?
作者は京都や大阪の方言について全くの素人です。
関西出身、在住の方は、間違いや不自然な点があれば感想か誤字報告にてお知らせ下さい。




