とある夏の日 親友編 前編
「あー……あっつぅ……」
ジリジリと熱い太陽に焼きつけられる中、日陰を探して辺りを見回す。
公園で待ち合わせをしているのだが、この公園には屋根がない為、暑い中待ち合わせをするのに適した場所がなかなか無いのだ。
「日陰…日陰……ないじゃん。」
仕方なくベンチに座って穏やかに吹いている風を最大限感じるように努めよう。
前世で子どもだった頃は、どんなに暑くても平気で走り回っていたんだが……一度大人の感覚を経験してしまうと、こういう時は不便に感じてしまうな。
まぁ、アイツもそろそろ来るだろう。
もう少しの辛抱だ。
数分後、見慣れた丸いシルエットのそいつはやってきた。
小学生にしては縦も横も大きいが、その巨体に似合わず足取りは軽やかなのが妙にムカつく。
俺は思わず舌打ちをして叫んだ。
「おい!遅いぞ武!」
目の前に近寄ってきた少年、香田武は額から汗を流しながら笑った。
人相がよろしくないからか、まるで犬や狼が獲物を威嚇しているような笑顔だ。
いや、顔の形は動物というよりジャガイモなんだけどね。
「すまんすまん、寝坊して朝飯が遅れちまってよぉ。」
「寝坊したくせにしっかり食ってきたのか?」
「あんまり待たせちゃ悪いから、ご飯は2回しかおかわりしてねぇぞ!」
巨体を晒してドヤ顔をする。
「ドヤ顔やめろ。朝から食い過ぎだろ。」
「おいどんは腹が減っては動けないでごわす。」
「急に力士キャラかぶるのやめろ。相撲出せば許されると思うなよ。」
「ごめんでごわす。」
「わかった。わかったからそれやめろ。時間が勿体ないから、もう行くぞ。」
「りょーかい。」
俺達は最寄りの駅へと向かった。
そして数回電車を乗り継いで約1時間後。
「海だー!!」
「それさっきも言ってなかったか?」
海パン姿で両手を上げ、海に向かって叫ぶ武を見て冷静につっこむ。
それなりの数の人が海水浴に来ていた。
武の大声に反応して辺りの人がこちらを見る。
恥ずかしいっての。
「それは着替える前だろ。水着着て海を見ると、また違う感動があるじゃんか。」
「……わからんでもない。」
なんせ俺も叫びたくなったからな。
「まぁ、んな事どーでも良いって。泳ごうぜ!」
「待て。その前に準備運動だ。」
「優斗、これは水泳の授業じゃないんだぞ?」
「アホ。海を舐めるな。」
「えー」
「せめてアキレス腱伸ばして手足首の運動だけでもするべきだ。筋が攣って溺れても知らないぞ。」
「うっ…わ、わかったよ。やるよ。」
てなわけで準備運動。
「よっしゃ、次こそ海だ!」
「おう、行くぞ。」
2人して海に走り込む。
なんだかんだで俺もワクワクしていた。
海水浴に来ている人達の間を縫って走り、海に入ると冷たい波が足に絡み付いた。
今日は特に暑かったから気持ち良いぜ。
「うっひゃー!きもてぃー!!」
キャッキャとはしゃぐデブ。
見苦しい事この上ない。
何が気持ち悪いって、脂肪の中に見える確かな筋肉が微妙にカッコいいのが気持ち悪い。
こいつ、本気で相撲やってるみたいだからな。
「おい、とりあえずもっと深くまで行くぞ。」
「よしきた!天然浮き袋の力を見せてやるぜ!」
いや、お前のはある意味人工だろ。
あと、筋肉は沈むから気を付けろよ。
「いやぁ、結構美味かったな!」
武が腹を摩りながら満足げにそう言った。
「確かに美味かった。海の家ってのが雰囲気あるよな……それにしても武は食い過ぎだが。」
「そうか?これでもちょっと抑えたんだけど。」
「横に座ってたギャル達がドン引きし過ぎて爆笑してたぞ。」
「え、まじ?俺笑わせてた?」
「笑われてた、な。調子に乗んな。」
ジャガイモみたいなボウズ頭を軽く叩きながら歩いていると、先の方に人集りが見えた。
「……なぁ、あれなんだと思う?」
「んぉ?……さぁ?」
目を細めて見た武も首を傾げる。
「とりあえず見てみようぜ。何か面白い出し物とかやってるかもしれんし。」
ストリートパフォーマンスならぬビーチパフォーマンスか。
行ってみよう。
人集りの中では、海パンを履いた男2人がボクシングのグローブを着けて動き回っていた。
というか片方がブンブン拳を振り回し、もう片方が軽やかに避けたり防いだりしながら立ち回っている。
暫く見ていると、ストップウォッチの音が鳴った。
2人が止まって、握手代わりにグローブを打ち合わせている。
「これって……」
「殴られ屋ってやつじゃね?」
俺が言うよりも早く、武が近くに立てかけてある看板を指差して言った。
その看板には、"1分2000円で殴り放題"と書かれてある。
あまり詳しくはないが、前世でテレビか何かで知った情報からすると割高な気がする……海という特殊なロケーションでやっているからだろうか。
テーマパークで売ってるジュースが高いのと同じような感じかもしれないな。
「……面白そうだな。」
隣で武がニヤリと笑った。
面倒な予感がする。
そろりと後ずさろうとした俺の肩を、武ががっしりと掴んだ。
「なぁ優斗……これ、やってみようぜ。」
「…言うと思った。」




