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とある夏の日 後輩編 後編

「さてさて、そろそろ帰ろうかね。」


「そうですね。」


コインゲームやらUFOキャッチャーやらを一通り楽しんだ後、暗くなる前に帰ろうという事になった。


「こっちから出ようか……ん?」


近い出口を探していたところで、何やら面白そうなものを見つけた。


「どうしました、優斗くん?」


「いや、あれ……」


首を傾げる美緒は俺の指差す先を見て目を丸くした。


「あれは……『マスクライダー』のゲーム?」


「みたいだね。」


幼児向けのゲームが並ぶ一角。

そこに大きな筐体のゲームがあった。

広いディスプレイの前にちょっとしたステージのようなものがあり、そこで幼稚園児くらいの男の子がバタバタと手足を動かしている。


ディスプレイでは、黒ずくめの敵がキーキー叫びながら動いている。

どうやらあれは、昔から小さな男の子に人気の『マスクライダー』というアニメの、体験型ゲームのようだ。

子ども向けに"次は○○してみよう!"という言葉が流れている。


最後に男の子が「えいっ!」と言いながらキックをし、画面上の敵は倒れた。

男の子が勝利のポーズをし、ゲームは終了。

近くで見ていたお母さんらしき女性に駆け寄り、抱き付いている。



「初めて見たな。あんなゲームがあるのか。」


「凄いですね…」


時代は進化してんだなぁ。


「面白そうだな。」


ポツリと零すと、美緒はクスクスと笑って俺を見た。


「優斗くん、やりたいんですか?」


「まぁ、な……子どもっぽいか?」


「ちょっと。でも、良いと思います。」


弟を見る姉のような瞳。

この娘ほんとに凛と同い年?


「したい事を"したい"って言えるのは、優斗くんっぽいです。」


「お、おう……」


何ぞこれ。

恥ずかしっ






ほんのちょっとドキドキしながら筐体を前にすると、先程遊んでいた男の子が近寄って俺を見上げた。


「にーちゃん、これやるの?」


「うん。面白そうだったからね。」


「たのしいよ!にーちゃんがんばって!」


男の子は人懐っこい笑みを浮かべてお母さんのところへ戻った。


「優斗くん、がんばって下さい。」


美緒はクスクス笑いながらそう言った。

若干恥ずかしい気持ちはあるが……やるからには真剣(マジ)だ。

全力で戦ってやるぜ。




700円を投入してゲーム開始。

性能故か、高いんだな。


「おっ、レベル設定とかあるのか……」


難易度レベルは、"かんたん→ふつう→むずかしい→やばい"の4段階に分かれている。

やばいって何。

あ、各レベルの説明があるぞ。


かんたんモードはプレイヤーへの細かな指示があり、必ず勝てるようになっている。

ふつうモードは要所でちょっとしたアドバイスがあり、従えば基本的に勝てるようになっている。

むずかしいモードは指示やアドバイスは無く、自分で避けたり防御したりして、自分で攻撃しなければならない。プレイヤーのHPが0になると普通に負ける。


そしてやばいモード。

これはむずかしいモードとほぼ同じ仕様だが、敵の強さが上がっているのだそうだ。

そして高性能カメラによるプレイヤーの動作の反映が非常に細かく、防御にしろ攻撃にしろ、ちゃんと打たなければまともにダメージを与えられないらしい。

……いや、やばくね?

これ幼児向けのゲームだよな。


おそらく俺みたいな変わった奴を対象にしたモードなんだろうな。

もしくはただのネタか。

どちらにせよ、これは俺への挑戦と受け取った。

どうせならやったろうじゃないか。


「やばいモードっと。」


「優斗くん、大丈夫?」


「ものは試しだよ。面白そうじゃん。」


さぁ、ゲーム開始だ。






敵のパンチを避けつつローキックを入れる。

甲高い呻き声を上げて敵の動きが止まった。

その隙をついて三連突き。

更にとどめの上段回し蹴りが敵の顎に打ち当たる。

画面上では俺の攻撃に合わせて敵が呻きながら倒れ伏した。

おそろしい投影度だ……これが技術か。


「優斗くんすごーい!かっこいい!!」


ザワザワとした音の中から美緒の声が聞こえた。

気付けば周りには10人ほどの観客が立っている。

こんな幼児向けのゲームでガチの格闘やってたから随分と目立っていたようだ。


「優斗くん、次が最後だって!」


美緒がディスプレイを指差した。

ふつうモードは2回戦、むずかしいモードとやばいモードは3回戦まで行われる。

いま戦った敵が2人目だった為、次が最後だ。


画面が赤く点滅し、軍服の筋肉マッチョが現れた。

片目に眼帯をしており、ぶっとい葉巻を咥えている。

こいつがボスだな。


「がんばれ優斗くん!」


「にーちゃんがんばれー!!」


「やっちまえボウズ!」


「あら、可愛い坊やね。お姉さん応援しちゃう!」


美緒に続いて小さな男の子や見知らぬおっさんが声援を送ってくれる。

何か1人だけ青髭が強烈なスキンヘッドのオカマがいるが、これはスルー安定。




最後の戦いが幕を開けた。

開始直後、ボスがドロップキックを放つ。

いきなりの大技に驚くが、避けられない事はない。


「よっと…はっ!」


サイドステップで回避し、立ち上がるボスに回し蹴り。

しかしボスは思った以上に機敏な動きで体勢を整え、ガードをした。


「ふっ!はぁ!……しっ!」


互いに突き蹴りの連攻を放ち、相手の攻撃を捌く。

こいつ、強いな。


「はっ!ふぅ!…おりゃ!ぐぅ……せいっ!」


一撃入れたと思ったら入れ返される。

一進一退の攻防が続いた。

動きはますます激しく、鋭くなっていく。



「まだだ…もっと疾く…もっと強く!!」


そして、互いに身を削っていくような攻防の末、先にバランスを崩したのは、ボスの方であった。

ボスの攻撃を受け流した際に姿勢が崩れ、小さな隙を晒す。


「っ!そこだぁ!!」


脇下から腕を回すようにして水月を突く。

更に腰を返して腿裏にローキックを入れると、ボスの膝ががくっと曲がった。

それでも抵抗しようとボスが裏拳を振り回すが、素早くバックステップをして回避した俺には届かない。

体の前面を空けて大きな隙を晒したボスの顔に、後ろ廻し蹴りが炸裂した。


太い呻き声を上げ、ボスが地に伏せる。

"GAME CLEAR"の文字が現れた。

途端、周りから湧き立つように大きな歓声が上がる。




「優斗くんすごすぎ!ばりかっこいいっちゃけど!!」


興奮した様子で美緒が腕に抱きついてくる。

周りの人達も胴上げしそうな勢いで近寄って来た為、俺は美緒の手を握りその場を急いで離れた。

目にハートを浮かべたオカマにだけは捕まりたくない。


観客の女子高生っぽい人が「SNSにあげて良い?」とか言ってきたのを反射的に頷きながら、俺は美緒を連れて逃げるようにショッピングモールを後にした。

最後はバタバタになったけど、今日も楽しい1日だったな。

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