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とある夏の日 後輩編 前編

行き交う人々の話し声や足音、バスやタクシーや電車の動く音、どこからか聞こえる工事の音。

ガヤガヤと騒がしい駅前を歩き、目的地が見えてきた。


先日、母さんと行った繁華街よりは小さく人も少ないが、うちの最寄駅周辺はそれなりに栄えた所だ。

ちょっとしたショッピングなら十分できる。

更にあまり大きくはないが映画館もあるのだ。


そして、今日の俺の目当ては正にそれであった。

待ちに待っていた映画が、今日公開されたのだ。

予約はしていない。

俺は良い席が取れるかどうかハラハラしながら劇場で券を買うのが好きなのだ。


時間にも余裕を持って出発した。

まずは券を買おう。

中央後方は空いているだろうか。

高鳴る鼓動を抑えながら、ショッピングモールへ向かった。






ショッピングに到着した俺は、入ってすぐ横にあるパン屋の焼き立てパンの香りにも惹かれず、カフェからほのかに漂ってくるコーヒーの芳醇な香りも無視してエレベーターへ歩を進めた。

映画館は最上階、5階にある。

幸いにも俺がボタンを押す前にエレベーターが上から下りてきており、中から出てきた数人と入れ替えに乗る。


他に入ってくる人もいないようで、閉ボタンを押して上に行こうとした。

しかし、前方からバタバタと走り寄る人を見て閉じかけた扉を開いた。

何やら急いでいる様子だったので、何となく待ってあげなきゃいけない感じがしたのだ。


必死に走り寄る少女…おそらく俺と同じくらいの歳だろうと思うのだが。

寄れば寄るほど、見覚えがあるような気がする。

というか、間違いなく知り合いであった。




「はぁ…はぁ…はぁ……ご、ごめんなさい!……ありがとう……ございます…!」


膝に手を当て、肩で息をしながら礼をする少女。

俺は苦笑いしながら声をかけた。


「大丈夫だから、気にしなくて良いよ、美緒ちゃん。」


「は、はい…ありがとうござ……えっ?」


バッと顔を上げた美緒。

俺の顔を見て目を丸くする。

どうやら全く気付いていなかったようだ。


「あ、え……ゆ、優斗くん?」


「うん、俺だよ。こんにちは。」


「うぇあぁ!?こ、こんにちはです!」


慌てて直立している。

そんな驚く?


「何か凄く急いでたみたいだけど、とりあえず……何階に行くの?」


「あっ、えっと……5階、です。」


何故か恥ずかしそうに俯く。

5階には映画館しかない。

という事は美緒も映画を観に来たのか?

1人だから恥ずかしいのかな……小学生の女の子なら恥ずかしいのかもしれない。



「5階か。俺と一緒だね。」


にっこり笑って扉を閉じる。


「え…優斗くんも映画観るんですか?」


「うん、そうだよ。」


「1人で、ですか?」


「うん。誰かと一緒に観るのも良いけど、1人もたまには良いもんだよね。友達や家族と趣味が被るとは限らないし。」


特に家族、な。

うちは映画の好みがそれぞれすぎるんだよ。

母さんはホラー、姉さんはアニメ、凛はコメディ中心の邦画、俺はアクション系の洋画が好きだ。

DVDなら誰かしらが付き合ったりするが、映画館となると誘いにくかったりする。


「そ、そうですよね!1人でも悪くないですよね!」


美緒が食いつく。

やはり1人が恥ずかしかったようだ。


「うんうん。1人には1人の良さがあるのさ。」


「ですよね!」


途端にニコニコと笑う。

可愛いなぁ。




「ところで、何を観るの?」


話している内に5階に着いた。

エレベーターを降りる時に問うと、美緒は微妙な表情で答えた。


「え、えっと…アクション系…です。」


「アクション?」


いま上映しているアクションって……あれ?


「もしかして、『ランダーズ13』?」


「え!?な、何で知ってるんですか!?」


美緒が目を剥く。


「俺もそれを観に来たからね。いま上映してるアクションといえばランダーズでしょ。」


「優斗くんもランダーズを!?」


「うん。大好きなんだ。」


『ランダーズ13』は大人気アクション映画ランダーズシリーズの第3作だ。

法的にブラックな技術を持つ悪党達がグループで様々な依頼を達成していくという映画で、『トランスボーダー』と比べると格闘シーン等は少ないが俺も大好きな映画である。



「優斗くんがランダーズファンだったなんて……」


「アクション系が大好きなんだ。美緒ちゃんもそうなの?」


「う、うちは…お父さんがランダーズファンで……」


ふむ、アクションというよりはランダーズが好きという事か。

それにしてもこんなところに同志がいたとは。


「なるほどね。……券はもう買ってるの?」


「そ、それがまだ買ってなくて……お父さんに予約頼んでたんだけど失敗してできてなくて……」


「あぁ、それで急いでたのか。」


「あぅ……」


恥ずかしそうに赤面して俯く。


「俺も今から買うところだから、一緒に行こうか。」


「あ、その………あ、あの!」


俯いていた美緒は意を決したように顔を上げた。



「よ、良かった、い、一緒に……観ません…か?」


視線を彷徨わせながら、チラチラとこちらを見る。


「え…良いの?」


たまには誰かと一緒に映画館でアクション映画を観たいと思っていたし、俺はウェルカムなんだけど。

ついさっき1人も良いよねって話したばっかだよ。


「ゆ、優斗くんと一緒に観たいんです!……だめ、ですか?」


小学生にしては高身長で爽やか系の美緒が、顔を赤くしておそるおそる問いかける様は……めちゃくちゃ可愛かった。

これ、断れる奴とかいんの?

そんな奴いたら俺が全力でローキックぶちかますんだけど。


「駄目なわけないよ。一緒に観ようか。」


「あっ…う、うん!!」


美緒は嬉しそうに頷いた。

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