とある夏の日 姉編
目の前の扉をコンコンとノックをした。
部屋の中から静かな足音が聞こえ、扉が開かれる。
水色のルームウェアを着た姉さんが現れた。
「…ん?」
小さく首を傾げる。
姉さんは中学女子の平均より高身長で、そこそこ大きくなった俺でもまだ身長では負けている。
スポーツ系女子の凛より女の子らしく白い太腿が短パンから出ており、非常に目に毒であった。
「姉さん、今日どこか出かけるの?」
姉さんは首を振る。
「そっか。そろそろお昼ご飯作ろうと思うんだけど、何か食べたいものある?」
「ん……凛は?」
「凛は美緒ちゃんの家に遊びに行ったよ。」
現在の時刻は11時45分。
そして凛は30分程前に家を出ていた。
「なら……チャーハン。」
凛は麺類が好きだが、姉さんは米派だ。
凛がいる時は凛の食べたいもので良いと言うのだが、今日みたいにいない時は主にチャーハンを食べたがる。
俺はいま家にある材料を思い浮かべた。
「普通のとあんかけ、どっちが良い?」
「……あんかけ。」
「あんかけチャーハンね、了解。」
にっこりスマイルで頷き、キッチンへ降りていった。
「……美味しい。」
「良かった。カニカマが微妙に残りそうだったから、全部入れちゃったんだ。」
「カニカマ……美味しい。」
「姉さん、魚介好きだもんね。」
「ん。」
カニカマを魚介と言うのは語弊があるが、まぁこんなものはノリだ。
凛は肉が好きだが、姉さんは魚や貝などを好む。
本当に、何から何まで合わない姉妹だと、不思議に思う。
美味しいと言っている割には無表情でもきゅもきゅと食べているが、よく見れば口角は上がっているし眦も下がっている。
どちらも姉さんをよく知らない素人にはわからないだろうが、姉さん検定二級の俺からすれば一目瞭然であった。
ちなみに2年以内には準一級を取得するつもりだ。
今のところこの検定の受験者は世界で俺だけである。
「…ユウ?」
阿保な事を考えていると、姉さんが不思議そうにこちらを見ていた。
いかんいかん、正気に戻らなくては。
「どうしたの、姉さん?」
「ん……何でもない。」
小さく首を傾げた後に、横に振った。
「そっか……姉さん、午後の予定は?」
「…DVD…観る。」
「へぇ、何の?」
「色々。」
「色々?」
どゆこと?
いや、意味はわかるけどさ。
「…昨日、お母さんと一緒に借りてきた。」
「あ、そうなんだ。」
昨日は母さんが休みだった。
俺は外で綺音と凛と遊んでいたから、その間にビデオ屋に行っていたのだろう。
「色々って事は、幾つか借りたの?」
「ん。」
「例えば?」
「『オランウータンの惑星』……お母さんのオススメ。」
前世で観たな……確かに面白かった。
母さん、ああいうのが好きなのか。
「それと『劇場版クレパスりんちゃん』」
「りんちゃんか…そういえば姉さん好きだったね。」
「ん。」
ギャグテイストのアニメを無表情で観る姉さんはかなりシュールだ。
「あと……『トランスボーダー3』」
「え…珍しいね。」
トランスボーダーは常にボーダーを着た運び屋が超人並みのドライブテクニックと戦闘術を武器に、様々なトラブルを解決していくというアクション映画だ。
姉さんがアクションを自分から観るのはかなり珍しい。
「…ユウ、と………観たかった…から。」
顔をほんのり赤らめ、珍しく視線を彷徨わせる姉さんは、超絶可愛かった。
いやまじで。
鼻血出るかと思ったわ。
「そ、そっか……」
「……観たく、ない?」
鼻血を我慢して顔をそらしていると、姉さんが悲しげに眉を寄せた。
慌てて向き直る。
「い、いや違うよ!超観たいよ!俺、大好きだし。」
「…そう?」
「うん!そうなの!さっきのは……姉さんが俺の為に借りてくれて、めちゃくちゃ嬉しかったというか……嬉しすぎたというか……」
自分の顔に熱くなるのを感じた。
きっと俺も、ほんのり赤くなっている事だろう。
「……ん、そっか。」
目を丸くした姉さんも、やがて安心したように満足げに笑った。
その後、夕方になるまで2人でDVDを見まくった。
「どうだった?『オランウータンの惑星』は。」
「ん……よく、わからなかった。」
「うん、だよね。」
大人びているとはいえ、姉さんもまだ中学生。
内容的に理解できないところも多かったようだ。
きっと夜には母さんが観たがるのだろう。
その時はまた一緒に観てあげようかな。
「クレパスりんちゃん……まさかの『オカシーランドの大冒険』だったとは。」
「ん、面白かった。」
「だね。りんちゃんの映画で一番好きかも。」
「私は…『暗闇タマタマ大脱走』」
「渋いね…」
「そう?」
「はぁ……やっぱり面白いなぁ。」
「ん……ハゲ、強かった。」
「カッコいいよねぇ、ジョンソン・ステイソン。」
「……私は、わかんない。」
「女の人はそうなのかもね。男ならやっぱり憧れちゃうよ。」
「そう、なんだ。」
「将来、あんな男になりたいな。」
「……ハゲが、良いの?」
「そこじゃねぇよ。」




