強さとは
高坂と話し合いをした翌日。
夜、自室で本を読んでいると、扉が控えめにノックされた。
「どうぞ。」
ノックの仕方で誰かは大体わかる。
これはおそらく姉さんだ。
「ん……ユウ、ちょっといい?」
扉を開けて顔を出した姉さんは、どこか緊張した様子だった。
「うん。どうしたの姉さん?」
無言で中に入ってきた姉さんは、可愛らしい寝巻き姿だった。
風呂上がりなのか、髪がしっとりと湿り気を帯びている。
姉さんは俺のベッドに腰掛けて俯いた。
「……聞きたい事が、あって。」
「何かな?」
「ん……」
数秒の間があり、姉さんは顔を上げた。
青みがかったような黒の瞳が、不安げに揺れていた。
「ユウ…何か……した?」
「何かって……どういう事?」
「今日…二人三脚のペア…急に変わった。」
「そうなんだ。何で?」
とぼけた顔で首を傾げる。
「それは……相手が、謝ってきて、それで……」
「謝って?何の話?」
どうやら高坂はちゃんと姉さんに謝ったようだった。
「それは……ユウが、知ってる…はず。」
「え、何で俺が知ってるのさ?」
あれ、何かボロ出したか?
「ユウ、最近おかしかったから。」
「えっ?」
「悩んでるみたいだった……なのに、昨日から変わった。関係、あるんでしょ?」
す、鋭い……
姉さん、いつもはマイペースなのにこんな鋭いのかよ。
「………何で?」
姉さんが泣きそうな顔で、ポツリと零した。
「何で、ユウが頑張るの?」
「何でって……」
「私が我慢すれば……良かったのに。」
「なっ……良いわけないじゃん!」
慌てて立ち上がる。
「姉さんは何も悪くないじゃないか!悪いのはあいつらだ!姉さんはただ巻き込まれただけで……何で姉さんが我慢しなくちゃいけないんだ!」
「だって…だって……」
綺麗な瞳から、堪えきれず涙が溢れ出す。
「ユウが……言ったから…」
「え…?」
「私は…強いって……ユウが、言ってくれたから……だから、負けないように…って………」
姉さんの言葉を聞いた俺は、絶句した。
2年前、父さんが亡くなった時。
姉さんとの会話で、俺は確かに言った。
"姉さんは強い"と。
だから姉さんは頑張ったのだ。
自分の強さを信じて、我慢していたのだ。
「………そんなの、強さじゃないよ。」
「ユウ…?」
「悲しい事にただただ耐えて、独りで抱え込んで、苦しんで……そんなの…強さなんかじゃない。」
大人になれば、そういう力が必要な時もある。
でもそれは、人に助けを求める方法も知った上での力だ。
子どもが、そんな強さを身につける必要はない。
「なら、どうすれば良かったの…?」
「相談してくれれば良かった。俺でも良いし、母さんでも、凛でも良い。絶対、力になるから。」
「でも……そしたら、助けてもらって…ばかり……強くなんて、ない。」
「姉さん……人はね、人の為に頑張る時に、一番強くなれるんだよ。」
「……?」
「自分の為に頑張れるのは確かに凄いよ。でも、それじゃ本当の本当に頑張る事はできないんだ。」
「…わからない。」
「もし、俺や凛、母さんが困っていたら、姉さんはどうする?」
「………助けたい…と思う。」
「そうだよね。もし俺達が困って、悲しんで、苦しんでいたら、姉さんはきっと助けようとしてくれると思う。その時、姉さんは俺達に"我慢しろ"なんて言うかい?」
「…言わない。」
「大切な人が苦しんでいるのを見るのはとても辛い事だよ。そして、その人を助ける為なら、人は頑張る事ができる。強くなれるんだ。」
真剣な眼差しで姉さんの目を見る。
「姉さんは強いよ。その言葉に嘘はない。でも、それは辛い事も苦しい事も我慢してほしいって意味じゃない。俺達が困っていたら、その時は力になってほしいって意味さ。」
姉さんが目を見開く。
「俺は、俺が苦しんでいる時は姉さんが助けてくれると信じてる。だから、姉さんが苦しんでいる時は、俺に助けさせてほしいんだ。」
「………だから、頑張ってくれた…の?」
その言葉に俺は微笑み、上目遣いにこちらを見る姉さんの頭を優しく撫でた。
「そうだよ。悩む姉さんの為に、何かしてあげたかったんだ。」
「…そっか………」
「余計なお世話、だったかな?」
問いかけると、姉さんはゆっくりと首を横に振った。
「嬉し…かった……でも、危ない事は…しないで……」
「危ない事なんてなかったさ。まぁでも…気をつけるよ。」
姉さんの為なら危険な事だって、必要に応じてしてしまうだろう。
その為に俺は自分を鍛えているのだから。
だが、姉さんの気持ちは嬉しかった。
「………ユウ。」
「なに?」
「今日……いい?」
姉さんがポンポンとベッドを軽く叩く。
一緒に寝ても良いか?という合図だ。
俺はにっこりスマイルで頷いた。
「もちろん。姉さんとならいつでも大歓迎だよ。」
「ん……ありがとう。」
顔をほんのりと赤く染めながら小さく俯く姉さんは、思わず胸が高鳴るくらいに可愛かった。




