傲慢と憤怒 後編
本日3話目です。
高坂が姉さんに惚れた一因が俺にあったとは……
いや、それはそれとして、今はこれからの事を話そう。
「……話はわかりました。その上でですが、姉を助ける為に、協力していただけますね?」
もちろん拒否権はない。
「え、あ、う、うん……」
突然丁寧な口調になって驚いているようだ。
「まず、高坂さんには二人三脚を辞退してもらいます。」
「えっ、そ、そんな!?」
「こんな事になったのも貴方が考えなしに自分を押し通そうとしたからでしょう。今の貴方に、姉に近付く資格はありませんよ。」
「うっ…あ……」
「これはお願いではなく通告です。高坂さんは二人三脚を辞退して、100m走に出場する予定の旭さんと変わって下さい。旭さんが二人三脚で姉とペアを組んでくれます。」
「な、何で旭さんを知ってるんだ…?」
「どうだって良いでしょ、そんなこと。」
冷たく切り捨てると、途端に口を閉ざした。
ちなみに旭さんとは倉橋さんの幼馴染さんの名前であり、今回の件の謝罪代わりに、姉さんとペアを組んでもらえる事になったのだ。
倉橋さんも旭さんの事は信用できると言っていた為、安心して姉さんを任せる事ができる。
「それより、貴方にしてもらう事はまだあります。今回の件は自分が仕組んだ事であると、姉さんに伝えて、その上しっかりと謝罪して下さい。もちろん、どうしてそんな事をしたのかも含めて説明して下さいね。」
「なっ!そ、そんな!それじゃまるで告白みたいじゃないか!」
「みたい、じゃなくて告白しろって言ってるんですよ。そんできっぱり振られてきて下さい。それくらいしないと俺が納得できませんし、姉もちゃんとした説明がないと不安でしょうし。」
「で、でも……」
「高坂さん、貴方に拒否権は無いんですよ。姉の虐めを誘発したのは、間違いなく貴方なんですから。この期に及んで自分に責任がないなどとは言いませんよね?」
「う、そ、それは……うぅ…」
「良いじゃないですか。どうせいつかは告白するつもりだったんでしょう?もしかしたら姉が高坂さんに惹かれるきっかけになるかもしれませんよ。」
「そ、そうか……なるほど、そういう事もあるか……」
あるわけねぇだろバーカ。
姉さんは間違いなくドン引きする。
そして高坂が姉さんと付き合える未来は潰えるだろう。
ざまぁみやがれ。
「次が最後ですが……虐めをしている女とこれから仲良くして下さい。間違えても冷たくしたり、虐めはやめろとか言ってはいけませんよ?」
「ど、どうして?」
「そんな事をしたら、逆恨みして本格的な虐めに発展してしまうじゃないですか。むしろ仲良くする事でアホ女共の優越感を刺激する事ができますし、監視的な抑制力にもなりますから。」
「え、えっと……?」
「ようするに、その女共の近くにいて姉に絡まない方が、姉は助かるって事です。」
「な、なるほど……でもそれだと……」
姉さんと仲良くなれない、か?
「数ヶ月もすれば嫉妬心も多少は落ち着くでしょう。それからゆっくりと仲良くなる事はできるんじゃないですか?強引な手段に出ても良い事にならないというのは、今回の事でわかったでしょう。」
むしろこれでわかってなかったら次は体で話し合いをしなければならない。
「うぐ…わ、わかったよ……」
「よし、ならこれで今後の事は決まりましたね。俺の言う通りにしているかどうか、確認する手段はいくらでもありますから、誤魔化さないで下さいね。もし誤魔化すようなら……」
「なら……?」
「高坂さんと同じ5年生の、倉橋さんに相談します。俺、空手の後輩なんです。」
ニヤリと笑うと、高坂は顔を青くした。
高坂は確かにイケメンでカリスマ性があるのだろうが、全ての子どもが彼を慕っているわけではない。
いわゆるヤンチャ系の子は、高坂とあまり仲の良くない子が多いのだそうだ。
そして、逆にそういう子と仲が良いのが倉橋さんだ。
倉橋さんがその気になれば、ヤンチャ連中を集めて反高坂組を作る事ができる。
そうなれば高坂の学校生活は無茶苦茶だ。
先生に助けてもらおうにも、高坂のプライドが邪魔をするだろうし、事の発端を探れば高坂に非があるとわかってしまうから、助けを求める事もできない。
人を貶める罠とか虐めとかが嫌いな倉橋さんは、今回の件について直接的な協力を申し出てくれたが、そこまですると姉さんに迷惑がかかると考えて遠慮してもらったのだ。
だが、もし頼めば倉橋さんは全力で高坂の敵となってくれるだろう。
高坂はその可能性に恐怖していた。
「良いですね?俺の言う通りにして下さい。そうすれば悪いようにはしません。」
「う、うん、わかったよ。」
「あぁそれと、今日ここで俺と会った事は誰にも言ってはいけませんよ。もちろん姉にもです。姉には、たまたまクラスの女子が姉の陰口を叩いているところを聞いてしまって、自分のやってしまった事に気付いたとでも言っておいて下さい。その後の告白まで聞けば、些細な事は気にしないでしょう。」
「……わかった。君の、言う通りにする。」
そう言って肩を落とす高坂は無力感に満ちていた。
まさに敗北者というような様子の高坂を尻目に、俺はその場を後にした。
明日、姉さんを取り巻く環境が少しでも良くなる事を祈って、家に向かって歩き出した。




