情報は足で拾え
「押忍!倉橋さん、少し良いですか?」
「お?優斗か…どうしたんだ?」
姉さんの異変を察知した翌日。
道場での稽古が終わった後、帰り支度をしている先輩に話しかけた。
倉橋さんは同じ小学校の5年生で、小学生にしては闊達で面倒見の良い先輩だ。
俺も去年から世話になっている。
「実は姉の事でちょっと相談がありまして。」
「姉ちゃん?……あぁ、確か俺と同じ学年だって言ってたな。」
「はい。先輩は5年3組でしたよね?」
「おう、そうだぜ。」
「姉は1組なんですけど、どなたか1組にお知り合いはいませんか?」
「1組……おぉ、いるぞ。」
よっしゃ!
「実は、運動会の競技種目に関する事で、姉が悩んでいるみたいで。……何か手掛かりになる事がないかと探っているところなんですけど……」
家で姉さんに問い質そうかとも思ったのだが、ああ見えて頑固な姉さんは正直に話してはくれないだろう。
「俺から1組のやつに聞いてみれば良いのか?」
「そうしていただけると嬉しいです。できれば姉に気付かれない形で。」
「それくらい別に良いぞ。てか、相変わらずかったいなお前!」
バンバンと肩を叩かれる。
倉橋さんゴツいからなかなかの衝撃が……
「土曜までに聞いとけば良いか?」
土曜の午前はまた稽古がある。
その時に話してくれるのだろう。
「それで大丈夫です!本当にありがとうございます!」
翌日の放課後、凛と綺音を先に帰らせた俺は、職員室に来ていた。
「失礼します。2年4組の守崎です。5年1組担任の塩谷先生はいらっしゃいますか?」
扉の近くにいた先生が塩谷先生を呼ぶ。
すぐに年配の女性教諭がやってきた。
見覚えのない2年生に突然呼ばれて、戸惑っているようだ。
「私が塩谷ですけど……何か用かしら?」
「2年4組の守崎優斗です。先生のクラスにいる姉の事でご相談があって来ました。お時間宜しいでしょうか?」
「あ、あら…随分と丁寧なのね。時間は大丈夫だけれど……お姉さん?」
「守崎悠です。」
先生は驚きに目を見張った。
「あなた、守崎さんの弟さん!?」
「えぇ、そうです。…あの、姉が何か?」
大袈裟な反応を訝しむ。
塩谷先生は苦笑して手を振った。
「いえ、大した事ではないのよ。ただ…守崎さんはとても寡黙な子だから……」
姉と弟でギャップがありすぎて驚いた、と。
そゆことね。
俺が1人納得していると、先生がコホンと咳払いをした。
「ごめんなさい、話がそれたわね。それで、お姉さんの事で相談っていうのは、なんなのかしら?」
「実は、一昨日の事なんですがーーー」
「……なるほど、それでお姉さんの様子がおかしかったから、色々と調べているのね。」
「はい、そうです。運動会の競技種目に関する事だとは思うんですけど……」
「競技種目……守崎さんは確か…」
「姉は二人三脚に出場すると言っていました。」
「あぁ、そうだったわね。私も珍しいなと思ったのよ。守崎さんは…その……」
先生は言いにくそうに口をつぐむ。
気持ちはわかりまっせ。
「はい、姉は進んで周りと接するタイプではありませんから。」
「そう、よね……」
先生も多少は訝しんでいたようだ。
「ちなみに、姉のペアの方はどなたなんですか?」
「守崎さんのペアは……高坂君だったわね。」
「高坂さん…?」
当たり前だが聞いた事のない名前だ。
「高坂隼人君っていう、クラスのリーダーみたいな子よ。運動会では応援団にも入ってるわね。」
「…何でそんな人が姉と…?」
「それは……ごめんなさい。種目決めは子ども達に一任していたから、詳しい事はわからないの。」
申し訳なさそうな顔をする先生。
まぁ、5年生にもなれば自主性や協調性を育てるためにそうなるんだろうな。
「そうですか……」
「そういえば高坂君が二人三脚に出るっていうのも、不思議に思ったのよね。彼はブロック対抗リレーにも出場するんだけど、もう1つは100m走か200mリレーのどちらかだと思ってたんだけど。」
基本的に出場競技は1人1つであるが、ブロック対抗リレーだけはそこに含まれない。
つまり、ブロック対抗リレーの出場選手は他の競技にも1つだけ参加できるというわけだ。
俺にとってはそれが50m走である。
ブロック対抗リレーに出るような俊足の人は、もう1つもそういった競技に選ばれやすい。
その高坂とやらが二人三脚に出るのは確かに不自然だった。
「ふむ……先生から見て、その高坂さんと姉は仲が良い方だと思いますか?」
「…ごめんなさい。こう言ってはなんだけど、守崎さんと高坂君にそれほどの接点があったようには見えないわ。」
「ですよね。」
あの姉さんだもんなぁ…
「うーん……あっ、もしかして…」
先生が何か思いついたように顔を上げた。
「1ヶ月くらい前に家庭科の授業で調理実習をしたんだけど……その時に守崎さんと高坂君が同じ班だったはずよ。もしかしたらそこで仲良くなったのかも……」
「なるほど……」
ふむふむと頷くが、内心でその可能性に疑問を抱く。
あの無口で無表情で頑固な姉さんが、そう簡単に男子と仲良くなるか?
しかも相手は聞く限りキラキラ系のイケイケボーイだ。
姉さんとは正に水と油、クラシックとヘビメタだ。
それに、姉さんはペアの男子と仲良くはないと言っていた。
あの反応は嘘ではないと思う。
そもそも、仲良くなっていたのならペアになってあんな顔をするだろうか。
謎は多い。
が、得たものも多かった。
ひとまず先生から集められる情報はこんなものだろう。
「塩谷先生、ありがとうございました。色々と参考になりました。」
「いえいえ、力になれずごめんなさいね。」
「そんな事ないです。本当に助かりました。今後も姉を宜しくお願いします。」
「こちらこそお願いするわね。……それにしても、守崎さんにこんな姉想いの弟さんがいたなんてね。」
「そんなに大したものではありませんが……まぁ、大事な姉なので。」
姉さんは、間違いなく俺の自慢の姉だ。
だからこそ、姉さんを傷付ける奴は、誰であっても許さない。




