缶蹴りテッちゃん
とある平日の放課後、俺はクラスメイト達と公園に集合して遊んでいた。
もちろん綺音も参加している。
「よし、それじゃ缶蹴りしようぜ。まずは鬼を決めるぞ。じゃーんけん……」
この日は缶蹴りをする約束をしていた。
昼休み等にもできない事はないが、他の生徒も多くいる時はなかなか楽しめないし、校庭では缶蹴りはやりにくい為、こうして放課後に集まったのだ。
「まけたー!」
「山下が鬼な。んじゃ、俺が蹴るぞ。……それっ!よし皆、行くぞー!」
『おー!!』
俺が蹴った缶を山下が拾いに走る。
その瞬間、皆は散り散りに駆け出した。
「ますのみーっけ!」
タタタッと駆ける音の後に、公園の真ん中から鬼の声が響いた。
「増野が見つかったか……残っているのはあと4人……山下め、意外にやるな。」
聞こえないように呟きながら茂みに隠れて移動する。
そろそろ山下がこちらを探りに来ると思ったからだ。
「どうにか誰かと連携が取れたら……あっ」
「あっ……ゆうとくん!」
茂みに潜んで角を曲がったところで、こちらに向かっていた綺音と顔を合わせた。
綺音が破顔し、声を抑えながら小さく手を振る。
俺もニヤリと笑みを返して手を振った。
「綺音ちゃん、こっちは危ないかもしれない。戻った方が良い。」
「え、でもさっき山下くんがこっちに来てたよ。それでますのくんが見つかったの。」
「だからこそ、たぶんそろそろそっちに見切りをつける頃だよ。……ほら。」
茂みの隙間から鬼の様子を伺う。
山下は増野を見つけたのとは逆の方、俺がさっきまでいた方に進路を変えていた。
「ほんとだっ」
綺音が目を丸くする。
ふっふっふ……前世では小学生時代に"缶蹴りテッちゃん"の異名(自称)を取った俺だ。
この程度は容易き事よ。
「それより綺音ちゃん、もう生き残りも少なくなってきている。ここは協力プレイといこうじゃないか。」
俺の提案にパチクリとしていた綺音だが、すぐに悪戯っぽくニンマリと笑った。
幼馴染の連携を見せてやろうぜ。
山下が背後の缶を警戒しつつも茂みを探っていた時、左奥からパキパキと木の枝が折れたような音が響いた。
山下はニヤリと笑う。
「へっ、だれか知らないけど、しっぱいしたな!」
音の方に走り寄ると、ガサゴソと慌てたように茂みが揺れる。
誰かが逃げようとしているのだろうと察した山下は、やや強引に茂みを払い除けた。
「よっしゃ!……おっ、ときたみーっけ!」
「あーぁ、見つかっちゃった………でも…」
山下は言葉の割に悔しそうにしておらず、むしろクスクスと笑っている綺音に首を傾げつつ、急いで缶を踏もうと振り返った。
だが、その時には既に俺は缶に向かって走り出していた。
「うわぁ!ゆうと!」
山下が慌てて駆け出すが、距離的に俺とそう変わらず、足の速さは間違いなく俺に分があった。
「いっけー!ゆうとくん!」
「おう!」
綺音の声援に応えてスピードアップ。
既に捕まって観戦していた子ども達もワーワー叫んでいた。
その声に後押しされるように缶に近づいていき……山下よりも早く辿り着いた俺は、思いっきり缶を蹴飛ばした。
甲高い音の後に、カラカラと空き缶が転がる音がする。
「よっしゃー!」
『おぉー!!』
勝利の雄叫びを上げると、皆も興奮したように飛び跳ねていた。
山下が悔しそうに肩を落としている。
「くそー!ゆうと速すぎだって!」
「ふはは!悪いね山下、勝負とは過酷なものなのだよ。」
「何言ってるのかわかんないけどゆうとくんすごーい!!」
綺音が飛びついて来たのを仁王立ちで受け止める。
意味わからん的な事を言われて内心傷付いた俺だが、表には出さず笑顔で頷いた。
「綺音ちゃんのアシストのお陰だよ。特に山下が行ってからのガサゴソはナイスだった。」
「えへへ…あやねだってあれくらいできるもん!」
嬉しそうにドヤ顔で胸を張る。
「くっ…もう一回だ!こんどはぜったい見つけてやる!」
山下が飛ばされた缶を手に戻ってきた。
それが下に置かれる。
後はこれを蹴ったら再開だ。
「綺音ちゃん、蹴りなよ。」
「え、いいの?」
目をキラキラ輝かせた綺音に頷いてみせると、彼女は嬉しそうに缶を蹴り飛ばした。
カコーンと良い音が鳴り、再び皆が散開する。
鬼を交代しながら、俺達は日が暮れるまで遊び倒した。
「じゃあね、ゆうとくんー!」
「じゃあね、綺音ちゃん。また明日。」
「また明日ー!」
沈みゆく夕日をバックに手を振る綺音に大きく手を振り返す。
遊びの後の1人の帰り道。
程良い疲れと幸福感が相まって心地良いが、ちょっと寂しくなるような空気がある。
明日は学校で何して遊ぼう。
などと考えて歩いていると、前方に見慣れた背中を見つけた。
駆け寄ると、足音に気付いた彼女がこちらを振り向いた。
冷たさを感じる瞳が俺を捉え、目を丸くした後、優しく微笑んだ。
「姉さん、お疲れ様。ピアノの帰り?」
「ん。ユウは?」
「公園で遊んでたんだ。」
「そう。……帰る?」
一緒に帰る?という意味だろう。
「もちろん。」
素直に頷くと、姉さんもコクッと頷いた。
他人にはわからないだろうが、その口角が少し上がっているのを俺は見逃さなかった。
「来週から運動会の練習が始まるね。」
「ん。」
「姉さんは出場する種目とか決まった?」
「ん。ユウは…?」
「俺は50m走とブロック対抗リレーに出るよ。」
見事に走ってばかりである。
去年のリレーで上級生をぶち抜いた事で、皆からも期待されているのだ。
「…ユウ、凄いね。」
「そうかな?」
ブロック対抗リレーの事かな。
各ブロックの各学年から2名ずつしか出られないし、代表的な立場だから凄いといえば凄いのかもしれない。
「姉さんは何に出るの?」
「…………」
姉さんは無言で俯いた。
無口な人ではあるが、それにしても珍しい反応だった。
「…姉さん?」
「…私は……二人三脚。」
「え、二人三脚?…誰と走るの?」
「…クラスの……男子…」
「へっ?」
俺は驚いて目を丸くした。
姉さんが誰かと走るというだけでも珍しいのに、相手が男子となると正に驚愕だ。
「仲良い人なの?」
何となく気になって問うが、姉さんは黙って首を振る。
「えっと……じゃあ何で……」
「………わかんない。」
ポツリ、と溢された言葉。
俯いた姉さんは、今にも泣き出しそうに見えた。
「……姉…さん?どうしたのさ!?」
目を見開いた俺は慌てて姉さんの前に立つ。
「…なんでも、ない。」
「いやいや、何でもなくないでしょ。」
姉さんはただ首を振った。
「……帰ろ。」
「え、でも…」
「良いから……帰ろ、ユウ。」
顔を上げた姉さんの瞳は、色を感じさせない無機質なものだった。
それ以上問い質す事もできず、俺は黙って姉さんの隣を歩いた。
………何にもないわけ、ないじゃん。
誰だよ、俺の姉さんにあんな顔させた奴は。




