もつ鍋はやっぱり醤油ベース
「えっと……」
「うぅ……な、なんね?」
警戒心剥き出しの少女に戸惑う俺。
どうすれば良いのこれ?
「むぅ…たすけてもらったらありがとうって言わなきゃなんだよ!」
どうしたもんかと思案する俺の横から凛が少女を威嚇した。
「う、あ……そ、そうやね。その…ありがと……あと、ごめん。」
「どういたしまして。自己紹介といきたいけど……まずは拾おうか。」
「りんもやる!」
散らばった教科書やノートを拾い始めると、凛もすかさず手伝ってくれた。
うんうん、良い子だ。
やはり天使か。
「あっ、ありがと……」
少女も慌てて感謝を口にしながら拾い出した。
「ふぅ……大した汚れはなさそうだね。昨日から晴れてて良かった。」
「うん。ひろってくれてありがとね。」
少女は活発そうな笑顔で頷いた。
青色のショートヘアが風に靡いた。
健康的な薄い褐色の肌が太陽に映えてキラリと輝く。
ボーイッシュで可愛らしい少女だった。
「俺は2年4組の守崎優斗。この子は俺の妹の凛だよ。」
「1年1組のもりさきりんです!よろしくね!」
「うちは、1年2組の支倉美緒。よろしく。」
………支倉…美緒?
「おにいちゃん、どうしたの?」
俺が息を飲んで固まったのを不思議に思った凛が首を傾げる。
「え、あ、いや……何でもない。」
慌てて平静を装うが、内心受けた衝撃はかなり大きかった。
何故ならば、彼女はゲームに登場するヒロインの1人であったからだ。
だが、俺の記憶が正しければ、彼女に会うのは高校でだったはずだ。
主人公が所属していたサッカー部に、彼女がマネージャーとして入部してきた時が初対面だったはずだ。
何故、その美緒とこんなところで会っているのか。
同姓同名?
いや、よく見れば彼女は間違いなくあの支倉美緒だ。
ならば俺のこれまでの行動が歴史に影響を与えた?
その可能性は十分にありそうだ。
……とにかく、いま考えていてもしょうがない。
「美緒ちゃん…で良いのかな。凛の隣のクラスなんだね。」
「うん、そうやね。」
「美緒ちゃんのお家はどこらへんなの?」
「んっとね…あっち。」
「同じだね。俺らの家もあっちなんだ。良かったら一緒に帰らない?」
「そうしよ!みおちゃん!」
凛が美緒の手を取ってぶんぶん振る。
美緒はオロオロと狼狽えていた。
「い、いいと?」
「勿論だよ。凛とも友達になってほしいしね。」
「さんせーい!みおちゃん、おともだちになろ!」
「う、うん!よろしく、りんちゃん!」
狼狽えながらも、美緒は嬉しそうに笑った。
美緒の家は俺の家から徒歩15分くらいの所だった。
子どもの足で15分だから、普通に近所といえば近所だ。
「へぇ、美緒ちゃんは福岡から引っ越して来たのか。」
「うん。パパのてんきんでおひっこししたと。」
「おにいちゃん、ふくおかってどこ?」
「ずーっとあっちの方の、九州っていうところにあるんだよ。」
大雑把に南西を指差して答える。
「ほへぇ…どんなところ?」
「山笠っていうお祭りとか、太宰府天満宮っていう神社とかが有名かな。あと、食べ物が美味しいってよく言われるね。」
福岡には前世の仕事で行った事がある。
もつ鍋美味いんだよなぁ……
「ゆうとくん、よぉしっとるね。そげんしっとうのあんまおらんよ。」
美緒が感心したように頷いている。
故郷が知られていて嬉しいのだろう。
「ふくおか…いってみたい!!」
「そうだね。いつか一緒に行こうか。」
「うん!」
目をキラキラさせている凛の頭を撫でる。
「あっ………」
その様子を、美緒が目を丸くして見ていた。
どこか羨むような視線だ。
「美緒ちゃん、どうかした?」
「え、あ、いや……なんかきょうだいやなって。」
「自慢の妹だからね。」
「えへへ……おにいちゃんだいすき…」
「俺も好きだよ。」
デレデレする凛を更に撫で回す。
暫し兄妹の世界に浸っていると、美緒がポツリと漏らした。
「いいなぁ……」
おもちゃを強請る子どものような表情。
「美緒ちゃんは、お兄さんとかいないの?」
「うん…うち、一人っ子やから。」
なるほどな…
俺も前世は一人っ子だったから、兄弟姉妹を羨む気持ちはよくわかる。
「おにいちゃんのナデナデはちょーうまいんだよ!」
何故か凛がドヤ顔で胸を張る。
「いいなぁ……」
「みおちゃんもなでてもらったら?」
「えっ!……で、でも…」
凛の提案に、美緒が恥ずかしそうに俯く。
が、明らかに期待するようにチラチラとこちらを見ていた。
……一瞬、妹並みに可愛いとか思ってしまった。
恐るべし、ヒロインぱぅわー。
「美緒ちゃんさえ良ければ…」
と片手を差し伸べる。
「な、なら……」
控えめに差し出された頭に手を置いた。
凛のサラサラ100%の髪と比べると、やや艶やかな感じがする。
この感触もなかなか……うむ、悪くない。
「ふわっ……ぅ…ぇぅ……ふぅっ……」
ついつい夢中で撫でていると、美緒は顔を真っ赤にしてモジモジと悶え出した。
こんな風に気軽に頭を触れるのも、小学生の特権かな。
「ふぃぃ…きもち…いぃ……」
眦を下げて蕩けそうになっている美緒。
姉さんや凛を相手に鍛えまくってナデナデスキルがこんなところで火を噴くとは……罪な男だぜ。
…と、ふざけるのはこのくらいして、そろそろやめよう。
「あっ………」
非常に残念そうな顔。
もう一度撫でたくなるのを我慢する。
「また今度ね。」
「う、うん。」
にっこりスマイルで嗜めると、赤面して何度も頷い、た。
その後、途中で美緒と別れた俺と凛は、真っ直ぐ家に帰るのであった。




