八重の桜に泣きの声
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「おにいちゃーん!!」
放課後、昇降口で突っ立っていると、凛が手を振りながら走り寄ってきた。
「こら、凛。廊下は走ったら駄目だろ?」
「あっ…えへへ、ごめんなさーい。」
テヘペロがこれほど似合う女子小学生がいるだろうか(いやいない)。
色素のやや薄い黒髪セミショートをポニーテールにしており、後頭部からピョコンと出た小さな尻尾が可愛らしく揺れている。
「先生に見つかって怒られても知らないぞ。」
「うっ…きをつけます。」
眦を下げて俯く姿に苦笑し、その頭を撫でた。
「わかれば良いよ。さぁ、帰ろうか。」
すると、すぐに頬を緩めて俺直伝(教えてない)のにっこりスマイルを浮かべる。
「うん!……あれ、あやねちゃんは?」
いつも下校は俺と凛と、それから途中まで綺音も一緒にしている。
5年生の姉さんは放課が俺達より遅い為に下校は別だが、登校は俺と凛と姉さんの3人だ。
「綺音ちゃんは家で用事があるらしくて、先に帰ったよ。」
「あぅ……りんがさきに来てたらいっしょにかえれたのになぁ。」
「仕方ないさ。また明日、一緒に帰ろう。」
「うん!」
元気に頷いた凛と手を繋ぐ。
この可愛らしい天使は、いつまで俺と手を繋いで歩いてくれるだろうか。
そんな風に思いながら、帰り道を歩き出した。
「あっ、見ておにいちゃん!」
帰路の途中、凛が指差す先を見上げると綺麗な桜が咲いていた。
「おぉ…八重桜だな。」
「やえざくら?」
「普通の桜より少し遅れて咲く桜だよ。」
「ほへぇ……ほんとだ!がっこうのとちょっとちがう!」
今はもう散っているが、凛の入学式の時には桜がまだ咲いていた。
それを思い返しているのだろう。
「こんなところに桜が咲いてたとはな………ん?」
見事な八重桜を見上げて惚けていると、どこからか子どもの泣き声が聞こえてきた。
聞こえてきた方に視線を向けると、小さな公園が見えた。
どうやらあの公園で誰かが泣いているらしい。
自然と足を公園の方に向けるが、隣に凛がいる事を思い出して踏み止まる。
だが、逡巡した俺の袖をくいくいっと引っ張った。
凛が瞳を震わせて俺を見上げている。
「おにいちゃん…だれかないてるの?」
どうやら凛にも聞こえたようだ。
泣き声を聞いて不安になったらしい。
感受性豊かな子だ。
俺は凛の頭を優しく撫でた。
「そうみたいだね。」
「だいじょうぶかな…?」
「うーん……何があったかわからないけど、助けてあげよっか?」
「うん!」
凛が優しい子に育ってくれて、お兄ちゃんは嬉しいです。
公園に入ると、すぐにその現場が目に入った。
男の子3人が1人の女の子を囲み、笑っている。
女の子はメソメソ泣いて蹲っていた。
その足元には口の開けられたランドセルと、その中に入っていたであろう教科書等がばら撒かれている。
「……どっかで見たような光景だな。」
全く同じではないが、こんな現場を幼稚園で見たな。
いまの綺音なら虐めてくる奴は蹴り返すだろう。
そんな幼馴染の成長を喜んでも良いのだろうか。
疑問だ。
「こらーっ!!」
女の子が泣いているのを見た瞬間、凛が両手を怒りを露わにする。
まるで全身を強張らせて威嚇する猫のようだ。
正義感が強いのは俺の情操教育のお陰か(贔屓目)。
「うわ、なんだ!?」
「え、だれ?」
男の子達が驚いてこちらを見た。
おそらく1年生……いや、1人だけ見覚えのある顔だ。
あいつは2年生だな。
急に声を荒げてきた凛を睨んだ後、俺を見て顔を青くしている。
「女の子をいじめちゃだめなんだよ!」
メッ!って感じの凛。
ふっ…可愛すぎるぜ。
「なんだよ、かんけいないだろ!」
「え、だれ?」
「やめないと先生に言うんだからね!」
「はぁ?いみわかんねーし!」
「え、だれ?」
言い合う凛と男子。
てか2人目のお前はそれしか言えんのか。
「りんはりんだよ!1年1組のもりさきりん!!」
「その兄、2年4組の守崎優斗だ。」
ここだ!と空気になる前に入り込む。
2年の男子が「や、やっぱり…」とか言ってる。
「に、2年生がなんだ!」
「そうだそうだ!」
あ、2人目の君、普通に話せたのね。
「うちの妹の言う通りだ。虐めはやめろ。」
「う、うるさい!こっちにはタケシくんがいるんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「あ、え…お、おれ…?」
タケシくんと呼ばれた2年男子が目を剥く。
そして2人目の君の語彙はどうなってんだ。
「タケシくん!こいつらどっかにやってよ!」
「そうだそうだ!」
「あ、いや、でも…えっと……」
タケシくんは青い顔でキョドっている。
「……ねぇ君、2年生だよね?」
「うぇっ!え、あ…そ、そう、だけど…?」
「タケシくん…どうしたの?」
「い、いや、なんでも……」
キョドりまくりのタケシくんに近寄る。
すると彼は玉の汗を流しながら後ずさった。
「?………ねぇ、そこの子に何してたの?」
「ひぇっ?」
「いや、ひぇっじゃなくてさ。その子、泣いてるじゃん。何してんの?」
「い、いや、それは……」
「こいつがタケシくんにぶつかってきたんだ!こいつがわるいんだ!」
「そうだそうだ!」
1年坊主が口を挟む。
その時、泣いていた女の子が勢いよく立ち上がった。




