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桜の道に刻む覚悟

春。

月並みな表現だが、出会いと別れの季節である。

子ども用のハーフパンツのスーツを着た俺は、家の玄関で母さんと並び立ち、見送りの姉妹を見る。


「それじゃ、行ってくるわね。はるちゃん、りんちゃんの事、お願いね。」


「ん……ユウ、行ってらっしゃい。」


コクンと頷いた姉さんが優しげに頬を緩めた。

()()()以来、姉さんはこうして微笑む事が増えた気がする。

笑った時の優しい眼差しは母さんにそっくりだ。


「にぃに!いってらっしゃい!!はやくかえってきてね!」


元気いっぱいの凛が抱きついてきたので、いつものように頭を撫でた。

父さんが亡くなって数ヶ月。

当初は毎日のように「パパは?」と言っていた凛も、察するものがあったのか、いつからか父さんの事を口に出さなくなっていた。

その代わり、俺や母さん姉さんに甘える事が増えたが、こんなに可愛い妹ならいくらでも愛でる事ができると思う今日この頃。


「2人共、行ってきます。」


俺は2人に笑顔で手を振り、母さんと一緒に小学校へ向かった。


「ゆーくん、小学校楽しみね。」


「うん。」


「お友達できるかな?」


「何で母さんが心配してるのさ……大丈夫だよ、きっと。」


幼稚園中の子どもを配下とした俺なら、きっと小学校でもうまくやっていけるはず。

それでも心の奥底に一抹の不安がありはするが、考えても仕方のない事だ。

さぁ、行こう。


今日は、入学式だ。








あの日の翌日から、俺と姉さんで家事の手伝いをするようになった。

掃除や洗濯、皿洗い等はほぼ完全に俺と姉さんの仕事となり、ゴミを纏めたり拭き掃除をしたり洗った服を畳んだりなどの簡単な作業は凛も手伝ってくれた。


料理に関しては流石に包丁や火を使うものはさせてもらえないが、レンジやトースターの操作は認めてもらえるようになった。

母さんは夜も朝もだいぶ余裕が持てるようになり、表情が軽くなったと思う。


家では俺は凛と一緒の部屋で2人で寝ているのだが、たまに姉さんや母さんに強請られて一緒に寝たりしている。

というか抱き枕として連行されている。

その時は余った方が凛を引き取るという暗黙の了解ができているようだ。


それ以外にも、休みの日には母さんが好きなアクション映画のDVDを一緒に観たり、読書好きな姉さんと一緒に図書館に行って本を借りて姉さんの部屋で読んだり、凛を公園に連れて行ってボール遊びをしたりしている。

もちろん、全員で映画を見たりショッピングに行ったり、遊びに行ったりする事もあった。


また、綺音の両親も何かと我が家を気遣ってくれており、幼稚園の卒園記念として綺音父の運転で遊園地に行ったりもした。

綺音は無口な姉さんにビクビクしていたが、すぐに姉さんの不器用な優しさに気付いて元気に話しかけていた。

姉さんも年下の友達ができて嬉しいのか、微妙に口角が上がっていたのが印象的だった。


年が明けて一度だけ、亡くなった父の兄である伯父が家を訪ねてきた事があったが、普通に近況を話して今後の俺達(子ども達)の事などを話し合っただけだった。

伯父のゲスさをゲームで知っている俺は警戒心MAXで接した。

伯父は劣情に塗れた目を母さんに向けていたが、母さんが思いの他明るい表情であった事や、朱鷺田家という頼れる知人もいるという話を聞いた事から、つけ入る隙なしと見たか、悔しげな顔で帰って行った。

伯父が出て行った後に特大の安堵の溜息を溢した俺を、母さん達が不思議そうに見ていた。








散りゆく桜に彩られた校門ではしゃぐ母さんのシャッター攻撃を耐え抜いた俺は、受付を済ませて体育館へ入った。

前方ステージ側が新入生、その後ろが保護者席である。

新入生の席はクラスによって分かれている。

受付で所属クラスが告知され、保護者が席まで連れ行くという流れだ。


俺のクラスは"1年4組"。

母さんに連れられて新入生の席に向かうと、見慣れた背中が見えた。

声を掛けてもいないのに、近付くだけで彼女はパッと振り向いた。


「あっ!ゆーくん!!」


我が幼馴染(予定)の朱鷺田綺音が輝かんばかりの笑顔で大きく手を振った。

近くに座っていた子ども達もこちらを振り向く。

俺は苦笑しつつ手を振り返した。


「おはよう、綺音ちゃん。同じクラスみたいだね。」


「おはよ!あやねとおんなじクラスになれて、うれしいでしょ?」


ほんのり傲慢な問いかけ。

既にツンデレの片鱗を感じさせるが、これはこれで可愛いので許してしまう。


「うん、めっちゃ嬉しいよ。綺音ちゃんは?」


「え、あぅ……あ、あやねも…うれしいよ……」


顔を真っ赤にして俯く綺音。

愛い奴じゃ。



「おはよう、綺音ちゃん。ゆーくんをよろしくね。」


「あっ、ゆーくんのママ!おはようございます!」


「あら、良いご挨拶ね。綺音ちゃんのママはどこに座ってるかわかるかしら?」


「んっとね…あっち!」


綺音の指差す先に、こちらに手を振る綺音の母がいた。

母さんが笑顔で振り返す。


「それじゃ、お母さんはあっちに行ってるわね。ゆーくん、綺音ちゃん、またね。」


「うん、わかった。」


「ばいばーい!」



「ゆーくん、おとなりすわって!」


「はいよ。お隣失礼します。」


「ぷぷぷ…ゆーくん、おじさんみたい。」


「え……」


そんな会話をしながら待つこと20分。

ついに入学式が始まった。


俺も今日から小学生。

周りとの関係作りも自分磨きも、まだまだこれからだ。

隣に座る綺音の緊張したような横顔を盗み見る。

彼女達を守る為に、できる事はなんだってしてやる。

改めて覚悟を決めた。

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