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悲しみに暮れて 後編

夜、良い子は寝る時間よなんて言われる時間から更に1時間ほどが経過した頃。

リビングで父さんの部屋から拝借した本を読んでいると、玄関がガチャッと開く音がした。


ちなみに凛はもちろん、姉さん()も既に就寝している。

さっきまで俺は姉さんが眠るまで添い寝し、ぬいぐるみのように抱きしめられていた。




「ふぅ………」


「おかえりなさい、母さん。」


「っ!?……あ、ゆーくん…ただいまぁ。」


出迎えられた事に驚いて目を剥くが、俺だと気付いて笑みを浮かべた。

見慣れた柔らかな微笑みだが、隠し切れない疲労が浮かんでいる。


「ご飯は食べてきた?」


「うん、おにぎり持って行ってたから。」


「そっか。お風呂入る?」


「そうね、入ろうかしら。」


「温くなってるから、お湯足してくるね。母さんは準備しといて。」


言うやいなや、母さんが遠慮する前に風呂に向かって駆け出した。






「はふぅ………あら、ゆーくんまだ起きてたの。」


風呂上がりの母さんがリビングに来ると、ソファに座っていた俺を見て目を丸くした。


「うん、ちょっとね。」


「早く寝ないと、明日幼稚園で眠くなっちゃうよ?」


「母さん、明日は土曜日だよ。」


「あっ……」


土曜日は特別申請を出している子以外は幼稚園には行けない。

つまり俺と凛は明日はお休みだ。


「そうだったわねぇ……」


心底お疲れの様子。

無理もない。


「母さんはお仕事?」


「ううん、お母さんもお休みよ。」


「良かった。ならゆっくりできるね。」


「そうねぇ………どこか行きたい?」



「行かない。」


即答すると、母さんは少し驚いた様子だった。


「あら、良いの?」


「だって母さんは休まないと。」


「えっ?」


「母さん、疲れてるでしょ。だからゆっくり休まないと。」


「か、母さんは大丈夫なのよ?全然へっちゃらだから!」


「大丈夫じゃないよ。」


ソファから立ち上がり、空元気で笑う母さんに抱きつく。



「ゆ、ゆーくん…?」


「全然、大丈夫じゃないよ。」


母さんの全身を抱き寄せる事もできない小さな腕を憎みながら、ぎゅっと力を込めて抱きしめる。


「僕は父さんが好きだったよ。姉さんも、凛も、父さんの事が大好きだった。」


「……うん。」


「でも、一番好きだったのは母さんのはずでしょ?母さんが一番悲しくて、一番辛くて、一番泣きたいはずでしょ。」


「それは……」


「無理しなくて良いんだよ。泣きたい時は泣いて良い。姉さんは頼りになるし、僕だってこうして抱きしめる事くらいできるからさ。」


「ゆーくん……駄目、だよ。お母さんはお母さんだから……ゆーくんやはるちゃんを守らないといけないの。」


涙を堪えたような声。




「………母さんは、僕が"普通"の子どもだと思う?」


「え…?」


唐突な問いかけに、母さんが目を見開く。


「僕が、平凡で、子どもらしい、普通の子だと思う?」


「それ、は……」


この体は子どもだが、精神的には当たり前だが大人だ。

子どもらしさを意識してはいるものの、なりきる事は俺にはできなかった。

傍目から見ればその異常さは明らかだ。

事実、幼稚園の先生の中には不気味がって俺に近寄らない人もいる。


家族はずっと一緒にいるから慣れて感覚が麻痺しているが、"普通"かと改めて問われると素直に肯定する事はできないだろう。

母さんも俺の質問に戸惑い、目を彷徨わせている。


「隠さなくたって良いよ。母さんの思っている通り、僕は普通じゃない。」


「そ、そんな事ないわ!ゆーくんは…!」


「あぁ、勘違いしないでよ。僕は自分が普通じゃないという事を言いたいだけで、別にそれを悲しんでいるわけじゃないから。」


「……?」




「ようするにね、僕は普通の子どもじゃないから、普通の子ども扱いをする必要はないよってこと。」


母さんが驚愕に目を剥く。


「それでも所詮は子どもだから、できない事もたくさんある。でも、できる事もあるよ。」


「例えば凛のお世話。幼稚園から帰ってきた時に、母さんはお仕事を抜けて家にいてくれるよね。それがなくなれば、その分早くお仕事も終わるんじゃない?」


「…………」


「それから簡単な家事。レンジくらいなら僕にも使えるし、パンだって焼けるよ。お米を炊いていればおにぎりだって作れる。お皿洗いも、お風呂掃除も、洗濯も姉さんに手伝ってもらえば十分できる。」


「ゆーくん……」


「目覚ましを使えば自分で起きられる。凛を起こして幼稚園の準備をさせるよ。そうすれば、母さんももう少し休めるでしょ。」


「でも……」


母さんからすれば魅力的な提案のはずだ。

だからこそ、母親としての心が許さない。

しかし俺は、母さんを母親としてだけでなく、かつてのヒロインとしても認識している。

だから、そんな抑制は認めない。




「母さん、僕を頼って。僕に、母さんを支えさせてよ。」


「…何で……ゆーくんが、そんなに頑張るの…?」


揺れる瞳から流れる一雫。

母さんは近く限界を迎えようとしていた。

だが、俺が守る。


「何でって…そんなの決まってるよ。」


俺は母さんの心の殻を吹き飛ばすように、満面の笑みを浮かべた。


「僕は、母さんの事が大好きだから!」


「ーーーっ!!」




母さんは、俺を強く強く抱きしめ、まるで子どものように泣きじゃくった。

そして、母さんの慟哭を聞いた俺も、ずっと我慢していたものが決壊して、母さんを抱きしめながら止めどなく涙を溢れさせていた。


その日から、母さんは無理に強くあろうとする事をやめ、俺や姉さんを頼ってくれるようになったのだ。














………これで、ひとまずフラグを潰す事ができた。


守崎咲苗(母さん)のNTRフラグ。

父さんを亡くし、幼い子ども達を抱えて心身共に疲れるばかりの生活を送っていた咲苗は、父さんの兄である伯父につけこまれ体を許す事になる。

更に主人公が高校を卒業する頃には、咲苗に飽きた伯父によってゲス仲間のおっさん連中に売り飛ばされ発狂するというのが、咲苗ルートのエンディングであった。


能天気なガキの優斗(主人公)はそれに気付く事もなく、咲苗が父の死を乗り越えて元気になったとか、ずっと一緒だと言ったのに自分を捨ててどこかに消えただとか、そんな独白をしていた。


だが、これで伯父のつけいる隙はとりあえず無くなったはずだ。

まだ油断はできないが、俺は心底安心していた。


大丈夫だ。

やはり俺は守る事ができる。

俺が、皆を守るんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父の死を回避するんじゃないんだ
[一言] どうしても家族最優先になりそうな…… 幼馴染とかはピンポイントでフラグ折って変な男と付き合わないようにするくらいしか、やれる余裕がないのでは。 家族優先にならざる得ないのであれば、下手に交流…
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