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 視界不良の中、石畳を沿う様に駆けていく。背後からはシエラを追う、誰かの足音がついてきていた。道を阻む廃材を飛び越え、迷わず走っていく。このまま行けば、中央の鐘に辿り着くだろう。

 着いて、それでそこからどうしようか…。

 シエラがふとそんな事を考えた時だった。崩れかけの建物の角からロットが出てきた。

 「!!」

 向こうもシエラの存在には気付いていなかったのだろう。目を大きく見開いて固まっている。しかし、それも一瞬のことで、すぐさまシエラに手を伸ばしてきた。

 「うわっ」

 シエラは身を守る為に身体を捻って躱す。その際にロットの腕を掴んで後ろに捻り押し倒した。

 「グッ」

 肺が押されて潰れた様な呻き声が漏れる。そのまま体重をかける為にシエラは体勢を低くした。ロットとの距離が近くなり、彼の横顔が視界いっぱいになる。ロットは何やら譫言の様に呟いているが、内容までは聞き取れなかった。

 「なんだ? 何を言っているんだ」

 そう言ってシエラは更に顔を近付ける。視界の端にはニコラスともう一人誰かがこちらに走ってきているのが見えた。あともう少ししたら着くだろう。ロットを取り押さえる事が出来たなら自分の無実を証明することが可能だ。

 ホッとしたのがいけなかった。気が緩み、力が緩み、押さえていたロットの腕が抜ける。しまったと思った時には、ロットの掴んだ泥がシエラの顔目掛けて飛んできた。泥はシエラの目に入り、思わず仰け反って尻餅をついてしまった。その隙を狙って今度はロットがシエラを押さえ込んでくる。負けじと抵抗するが視界を奪われたシエラには抵抗らしい抵抗は出来なかった。

 「うっ」

 頬を殴られ、一瞬意識が飛びそうになる。

 「シエラ!」

 ザッという音がした後、ゴンッと鈍い音が辺りに響く。ふと軽くなった身体に、何が起こっているのだとシエラは泥を拭った。

 「大丈夫か!」

 聞こえてきた声の主はラムダだった。見ればシエラの隣には頭部から血を流したロットが倒れている。変形した片手鍋を見て、彼がロットを殴って助けてくれたのだろうと理解出来た。お礼を言いつつ、シエラは痛む頬を押さえた。血の味がする。これは口の中が切れているな。

 「間に合って良かった。もう少しで殺されるところだったぜ」

 そう言いながらラムダは何かを拾い上げる。それはロットが持っていたラムダの短剣であった。助けがなければ、あの短剣でシエラは殺されていただろう。ラムダはクルクルと器用に回しながら、感触を確かめる。機嫌よさそうに頷いているところを見ると、短剣に問題はなさそうだ。

 「思いっきり叩き込んだが…どうだ。ニコラス。ロットは生きているか」

 ロットの側に蹲み込んでいたニコラスは緩く首を振った。

 「駄目だ…まだ息はあるが弱くなってきている…時間の問題だろう」

 何が、とは誰も訊かない。

 「このままでも辛いだけだろう」

 ラムダはニコラスの反対側に回り込み、ロットの側に膝をつく。そして短剣を翳した。何をするのか気付いたニコラスが慌てて止めに入るが間に合わなかった。金属とはまた違う、肉を突く鈍い音がした。そのまま、なんて事はない様に短剣を引き抜く。血は思っていたよりも出なかった。ただ、一瞬だけ手足を震わせたかと思うと、ロットは何も発さず静かに息絶えた。

 「なんてこと…」

 ニコラスの呆然とした声が雨音に掻き消される。シエラは痛む身体に鞭打って、ロットの側まで這い寄った。

 「どうした」

 ラムダの問いにシエラは視線を遣る事なく答えた。

 「ジョシュアが言っていたでしょう。もしかしたら化物を倒す方法があるかもしれない」

 「…そのジョシュアからお前さんはロットの仲間じゃないのかと疑われているんだが?」

 それでも疑われる様な事をするのかと言外に問えば、シエラは口元を歪めた。

 「そう考えるのであれば、ロットを殺して私を助けようなんてしないでしょう。ラムダは疑っているんですか、私を」

 ラムダは即答した。

 「いや、ロットは短剣でシエラを殺そうとしていたし、もし仲間ならそのまま二人で逃げるか、俺達を襲ってくるはずだ。俺はシエラが敵ではないと考えている」

 「そう、だよな…ラムダの言う通り、殺されかけてたもんな。ごめんな、疑ったりして」

 眉を下げて、ニコラスは謝る。シエラは大丈夫ですよと微笑んだ。ニコラスはロットに向き直ると、祈りを捧げた。

 「ロットもごめんな…せめて女神エレーネの導きがあらんことを」

 何に対しての謝罪かはわからないが、ニコラスにもロット個人に対しての交流があったのだろう。ニコラスの祈りを待ってから、シエラはロットの内ポケットの中を漁った。

 くしゃり。

 指先に当たった感触を頼りに引っ張り出す。ボロボロだがメモの様だった。そこへタイミング良くジョシュアと彼を支える様にモルガカがゆっくりと来た。ラムダ達の視線が集まる中、ロットの存在に気付いたのだろう。顔を険しくしてこちらにくるスピードを上げた。

 「何があった。ロットを殺したのか」

 惨状を見て、眉を顰める。

 「ロットはシエラを殺そうとした。間違いなくシエラは敵じゃない」

 ラムダがそう言うとジョシュアは納得のいかない様だったが、一先ず言葉を飲み込んだ。

 「私のことを疑うならそれでもいい。ですが、これを見てください。怪物の弱点がわかったんです」

 シエラの差し出したメモには『怪物の弱点は頭部と心臓を同時に破壊する事である。』と書かれていた。

 「それを何の疑いもなく信じろと?」

 胡乱げにシエラを見る。シエラはジョシュアを睨み付けた。

 「私が囮になります。もし失敗すれば私の事は見捨ててもらって構わない。今まで仲間だと思っていた人達に疑われるくらいなら、怪物に殺された方がマシだ」

 しばし睨み合いが続く。やがて折れたのはジョシュアだった。

 「わかった。少しでも変な動きを見せたら縛りあげるからな」

 そうして、再び化物を倒す作戦が練られた。と、言っても場所が変わっただけで、方法は大して変わっていない。

 先ず、シエラが広場中央の鐘まで誘き寄せ、鐘を支える柱に登ったラムダが釣鐘の縄を切り落とす。鐘の大きさは成人男性の上半身を覆う程なので、多少タイミングがずれても怪物に当たり、動きを鈍らせる事が出来るだろう。本当は怪物の上半身に被せてそのまま動きを抑え込みたいところだが、後々の事を考慮すると残念だが被せない方が良いだろう。保険としてニコラスに柱の影に隠れてもらい、化物にダメージがいかなければ、彼の網で再び頭を捕まえ、押さえ込むしかない。そして怪物が怯んだところを今度こそ縄で縛りあげ、ラムダが上から短剣で頭部を、モルガカが槍で心臓を貫くのだ。……なんて、他の同業者から見たらあまりにもお粗末と言われるものだが、今はこれしか方法はないのだ。

 やるしかない。そうと決まれば行動は早かった。

 化物の痕跡を辿り、シエラから接触を図る。化物は案外早く見つかった。初めに入った家の近くを彷徨いていた。何かを探している様で辺りをキョロキョロ見ている。大方、シエラ達を探しているのだろう。しばし化物を見ていたシエラは大声を上げて存在を示した。

 「……こっちだ、来い! 全て終わらせてやる!」

 化物は顔を上げるとシエラの姿を確認する。ゆっくりと向かってくる化物に、シエラは化物が見失わない程度に走って誘導した。徐々に速度を上げて、ラムダ達の待つ広場に向かう。

 雨足は弱まりつつある。視界も良くなり、このまま雨は止むだろう。もうじき陽が昇るだろうか。天気の様に順調に進めば良いのだが。

 広場の釣鐘が見えてきて、シエラは気を引き締めた。目指すは鐘の下のその先だ。シエラは勢いを殺す事なく走り続けた。

 「…来た、シエラだ。化物もちゃんとついて来ている」

 ラムダの報告にモルガカ達も気配を殺してその時を待った。化物は柱に登っていたラムダの存在に気付いたが、すぐにシエラだけを見て、追い続ける。シエラが鐘の下を走り抜ける直前、わざと速度を落として化物も鐘の下を通り抜ける様に仕向ける。あと少しでシエラに手が届くと、化物が腕を伸ばして鐘の下を潜った時だった。ラムダが縄に当てていた刃を力一杯引いて切る。支えを失った鐘は重力に従って下にいた化物の背中に当たった。

 「ガァッ」

 あまりの衝撃に背中に生えていた腕がもがれて地面に転がった。

 「ギャアァアアアアアァッ!!」

 今までの戦闘でわかっていた事だが、化物に痛覚は存在する。あまりの痛さに化物はのたうち回った。縄の片方を柱に括り付けたジョシュアがすぐさま化物の身体を拘束する。腕を胴体ごと縛り、念を入れて結目から手を離さず、自身の体重を軽くかけて縄が緩まない様にした。すかさずニコラスも手伝う。化物は腕の自由を奪われ、ジョシュアとニコラスに引っ張られ移動する自由も奪われた。殺すなら今である。

 「ウゥ、ウゥゥウウウ!」

 暴れ出す前にと、ラムダが合図を出した。すぐに柱の影からモルガカが飛び出し槍を構える。ラムダも両手に短剣を構えて、飛び降りる態勢になった。モルガカの槍を突くタイミングを見計らう。そして二つの刃は化物の弱点を突く……はずだった。

 モルガカの槍を化物は足を振り上げて払ったのだ。

 「!?」

 化物の動きを封じたとは言え、それは上半身だけの話である。これは完全にシエラ達の計画ミスであった。弾かれる槍を見ながら、誰もが失敗したと青褪める。その瞬間、後方から走ってくる気配と鋭い声が指示を出した。

 「モルガカ、屈め!」

 考える暇もなく、モルガカは反射的に屈んだ。すると背中を思い切り踏み付けられる。あまりの出来事になす術なくモルガカは地面へと突っ伏した。シエラがモルガカの背中を踏み台に化物に向かって突っ込んだのだ。その手には綺麗に光る短刀が握られていた。一瞬の内にそれを見たラムダは再び柄を握り直して飛び降りた。刃先が目指すは脳天だ。今度こそ止まらない。

 「怯むなよ!」

 その言葉は誰に向けたかわからないが、化物は一瞬だけ動きを止めた。

 今度こそ。鈍い音が二つ。

 全体重と加速を付けたラムダの刃が突き刺さり、勢いをつけたシエラの刃が根元深くまで胸元に刺さった。怪物は時が止まったかの様に目を見開いて目の前のシエラを見る。

 「ガッ」

 化物が口を開いた瞬間、血が溢れ出てきた。すぐにラムダは化物から離れたが、シエラは短刀を離さず見守った。ただただ無言で化物が死ぬのを見詰める。

 「アガッ……ガ、オォ…」

 やがて化物は崩れ落ちた。

 「………」

 雨は止み、空が白んで地平線の向こうは緋色に輝いている。チチチ…と小鳥の囀りが聞こえてきて、ようやく時が動き出したのだと実感する事が出来た。

 「……終わったんだな」

 ポツリと誰かが呟いた。緊張の糸が切れ、座り込んだシエラは震える手を押さえて一筋の涙を流した。

 「ああ、これで終わったんだ…やっと、やっと皆帰れるんだな……」

 帰れる。そうだ、俺達は帰れるんだ。

 そう思うとモルガカ達も自然と涙が出た。

 「こんな地獄、二度と味わいたくないな…」

 「ああ、早く帰ろう。温かい飯に美味い酒を流し込んで、それでぐっすり寝るんだ」

 「そうだな」

 口々にこれからの事に想いを馳せる中、ジョシュアはゆっくりとシエラの側に寄った。

 「シエラ、疑ってすまなかった」

 「ジョシュア…」

 「もし、シエラが敵ならあの時トドメを刺しに行かなかったもんな。本当、悪かった。お陰で助かったよ」

 眉を下げて謝るジョシュアに対し、シエラは薄く微笑むと緩く首を振った。

 「いいえ、良いのです。それより、今後の事です」

 その言葉にラムダ達の視線が集まった。

 「領主の指導の下、この村の住人を材料に化物を造っていました。しかし、証拠となる化物を運ぶ事は不可能ですし、我々の証言と拾ったメモだけでは信じてもらえません」

 「どうするんだよ」

 モルガカが首を捻る。シエラはスッと視線を上げた。

 「一先ず、ラムダ」

 「ん?」

 呼ばれたラムダがシエラを見遣る。シエラは死んだ化物を指差した。

 「マリンさんから貰ったカメラがありますね? それで化物とロットを撮ってください。ロットの遺品も持って帰り、すぐに町の各ギルド長とスウェラド卿に連絡し、人をここに向かわせるのです」

 シエラの言うスウェラド卿という人物は領主の次に発言権を持っている人物である。しかし、昔から領主と性格が合わず政治に関しては殆ど表舞台に立った事がない人でもある。そんな人物に任せられるのか。胡乱げな視線をシエラに向けるが、彼は大丈夫だと力強く頷いた。

 「彼は正義感の厚い人です。おまけに頭もよく回る。きっと良い様に運んでくれるはずです」



 そこからの動きは早かった。指示通りラムダがカメラで撮っていき、ロットの遺品を数個持つ。川の氾濫が落ち着くのを待ってから彼等は村を後にした。道中、雨に見舞われる事も獣に襲われる事もなく、通常より早く町に着いた。そこから冒険ギルドの長を通して各ギルド長に伝えられ、秘密裏にスウェラド卿にも伝えられた。


 「アイタタタタァ!」

 「もう、大袈裟よジョシュアは」

 無事に帰ってきたシエラ達のその数日後にはマリンが馬車で飛ばして来て、ジョシュアの怪我の包帯を取り替えていた。痛がるジョシュアの傷口をバンバン叩いてマリンは表情を曇らせた。

 「それで? 今日の夕方には連れて行かれるの?」

 「ええ…まぁ…」

 マリンと同じ様にジョシュアもまた表情を曇らせた。スウェラド卿に領主の悪行を伝えるとすぐに数人の警備隊を伴ってステラ村へと向かった。化物とロットの遺体、他にもシエラ達が見付けられなかった村人が残した手掛かりを幾つか見つけ、シエラ達の情報は正しかったのだと判断された。証拠を押さえたスウェラド卿は私兵と警備隊を率いて領主を捕縛したのだ。これで平和が訪れる。シエラ達は皆そう思ったが、そうはいかなかった。

 領主が裁かれる前、化物遭遇から倒すところまで説明する際にロットを殺害した事を民衆は知ったのだ。すると町の人々はロット殺害に関して本当に正しかったのか。疑問を持つ声が多数上がった。そこから裁く対象はシエラ達にも及ぶ事になった。シエラ達は拘留されたが、怪我をしたジョシュアだけはある程度傷が塞がるまでスウェラド卿の別邸で監禁される事になったのだ。

 普段から貴族相手にも商売しているマリンは、スウェラド卿に無理を言いジョシュアに会いに来た…訳ではなく、カメラの説明をするついでに傷によく効く薬を届けに来たのだ。もちろん、脱走や不審なやり取りが無い様に、室内にはジョシュアとマリンの他にも人がいる。マリンは扉付近に立つ兵を一瞥した。

 「……領主程、重い罰にはならないはずよ。民衆の言葉に飲み込まれないでね」

 マリンの言葉にジョシュアは静かに頷いた。

 「それじゃあ、私は行くわ」

 髪を靡かせ、マリンは退室する。ジョシュアはマリンの出て行った扉を凝視していた。


 集めた証拠と証言を照らし、スウェラド卿とその他の有力貴族達が下した判決はシエラ達に禁固一年、ラムダだけ禁固三年の刑に処すというものだった。ロットが領主の悪行に加担している事、シエラが襲われた事が決め手となった。ただし、まだ息があったロットを防御ではなく故意に殺害したラムダは刑が重くなった。民衆の中には刑が軽いと言う者も居たが、ラムダは反発する様子もなく、ただジッと前を見詰めていた。

 一方、領主はステラ村での一件以外にも横領、違法賭博等、何個も不正が出てきて、それに関与していた何人かの貴族も一緒に死刑となった。領主不在となり、今まで政治に関与してこなかったスウェラド卿が治める事になる。初めて政治に関わる卿に民衆は不安いっぱいだったが、問題など一切起きる事なく、寧ろ前領主時代の不満を持っていた箇所を改善していったのだ。民衆からの支持は爆上がりである。

 そしてスウェラド卿の指示の下、他貴族が前領主派の勢力を徐々に落としていく事になる。その一端を担っていたのはシエラの養父であった。シエラ自身は派閥を公言していないし、養父もまた表面上は中立を保っているが、シエラの家…トライス家は元々スウェラド派である。今回のシエラ達の刑が比較的軽いのもトライス家が卿との繋がりがあったからだった。それでも刑を軽くする代わりに前領主派を排除するのが条件だった。

 雨季が終わり、夏の暑い日照りが柔らかな冬の日差しに変わる。春の命の芽吹きが大地を覆い、再び雨の烟る季節がきた。禁固一年と言われたシエラ達が出てくる日である。貴族であるシエラは罪を犯した故に除籍されるかと思われたが、シエラの生活態度、ロットに対する罪の意識、何より自分の住む町を良くしたいという考えを見聞きした監視員からの報告で免れ、貴族でいる機会を与えられる事になった。



 木々と草の独特の匂いを嗅ぎつつ、細い道を登っていく。上を仰ぐと突き抜ける様な真っ青な空が広がっていた。雨季が過ぎ、いよいよ暑い夏が始まる。汗ばむ胸元を服で仰ぎつつ、シエラは只管に登った。小高い丘を登り切ると幾つかの墓石が並んでいる。そのうちの一つ、まだ真新しい墓石の前に立つとシエラは冷めた目で見下ろした。

 『ロット・エルソン ここに眠る』

 その墓石はロットのものだった。ふと短く息を吐くと、シエラは微かに笑った。

 「やぁ、あの時はご苦労様」

 胸ポケットから折り畳まれた紙を出すと、広げて書かれている内容を見返す。


 『ステラにて怪物の最終確認を行う。協力者にトライスの息子を頼んでいる。もし計画が知られてもトライスの息子は平民共と一緒に行動させろ。上手く誘導してくれるだろう』


 満足気に眺めた後、その紙を細かく破いて墓の上に落とす。まるで白い小さな花弁が降り注いでいる様だった。

 「お前が何の疑いも無く従ってくれて助かったよ」

 ロットからの返事はもちろんない。シエラは瞳を閉じて一年前を思い出していた。ロットと遭遇した時にわざと押し倒して、不自然にならない様に体重をかけて顔を近付けた。そして、これからの計画をどうするか小さな声で訊いてくるロットに、わざと自分を襲う様に耳元で囁いたのだ。自分が襲われている姿を見れば、ロットの仲間でないと証明出来る。そして助けようと追いかけて来た二人がロットを襲うだろう。二対一。気付いて逃げたとしても追い付かれてロットは確実に負ける。

 それはシエラの目論見通りだった。ラムダによって殺されたロット。二人が見ていない隙に、予め小さく折り畳んだ弱点を書いた紙を掌と親指で挟み隠し、ロットのポケットに入れる。ジョシュアの言っていた化物を殺す方法を探すフリして、折り畳んだ紙をくしゃくしゃに広げると“筆跡を真似して書いた“領主からの指示の紙を見えない様に一緒に取り出して回収した。

 処分するタイミングは無かったが、隠す時間はなんとかあったからそこに一先ず隠していたのだ。この一年、見つかってしまうかと不安だったが何とかなって良かった。

 シエラは回想を止めて、そっと目蓋を開けた。そよ風が前髪を揺らす。

 「……一つ教えてあげようか。俺は元々ステラ村の人間なんだよ。村の皆を、家族を、人でない者にしたお前達が憎かった。どんな方法でもいい。殺す事だけを考えてきたんだ。いやぁ、ここまで来るのに長かったよ。皆を“怪物“から解放してあげる方法を探して、お前達を殺す計画を立てて……でもまだ肝心な奴を殺せてないんだよなぁ」

 シエラは自嘲する様に喉を鳴らすと空を仰いだ。

 「腹が空いたなぁ…」

 ポツリと呟いた言葉は風に紛れて消えていった。

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