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「クッソ!」
「大丈夫か。待ってろすぐに止血する」
シエラ達が走って逃げ込んだのはまだ入った事のない建物であった。ここは村の出入りから奥に入った場所にあり、木々に囲まれ一見するとわかりにくい。運良くこの建物を見付けたシエラ達はすぐさま逃げ込んだのだ。辺りを警戒しつつ、ニコラスは濡れたマントを脱ぐと自身の上着も脱ぎ、それをジョシュアの背中の傷に強く押し当てた。
「誰か回復薬は!?」
「討伐の時にロットが使ったから無くなった!」
「クソッ」
ラムダが素早く石を掲げ、辺りを照らすと白かったシャツが赤に染まる様子が嫌でも見えた。ジョシュアは震える手で自身の腰に下げていた袋を掴むとニコラスに差し出した。
「この中に包帯用に取っておいた布がある…。それを裂いて使ってくれ」
「わかった!」
「ニコラス、これも使ってください」
シエラから短刀を渡されたニコラスは急いで布を切り裂き、包帯を作っていく。その様子を見守りつつ、モルガカは槍を支えにして座り込んだ。
「なんなんだよ…一体、どういうことなんだよ! なんで化物がロットの言う事を聞く!? なんでロットはジョシュアを刺した…なんで!」
息を震わして俯く。モルガカの言う事に、皆同じ思いだった。一人、ジョシュアだけが冷たい視線をモルガカに向ける。
「アイツもさっき言ってただろ。俺達を使って化物がどこまで使えるのかみるって…アイツは本気で殺しに来てた。俺が気付かなかったらラムダが確実に殺されてたぜ」
「でも…そうだとしてなんでロットが…化物との関係は何なんだ」
「関係なんてどうでもいい。このまま放置してても次また襲ってくるぞ。何とかしないと」
ジョシュアの服を脱がせ、止血用の布切れを傷口に当てて包帯をキツく巻いていく。ウッと呻く声が聞こえたが構ってはいられない。ニコラスは更に力を込めた。抜身の短刀を鞘に納め、シエラは咳払いした。
「もしかしたら、この村の住人達の日記に化物について何か書いてあるかもしれません。ロットをどうするか決めるのはそれからでも遅くはないのでは」
シエラの提案に対して皆いい顔をしなかった。まだ自分がどうすべきなのか、何が正解なのか、考えあぐねているのだろう。沈黙が流れる。こうして迷っている間にもロットは殺しに来るのだろうか。
「……仕方ないな! 誰も他に案が無いならシエラの言う通りにしよ!」
ラムダが努めて明るく言う。彼の言うように他に案が出てこないのだ。こうなったら何か一つでも化物に関する情報を手に入れた方がいい。
「ニコラスはジョシュアと共にここで待機していてください。まずはこの家に何か手掛かりがないか探しましょう。それでもし無ければ少し先にあった家に移動しましょう」
「家なんてあったか?」
「ええ。この家と同じように木々に囲まれて分かりにくいですけど。確かにありましたよ」
「それじゃ、先にこの家からだな」
それを合図に三人は散らばっていく。あるかどうかもわからない日記を探すのに時間がかかるかと思われたが、それは意外にも早く見つかった。モルガカは寝室と思わしき部屋に入ると机の引き出しを開けて漁った。すると奥から一冊の小さな本が出てくる。頁を捲るとなんとお目当ての日記であったのだ。
「皆、見付けたぞ!」
慌ててジョシュア達のいる部屋に戻る。モルガカの声を聞いて、シエラもラムダも戻ってきた。
「それで? 日記にはなんて書いてある?」
急かすニコラスにモルガカは手間取りながら頁を捲った。茶色く変色した紙に文字が掠れていて大半が読めないが、それでも何とか読める部分を探した。
「えっと……『男達が来た、領主の使いの奴等だ。抵抗した若い男衆の何人かが殺されてしまった。他の奴等も抵抗出来なくなるまで殴られ縛られた』『白髪の男が愛がどうのこうの言っていたが何なんだ…早く此処から出て行け忌々しい』って書いてあるな」
出てきた単語にシエラ達の表情は曇った。
「領主の使い…」
「それってロットの親父の使いって事だよな」
ニコラスはそこでふと数刻前の遣り取りを思い出した。
「ちょっと待って。食事の時に見た日記もそうだったが、ロットは父親がこの村の存在を知ったのは最近だろうと言ってたんだぞ。領主は村が廃れた後から存在を知ったはずなのに、日記の内容が本当なら…その前から、この村の事を知っていた事に…」
言いながらニコラスの顔色は青褪めていく。シエラはふむと口元に指を当てた。
「彼が嘘を吐いていた…という事になりますね」
「この日記が正しければ、ロットの親父はこの村の人間に暴行をしていたって事になるぞ」
「いいえ、モルガカ。違いますよ」
シエラは日記に書かれている文字をそっとなぞった。
「『抵抗した若い男衆の何人かが殺されてしまった』……領主は命を奪っているのですよ。この村の人達のね」
淡々と言うシエラの表情は酷く冷たいものだった。
「けど、化物との関連がまだわからない」
「そうだな。ロットが俺達の敵なのか…まだ判断がつかないな」
ニコラスとラムダの意見も最もである。
「他の家も何かないか探ってみるか」
痛みを堪えてジョシュアは立ち上がる。気遣わしげなニコラスの視線を制した彼は辺りの様子を伺った。
「大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないが…今はそんな場合じゃないだろう」
シエラとモルガカを先頭にジョシュアを抱えたニコラスとラムダが続く。シエラの言う通り、すぐ近くには同じ様に木に囲まれた家がポツンと建っていた。崩壊が徐々に始まっており、木枠が歪んでドアが硬く閉ざされている。
「開くか?」
「俺が開けようか?」
腕が立つとは言え、細身のシエラだとどうしても力仕事が出来るか不安になる。心配そうな視線を受ける中、シエラは無理矢理ドアを開けた。バキッバキッと、木屑が落ち、微かに割目が入る。
「開きましたね。入りましょう」
どう見ても開いたとは言い難いのだが、有無を言わさぬ笑顔で見てくるシエラにモルガカは、お、おうと応えることしか出来なかった。もしかしたら細身のせいで力が無いと思われていることに不満を持っているのかもしれない。これ以上余計な事は言わない方がいいだろう。咳払いをして気を取り直す。ドアを潜り抜けるシエラに続いて一行は建物へと足を踏み入れた。
ラムダが再び石を掲げて照らすと辺り一面、物で溢れていた。食器、子供の衣服、靴、倒れた棚、花瓶。拾い上げるとキリがない。物が散らかった室内は、足の踏む場もなかった。
「この中から手がかりを探すのか」
嫌そうな声が後ろから聞こえてくる。
「やるしかないだろう」
ラムダの一言で出かかっていた言葉を飲み込む。その後不満は出る事なく、皆、大人しく作業に取り掛かった。ジョシュアだけは身動きが取れない為、出入り口付近で外の様子を伺っている。
どれ程の時間が経っただろうか。実際の時間だと長時間という程でもないが、シエラ達の体感では半日以上経っている様な気持ちだった。出発してからほぼ休んでないのだ。無理もない。雨風によって体温は奪われ、木々の間を走り抜け、常に気を張っている状態で疲れないという方がおかしいのだ。怠い腕をなんとか動かし、散乱した布を掻き分ける。彼等の脳内では休憩と疲労の文字で大量に埋め尽くされていた。
「………」
そんな思考もままならない状況の中、ニコラスが目的の物をようやく発見した。
「あった! これじゃないか!?」
嬉々として掲げた手の中に紙が握られている。怪我をして動けないジョシュアの周りに集まり、ニコラスは紙を広げた。
「何々…んー、紙が破られていて最初の方がなんて書いてあったのかわからないな…」
「とにかく読んでみようぜ」
「あぁ…『…しかし、エーデルの領主は度し難い程の屑だな。この村の人間達も可哀想に、実験の材料となるなんて。私欲の為に村一つ潰して“死なない怪物”を創るなんて、本当、屑で愚かだ。それに加担している俺も…』」
それ以降はインクが滲み、読み取る事は出来なかったが、彼等に与えた情報は十分であった。暫く誰も言葉を発する事が出来なかった。
エーデルというのはロットの父親が管理している現在の領地の名称である。基本的に領地はそのまま受け継がれていくが、ロット曰く、彼の父親が受け継ぐ時に事情があり、名称と管理する土地を一部変えて受け継いだそうだ。つまり、エーデルの領主とはロットの父親の事で間違いなかった。
肺の中の空気を全て出すかの様な、深い溜息が静かに響く。
「これで完全にわかりましたね。ロットは私達の敵です」
ニコラスは目頭を押さえた。
「嘘だろ…」
「死なない怪物…あれはこの村の人達だったのか」
「きっとロットは親父の命令で俺達を襲ったんだ」
「死なない怪物なんてどうすればいいんだよ」
口々に言う皆にジョシュアは待ったをかけた。
「落ち着け、何か方法はあるはずだ」
皆の視線がジョシュアに集まる。
「方法って?」
「死なない怪物がもし暴走したら真っ先に襲われるのは近くにいるロットだ。暴走した時の対処法を知っていてもおかしくはない」
ジョシュアの言う事には一理ある。しかしと、ニコラスは腕を組んだ。
「ロットが大人しく教えてくれると思うか?」
「いや、力づくになるだろうな」
そして再び沈黙が落ちる。ふとモルガカは純粋に思った事を口に出した。
「…なぁ、ロットの事どうするんだ」
真っ先に答えたのはラムダだった。
「殺す」
物騒な発言に、動揺が走る。
「殺すって…」
ニコラスは戸惑い、ラムダを見た。ラムダの表情は普段と変わらないものだった。メンバー内で仲の良いジョシュアが刺され、怒っているのかと思えばそうでもない。しかし彼の中では決定事項なのだろう。迷いは一切無かった。
「奴は俺達の事を仲間だとは思っていない。この紙の領主と同じ、実験、研究の材料としか見ていない。このまま放置しても次の被害が出るだけだ」
「俺もラムダの意見に賛成だ」
そう声をあげたのはジョシュアだ。痛みで顔を顰めつつ、彼はふと息を漏らした。
「…と、言っても、怪物を倒す方法もわからないし、『悪』だからと命を奪うのは『悪』と同じだ。ここは捕まえて、法の下に裁いてもらうのが一番だろう」
確かにジョシュアの言う通りなのだが、ラムダは納得のいかない様子で適当に腰掛け頬杖をついた。
「ニコラスは? どう思いますか?」
シエラが問えば振られたニコラスは言葉を詰まらせながも応える。
「俺は…どうしてロットがこんな事をしたのか、理由を知りたい。もしかしたら本心では違うのかもしれないだろ…。それに法で裁いたとしても、きっと無事では済まされない……エレンティア教の者としては、例え罪を犯した者でも人の命を奪う事は…」
視線を逸らし、徐々に声は尻すぼみになっていく。人の命を何より大切にし、女神に祈れば救われると教えを説くエレンティア教。その信者であるニコラスはどちらに転んでも教えに背く事になり、彼としては殺す事も捕らえる事もなく第三の道を探していた。しかし、考えども思考はぐるぐる回り、良案は中々浮かばない。逡巡する様子にジョシュアは舌打ちした。
「エレンティア教がなんだ。領主は何十人もの命を奪ったんだぞ。その息子のロットも怪物がなんで出来たのか知っているはずだ。知っていて、俺達を襲ってきたんだ。殺したくない、裁きたくないは、自分が教えに背くのが嫌だから言ってるだけで、そんなの自分勝手な考えだろう」
ジョシュアの刺のある言葉に、ニコラスは思わず怒声をあげた。
「違う! 俺はただ本当にロットが何でこんな事したのか知りたいんだ! それに今まで何度も共に依頼を熟して…仲間だろ。仲間をそんな簡単に殺すだなんて言えないし、死刑になって欲しいとも思わない!」
互いに睨み合い、一触即発の空気になる。このままではいけないと、シエラはモルガカに話を振った。
「も、モルガカは? どう?」
空気を変えるためとはいえ、急な振りにモルガカは肩を震わせることしたか出来なかった。
「お、俺か……?」
四人の視線がモルガカに集中する。妙な圧迫がモルガカの身体を押し潰そうとしていた。
「俺は…」
口内が渇く。モルガカは焦る思考の中、必死に正解を探した。しかし、考えれば考える程、正解がどれかわからなくなる。
「わ、わからない…どうしていいかわからない」
弱々しく呟いて、項垂れてしまった。
「…けれど、確実に俺達の安全を得るには、ロットを殺すしかないと思う…」
「!」
顔を俯かせたまま、モルガカなりに答えを出した。これでロットを殺すという選択が一歩浮上してくる形になる。
「シエラは? どうする?」
答えを出していないのはシエラのみだ。ジョシュアの問いにシエラは口を噤む。
「………」
中々答えようとしないシエラに、ふとジョシュアはまさかと思い至った。
「お前…まさかロットと手を組んでるなんて事ないよな?」
その一言で緊張が走る。シエラは違うと声を荒げた。
「そんな事あるわけないだろう!? そもそも仲間ならロットが襲ってきた時点で加勢してる!」
「いや、油断させる為にわざとかもしれない」
「シエラも貴族だもんな。ロットに手を貸してるかもしれない」
「誤解だって! ロットは貴族の中でも分け隔てなく接してくれるし、共に戦ってきた仲間でもあるんだ。そう簡単に割り切れるものじゃない。早々、答えを出す程の薄い関係じゃないだろう、私達は!」
シエラは訴えるが、皆の視線は未だ疑惑に満ちていた。
「ッ! それならば、私が怪物の囮になる! 武器も預ける! これでも疑うか!」
シエラは自棄になってきていた。しかしジョシュア達の視線が緩まる事は無かった。このまま自分は疑われたままでいるのかと思うとどうしても腹立たしかった。そして今までの仲間として意識していたのは自分だけだったのかと悲しくなってくる。その場にいる事に耐えられなくなったシエラは思わず外に飛び出した。
「あっ、待って!」
ニコラスの呼び止める声が聞こえる。しかし、シエラは止まらなかった。