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 石畳の整備された道に沿って色取り取りに飾られた屋台が並ぶ。そんな中、串に刺さった肉を天高く掲げて、若い女性が通りを歩いている人々に声を掛けていた。

 「はぁい、今日は皆呑んでって食べてってぇ! 久々のドグマルトカゲのお肉が手に入ったよぉ!」

 彼女が掲げる肉は既に焼かれていて、甘辛のタレが陽の光に反射して輝いている。側に寄れば思わず涎が出そうな香ばしい匂いが鼻を擽った。

 「おい、姉ちゃん、俺にも一つくれや」

 少し身形の汚い男が女性に近付いて手を出した。伸びきった無精髭の隙間からは黄ばんだ歯が見える。先程まで香ばしい匂いだったが、男が来た途端、ツンとくる酸い臭いに変わった。男の横を通る者は皆顔を顰めて通り過ぎていくが、女性は嫌な表情一つせず、にこやかに持っていた串を差し出した。

 「どうぞ、一つと言わず幾らでも! 何たって依頼を受けてくれた冒険者さんのお陰で大量のお肉が手に入ったからね。皮はうちが貰うからあげられないけど、肉なら沢山出せるよ! ドグマルトカゲと言えば脂が乗ってて美味しいし、どんどん食べちゃって!」

 「へへっ、そうかい。あんがとよ」

 商売故に女性は笑っただけだが、それでも男は気を良くしたらしい。串を受け取るとタレが髭に付く事も気にせず、すぐさま口に放り込んだ。一つ二つと噛んでは飲み込み、また一口頬張る。上機嫌な男は食べ終わると指に付いたタレを舐め取って、再び女性に顔を向けた。

 「うん? もう一本いる?」

 「いや、そうじゃないんだが…なあ、ドグマルトカゲの爪をくれないか? 大量にあるなら一つくらいいいだろう?」

 眉尻を下げてお願いしてきた男に対して、笑顔だった女性は眉を吊り上げた。

 「それはダメダメ! 爪も大事な収入源よ。タダであげられるのはお肉だけ!」

 「な、なんだよ。いいだろ、ちょっとぐらい」

 「ダメなものはダメ! 我々、海月の商会はリーダーの言う事が絶対でそのリーダーがダメと言ったのよ。だからダメなの!」

 「ああん!? クソガキがっ! どうせ儲けた金で遊ぶんだろ、俺にも少しくれたって良いじゃねーか!」

 声を荒げる二人に通行人達が何だ何だと集まってくる。今までの流れを側で見ていた屋台のおじさんは肉を焦がさないよう、忙しなく串をひっくり返している。誰も二人の間に割って入らないが、囁く声と視線が鬱陶しい。堪らなくなった男は、ついに女性へと手をあげた。

 「このっ! 大人しく渡さないお前が悪いんだよ!」

 力任せに振り下ろした拳が女性に当たる間際であった。

 「いけませんね、女性に暴力を振るうのは」

 ガッと男の手首を掴み、捻り上げたのは、背が高く痩身の男だった。

 「いででででででっ」

 腕を押さえつけられた男は振り解こうと暴れるがピクリとも動かない。寧ろ、手首を掴む力が強くなった。心なしかギリギリと聞こえたくない音まで聞こえてくる。

 「やめろっ、俺が悪かったから、はなっ、離してくれぇ!」

 息も絶え絶えに男が懇願すれば、掴まれていた腕がふと軽くなった。

 「次、彼女に手を出したら商会の皆さんが地の果てまで貴方を追っかけるので、気を付けてくださいね」

 聞いてるのか聞いてないのか。男は解放された途端に人混みを掻き分け、走り去ってしまった。

 「シエラさん! ありがとう、助かりました」

 それまで事の成り行きを見守っていた女性が、助けた男性…シエラに抱きついた。

 「こらこら、マリンさんいけませんよ。これでは先程の男ではなく私が商会に狙われてしまいます。私、まだ命は落としたくありませんよ」

 マリンの肩を優しく押し返して、シエラは困ったように微笑んだ。マリンはといえば、離された事に対して不満そうに唇を突き出していた。

 「もう、シエラさんならうちの商会メンバー相手でも余裕でしょう。なんたって今回の大量のドグマルトカゲを倒したのはシエラさんなんだから!」

 はい、どうぞと渡された串焼きをシエラはジッと見詰めていた。琥珀色に輝くタレが何とも美味しそうである。はくっと空気と共に口に含むと香ばしい匂いが鼻を通り抜けていく。弾力のある肉は噛めば噛む程汁が溢れ出てきて甘辛いタレとよく合った。

 「シエラさんなら屋台にあるお肉全部食べちゃっていいよ」

 ね、ゴンさんと、マリンは後ろの屋台で黙々と焼いていた中年の男に声をかける。先程の騒ぎを無視し続けていたおじさんだ。呼ばれたおじさんは気まずそうに視線を逸らした。

 「いや、お嬢。流石にそれは…」

 口籠る彼はまた忙しく串をひっくり返し始めた。はっきりとしない彼の様子に頬を膨らませたマリンは更に言い募ろうと寄る。すると、側からシエラとはまた違った男性達の声がマリンを引き止めた。

 「ゴンさんを虐めちゃ駄目だぜ、マリン嬢」

 「そうそう。それとトカゲをやっつけたのはシエラだけじゃないですよ」

 「というより、さっきの奴はシエラじゃなくてもマリンちゃん一人で十分対処出来たのでは…」

 「シッ、海の藻屑になりたいんかお前。黙っとけよ」

 「ニコラス…短い間だったけどいい奴だったぞ、ありがとさよなら」

 「…ちょっと聞こえてるんですけど」

 好き放題言いながら割って入ってきたのは五人の若い男達だ。その内の一人に肩を叩かれたシエラは、肉を頬張ったまま彼等と視線だけで軽い挨拶を交わした。楽しそうに笑いあう男達にマリンは乙女にあるまじき鬼の形相で彼等を睨め付けた。それぞれがゴンさんから出来立ての串焼きを貰って美味しそうに頬張っている。シエラも追加で串焼きを貰い、口の端にタレを付けて、熱そうにハフハフしながら食べていた。

 何その可愛い食べ方、眼福なんですけどー! じゃなくて!

 マリンは首を激しく振ると指差し再び彼等を睨んだ。

 「まず、ラムダ。私はゴンさんを虐めてなんかいません。大切な従業員なんですから、愛情持って接しています。ロット、トカゲを倒したのはシエラさん一人ではなく、パーティーメンバーである貴方達も一緒に戦った事は存じています。ですが私の中ではシエラさんただ一人なのです」

 「そんな無茶苦茶な…」

 「相変わらずシエラ好きだなぁ」

 「当の本人はサラッと無視してるけどな」

 「お黙りっ! ニコラスとジョシュアとモルガカ! 貴方達、普段から私の事女の子と見てないでしょ。私はか弱い乙女よ? あんな野蛮な男に襲われたらひとたまりも無いわよ」

 「はい嘘ぉ。俺、お嬢がゴロツキ相手に鳩尾に拳決めてるのばっちりと見てたぜ」

 「は、はあ!? そんな訳ないでしょ」

 モルガカの証言にマリンは上擦った声をあげた。

 「そうですよ、モルガカ。マリンさんはそんな物騒な事出来るほど筋肉も無いですし。何かの見間違いでしょう」

 それまで頬張っていた肉を嚥下してシエラはサラッとフォローした。ポケットからハンカチを出して口元を拭うシエラを見て、マリンの瞳は既にハートと化していた。

 流石シエラさん! 幼子の様な拙い食べ方をして母性本能を擽ぐらせておきながら、男性としての優しさを見せてくる! しかも狩りの時には筋肉質な身体つきが見られて、もうほんと最高。はぁん、ラムダ達は余計でしたが、シエラさんに依頼して良かったですわぁ。

 マリンの思考が遙か彼方に飛んでいると悟ったジョシュア達は苦笑いを浮かべた。マリンの家系は高貴な出であるのだが、父親が所謂変わった人であり、若い頃に家を出て商人として店を立ち上げたのである。つまりマリンは商会ギルド『海月』の跡取り娘である。故にある程度のワガママは許されているのだが、それがシエラの所属する冒険ギルドに依頼をする事であった。もちろんシエラの指名付きで。

 基本は害獣の駆除を依頼するのだが、その度にマリンも陰から付いて行きシエラの勇姿を堪能するのだ。勝手に付いてきたとはいえ依頼主に怪我があってはならない。細心の注意を払ってシエラも対応するが、それでも一人の場合だと獲物を逃す事も出てきて、マリンを狙う事がある。その時は身を呈して彼女を守る……なんて事はしない。モルガカが言う通り、彼女は非常に強いのである。


 この世界には魔術と呼ばれるものが存在する。殆どの人が身分に関係なく自由自在に、火を、水を、風を、土を、己の持つ魔力を使ってありとあらゆるものを操り、生活の補助として使っていた。ある時、神に仕える者が魔力は神からの祝福の証だと唱えた。またある時の学者は火を操る事が得意な者は髪の色が燃える様な赤になり、水を操る事が得意な者は深い海の様な青をしており、魔力を持たない者は黒髪や茶髪等が多いと書き記した。身近な存在であった魔術は学者達によって研究されてきたのだ。

 しかし二百年程前から魔力を持つ者の出生率が下がり、逆に魔力を持たない者の割合が上がった。学者達は原因を調べたが一向に特定出来ず、魔力保持者の減少を止める事は出来なかった。今まで生活の一部であった魔術が使えないとなると、必然と変わりとなるものを人々は模索した。そこで登場したのは科学である。大きく重量のある物体を浮かせるには今までであれば指を一振りすれば良かったのだが、現在では滑車を利用し浮かせている。負傷した者が病院に行けば一瞬で治っていた治癒術も無くなり、今では薬草を使い何日にも渡って治療が行われる。最初こそ人々は不満だらけだったが、これしか方法は無いので嫌でも受け入れるしかなかった。

 現在、魔力保持者の割合は王族、貴族が占めていて、彼等はマリンの様に頭髪の一房だけ染まっている場合が殆どである。持たない者はシエラの様な黒髪、或いはラムダの様な茶髪の地味な髪色が多い。髪の一部にしか魔力の色が反映されないのであれば、魔力そのものの力は劣るのかと言えばそうではないと現代の学者達は研究を纏めている。実際にマリンの魔術は古い文献に記されている威力と変わらないのである。どれ程の威力かというと荒れる大海原を二つに裂き、凍らせ、魚がビチビチ跳ねる海底に道を作り上げる事を造作も無くやって見せたのだ。

 強大な魔力を操るマリン一人でも獣は倒せるのだが、そうしないのは単に好きな人に守ってもらうシチュエーションを味わう為である。ぐふぐふと令嬢にあるまじき笑い声を出すマリンを尻目に男性陣はさっさと串焼きを頬張り、完食した。空いていた腹が満たされ、一息吐く。

 「しかし今回は数が多かったな。もう俺の剣なんて刃毀れして使いもんにならねーよ」

 モルガカが懐から短剣を取り出して疲れた表情で刃先を眺めた。鋭かったであろう刃は所々欠けて潰れ、鈍い光を放っている。その様子を見てラムダは自身の肩に背負っていた小さな籠に視線を遣った。

 「そうだな、俺も矢が尽きたから補充しないと」

 今回の討伐対象は群れで行動する習性があり、一匹倒すと次々襲ってくる厄介なものであった。自身の武器が使えなくなるのが先か群れが全滅するのが先か、中々に厳しいところがあったが五人とも戦い慣れていたお陰でなんとか対処する事が出来たのだ。各々の持つ武器を見ればボロボロで、もし獣が襲ってきたら応戦する事は出来ないだろう。余分な金品や物は動くのに邪魔だからと置いて来たし、町の鍛冶屋に修理を頼むにも修理に使う素材が無ければ受付けてもらえない。どうしたものかと一同が悩んでいるとロットが思い出した様に、アッと声をあげた。

 「マリンさん、今回のクエストの報酬の中には武器の強化素材も入ってましたよね。今から受け取る事は可能ですか」

 「ごめんなさい。すでに報酬金と一緒にクエスト受付所に預けてしまったの」

 瞬時に現実に戻ったマリンは頬に手を添えて眉を下げた。ロットは残念そうに肩を竦めた。

 「そうですか。せめて帰るまでにある程度武器を整えておきたかったのですが…致し方ありませんね」

 クエスト受付所は隣町にあるのだが、その距離は歩いても二日三日はかかる程に離れている。道中の危険は無いが、もしもの事もある。武器は出来るだけ使える様にしておきたかった。マリンは暫し思案した後、ロット達を見た。

 「うちの商会の物でよければお貸ししますよ」

 「いえ、ただでさえ普段からお世話になっているのでこれ以上は」

 「それでしたら…そうだわ! 武器にはなりませんが、此方を差し上げますわ。何かの役に立つかもしれません」

 マリンはスカートのポケットから掌程の大きさの四角い物体を取り出した。

 「これは…?」

 「此方、風景や人の姿を紙に即座に描き写す事が出来る、その名も『かんたん! ボタン一つ押すだけでめっちゃ細かく楽に撮せる魔法の機械!』略してカメラですわ!」

 「へ、へぇ〜?」

 マリンの所属する商会は幅広く物を揃えている。中には自分達で開発した商品もあり、このカメラもその内の一つだろう。手に持っていたカメラを構えて、マリンは男達に横一列に並ぶ様、指示を出した。言われるがままに並べば、次はカメラの方向に顔を向けてと言われる。大人しく従う男達をカメラのレンズで覗き込み、マリンは上に付いているボタンを押した。一瞬の光と軽快な音がした後にカメラの下部分から一枚の紙が出てくる。紙にはどこか緊張した面持ちの五人の姿が写っていた。それを見たシエラとニコラスは感嘆の声をあげた。

 「へー! 凄いなぁ、細かい所も描けてるし、色も綺麗だなぁ」

 「ええ、流石ですね。これなら絵師を呼ばなくても良いし、一瞬で終わるから時間を無駄にしなくて済む」

 「そうか、忘れてたけどシエラは貴族だったな。自画像とか描かせるのか?」

 「私は好きではありませんので自画像は少ないですね。中には成長の記録として毎年描かせているところもあるようですが。ロットのところはどうなんですか」

 ロットに振ると彼は苦笑して答えた。

 「そうだね、私も好きではないが、父親が煩くてね。父親のついでに描いてもらってるかな」

 「流石、我が領主様のご子息ぅ」

 すかさずモルガカがロットの脇腹を肘で小突く。やめてくれと言いながらもロットの表情はどこか嬉しげである。身分など関係無いと戯れ合う二人を眺めつつ、ラムダは腕を組んだ。

 「未だになんで領主の息子が俺達みたいな平民に混ざって害獣退治してるのかわからんよな」

 「それを言ったらシエラもだな」

 「だな」

 ニコラスとジョシュアが同意する。視線を向けられたシエラは口元に手を当て、考える様に答えた。

 「ううーん…私達は単純に他の人の生活や町の現状を知る為に活動していますからねぇ…」

 「ほう、それなら…」

 「はいはい! お喋りはそこまでです!」

 持っていたカメラをラムダに押し付けて、マリンは手を打ち鳴らし男達の注目を集めた。

 「そろそろ出発しなくてはいけないのではなくて?」

 マリンの一言にハッとしたシエラは紙を折り畳んで胸ポケットの奥に仕舞い込む。その様子を見て、他の面々も自身の武器を抱え直したり、マントを羽織ったりして素早く整えた。

 「マリンさんの言う通りだね、町を出よう。雨雲が出始めてる」

 雲が流れる向こうに灰色の雲が混ざっているのが見える。シエラの言うようにじきに雨が降り始めるだろう。普通ならば町に滞在して雨が通り過ぎるの待つのだが、五人共クエストの掛け持ちをしていた為、時間を無駄にする事は出来なかった。

 「お気を付けて!」

 マリンの声を背にシエラ達は急いで町を出た。

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