9、商人の護衛-1
魔の森の境に向かうにあたって、丁度良い護衛依頼があったら受けて行こうという話になっていたらしい。
旅に必要な諸々をどっさり買い込んで、翌朝わたし達はとある商人と顔を合わせていた。
「いやあ、炎の勇者御一行に護衛についてもらうなら、この移動の安全は保証されたも同然ですな!」
「魔の森の境までだけどな。今回もよろしく」
「ええ、はい。こちらこそ」
雇い主の商人は、風の国・ヴィント獣王国有数の大商人だそうだ。狸人族で、気が抜けるように人の良さそうな丸顔やぽっこりお腹を見るに、確かに戦闘職は向いていないだろう。
聞けば、お互い駆け出しの時からの付き合いで、商人さんは高価な商品の輸送時など、炎の勇者一行に指名依頼を出したりもしているそうだ。
「今回は金ランク1組、銀ランク1組、石ランク1組を雇いましたので、出発前に顔合わせをお願いしますよ」
「ああ。……彼等か」
少し離れた場所に、冒険者の一団がいる。わたし達(というかわたしを肩に乗せたイドラちゃんとみんな)はそちらに歩み寄った。
「お!あんたらが炎の勇者一行か?」
冒険者の中の1人がわたし達に気付き、声を掛けてきた。
「そうだ。貴方達が今回の仕事仲間、だよな?」
「ああ。オレ達は金ランクの『剣者の集い』だ、よろしくな!」
今喋っている虎耳の陽気そうなお兄さんがリーダーなのだろう。背中に巨大で重たそうな剣を背負っている。
メンバーらしき人達は、短剣を装備した身軽そうなお兄さんと、イドラちゃんと似たローブを着ているお兄さんと、剣を2振り腰にさしたお姉さん、それから金属の鎧を着たお姉さんだった。詳しい種族は分からないけれど、全員獣人族のようだ。
「私達は銀ランク『花園の風』です」
こちらは3人いて、全員女の人。真面目そうな片手剣の女の人がリーダーのようで、気弱そうな杖を持った女の人と弓を持った冷静そうな女の人、全員が同年代のようだ。イドラちゃんよりは年上だろうと思う。それだけしか分からない。
「僕らは石ランクの『竜の咆哮』です!炎の勇者様達とご一緒出来るなんて嬉しいです!」
今までのパーティ名の中で一番強そうだ。あどけなさの抜けきっていない男の子3人組。
「『竜の咆哮』は経験を積ませる為の同行だ。この面子なら余裕があるから、新人育成ってやつだな。戦いにはそんなに参加できんだろうが、雑用係としてこき使ってやってくれ」
「よろしくお願いします!」
見た感じ和やかな空気で、護衛依頼は始まった。
炎の勇者一行と『剣者の集い』、『花園の風』はそれぞれ、自分の馬や、馬らしき謎生物を持っていた。
馬に乗って出発してすぐ、各自が思い思いに雑談を始めた。
「炎の勇者一行は全員竜馬か、さっすが!さっきから気になってたんだ」
身軽そうなお兄さんが、ぽくぽく歩く馬を寄せてアルフォンスに話し掛けた。
「まあ、結構無茶な要請をこなしたりもするからな。馬や魔馬だと潰れるんだ」
『竜の咆哮』達が商人さんから貸し出されて跨っているのは普通の馬。『花園の風』は普通の馬よりも一回り大きくて牙が生えた、草食には見えない馬。『剣者の集い』はリーダーさんのみ、鱗と牙が生えていてしゅっとしたフォルムの馬…?に乗っていて、それ以外の面々は『花園の風』と同じ馬。炎の勇者一行に至っては全員、鱗の馬…?だ。
名前と見た目からして魔馬が牙の馬、竜馬が鱗の馬だろう。
「はあー、成る程なあ。竜馬1頭で魔馬5頭分もするんだろ?やっぱ稼いでんだなあ」
「でも、その分激務でしょう?貴方方の働きには本当に、頭が下がる思いですよ」
ローブのお兄さんがしみじみと、そう言った。
「そう言われると照れるな……。ありがとう」
それまで黙って話を聞いていた、2振りの剣のお姉さんが話に参加する。アルフォンスとお兄さん達の方へ、器用に馬を寄せている。
「むしろ地竜持っててもおかしくないと思ってたわ」
「あー、地竜は憧れるよな。白金ランクくらいにならないと食費とかきついって聞くけど」
「地竜は見栄えするし、騎獣の中じゃ最上級だけど、俺達は海を渡ったりもするからな……」
アルフォンスの答えに身軽そうなお兄さんが納得の声を上げた。
「確かに地竜は船に乗せられないよな」
そこまで聞いて、飽きたので、わたしはみんなの様子を見ようと、イドラちゃんの肩の上できょろきょろ首を動かした。
万里乃さんは『花園の風』の面々と世間話している。エリアさんはむっつりと黙り込んでいるが、いつもの事だ。ギャリックさんは『竜の咆哮』にねだられて、面白おかしく冒険譚を披露していた。
案外みんな、隊列など知った事かとばかりに自由に塊になっている。ああでも、よく見ると『剣者の集い』、『花園の風』、炎の勇者一行は荷馬車や商人さん達を常に護る位置にいるようだ。
まだ迷宮都市から近いからだろう、魔物のまの字も無く、長閑な景色が広がっている。聴こえるのはみんなの話し声と商人さんが乗っている馬車、荷馬車のごとごという音、馬の蹄のぱかぱか音くらいだ。
馬車の窓から顔を出した商人さんと話し込んでいたイドラちゃんが、みんなを眺めているわたしに気付いてこっそり教えてくれた。
「なんかさ、アルって仲間内で話す時より偉そうでしょ?あれね、嘗められないようにキャラ作ってんの」
ぷぷーっと笑うイドラちゃん。わたしはアルフォンスを見遣って、それから真似してぷすっと笑った。