7、冒険者組合-2
「結局あんまり進展してないよなあ」
冒険者組合の中のベンチに座って、宙を眺めるアルフォンスがぼやく。
「自分の大切な者が記憶を持って生まれ変わっておるかも、とフランメ帝国の皇帝が命じて、一時期国を挙げて探し回っとったからのぅ。そりゃ古代竜達も嫌になるだろうて。何故か古代竜達は前世について語らぬから余計にの」
「あー!フランメ帝国はほんっと余計な事ばっかりしやがるな!」
アルフォンスのフランメ帝国嫌いが爆発する隣で、イドラちゃんはむむむと唸っていた。
「……イドラ。その古代竜の名前は思い付いたか?」
「うーーーん……」
イドラちゃんはわたしの脇の下に手を差し込み、持ち上げた体勢で固まっている。後ろ足がぷらんとしていて落ち着かないし、イドラちゃんはそんな筋肉を酷使しそうな姿勢でよく平気そうだなと思った。
バルバラ組合長に言われるまでは、みんなわたしの名前について言及するつもりは無かったようだけれど、「今名前が無いって事は、その古代竜は名前を貰ってないんだろ。名付けてやらないとずっと名無しだね」と言われ、イドラちゃんが張り切って名前をつけようとして、今に至る。
「星……シュテルン……んー?……ほしこ……」
ほしこって星子?それはちょっと……。
「星に絡めたいのか?」
「うん」
エリアさんはふむ、と少し考え込んでから、口を開いた。
「エステレラ、はどうだ」
「む、素敵。星って意味なの?」
「……昔出会った異界の記憶持ちが星を好きでな。奴の世界にある、とある国の星という意味の単語だ。確かな」
「へえ。おちびちゃん、エステレラ、どう?」
エステレラ、響きが綺麗で気に入った。
「きゅあっ!」
「お、初めて聴く鳴き声。でも嫌そうじゃないから良いのかな?」
「機嫌が良い時の尻尾の振り方だから喜んでいるのだろう」
「あ、ほんとだ」
わたし自身も知らなかった尻尾の振り方の癖が当たり前のように認知されている。何だか恥ずかしさを覚えた。
「ーーよお、ねえちゃん」
「あら、わたしの事かしら。どうかしましたか?」
と、冒険者向けの依頼書が貼られた依頼板を眺めて、1人で依頼を吟味していた万里乃さんが、柄の悪そうな冒険者達に絡まれている。しかし炎の勇者一行は立ち上がる素振りすら見せない。
「こんな所にいねえで、隣の酒場で酌してくれや」
「うひょー!随分べっぴんだと思ったが、体も一級品じゃねえか!」
「ごめんなさい、連れが待っているの」
万里乃さんはあくまで丁寧に断るが、冒険者達は万里乃さんの話を聞いてもいない。既に酔っ払っているのだろうか。
「いよーし!飲み直しだあ!」
冒険者の1人が万里乃さんの腕を掴んだ瞬間、わたしと一緒になんとはなしにそれを眺めていたイドラちゃんが呟いた。
「あ、終わった」
何が、と尋ねる必要は無かった。
万里乃さんが困った顔のまま、一瞬ぶれる。次の瞬間には、腕を掴んでいた冒険者は凄まじい音と共に床に転がっていた。石造りの床にひびが入っている。
「な……」
「何すんだこのアマァ!」
万里乃さんに絡んでいた冒険者の内、残った2人は絶句して、1人が無謀にも万里乃さんに掴み掛かった。……そして崩れ落ちた。
「貴方達、少し酔いを醒ました方がいいと思うわ」
あくまで優しい万里乃さんが逆に怖いと思ったのはわたしだけではないようで、残った2人は真っ青な顔で勢い良く何度も頷くと、倒された仲間を背負ってぴゅーっといなくなった。
「あら、床にひびが……。ごめんなさいね、弁償しておくわ」
「ありがとうございます。きっと老朽化していたんですね」
「そうかしら」
継ぎ目の無い硬そうで滑らかな石の床、果たして老朽化するのだろうか……。わたしも命が惜しいので言いはしないけれど。
あとで聞いた話、炎の勇者一行の中で、万里乃さんは素の腕力だけならギャリックさんに次ぐ豪腕であるらしい。全員を魔術強化ありで比べた場合、最も非力なイドラちゃんより上、つまり下から2番目になるそうだ。因みに最も非力なイドラちゃん、と言ったが、一般的な村人の成人男性相手に腕相撲をして秒殺できるらしい。異次元すぎて言葉も出ない。
万里乃さんが持ってきた依頼書は、どれも村からの依頼だった。魔物が現れて怪我人がいるから討伐してほしいという依頼が2つ、不審な影の正体を暴いてほしいという依頼が1つ。
「ああ、3つとも魔の森の境の村なのか」
「ええ。まずはそこで情報を集めたらいいんじゃないかと思って」
「あ、それならダリアを預けてる魔女にも話聞いたら?」
「それもいいな」
結局、怪我人がいるという緊急性の高い依頼を解決しつつ、魔の森の魔女の所へ行って、アルフォンスの妹を回収しがてら魔女に話を聞く、という事になった。
「あ!そういえば、おちびちゃんの名前、決めたよ!エステレラ!」
「ほう、綺麗な響きじゃの」
「イドラは古代竜の名付け親か、史上初じゃないか?」
古代竜という種族は、親子という概念は無いけれど種族間の愛が強く、どんな形に生まれてきても例外なく慈しんで育てられるものらしい。名前も、周りの大人の古代竜が付ける。偶然お喋り好きの古代竜に会った事がある人からの情報だそうだ。
そうなると尚更、わたしの存在は何なのかという疑問が生まれるけれど……。
「改めてよろしくね、エステレラ!」
この一行に会えたと思えばそう悪い話でもない、と思った。