6、冒険者組合-1
飛竜と呼ばれる、竜の中では家畜的な位置付けの生き物に吊るされた大きな籠に乗せられ、わたし達は海を渡った。
わたしと頭の中の声は大興奮で、飛竜を見ては騒ぎ、海を見下ろしてははしゃいでいた。
【プテラノドン!?いやワイバーンか!おおおオーシャンビュー!】
「きゅう!きゅっきゅっ!」
「あらあら、ふふふ」
炎の勇者一行は微笑ましそうに、頭の中の声に返事をするわたしを眺めていた。
飛竜便は風の国・ヴィント獣王国にある迷宮都市の、広場のような場所でわたし達を降ろした。
迷宮都市には獣王がいる王宮もあるので、他の国でいう所の王都や帝都みたいな位置付けらしい。
「うーん!やっぱこっちはあったかくていいね!年中雪降ってるとか頭おかしいもん!」
イドラちゃんは伸びをしながら嬉しそうに周囲を見回す。イドラちゃんの肩にしがみついているわたしも、つられてきょろきょろと周りを見た。
何だかごちゃごちゃした雰囲気の街だった。食べ物の匂いと得体の知れないにおいが混じり合って、悪臭一歩手前ですらある。大きな肉を焼きながら売っている横で武器が投げ売りされていたりと、良くも悪くも自由だ。
行き交う人達は、屈強そうな人が多くて、大抵武器を持っている。鱗が生えていたり虫っぽかったり獣耳だったり、規則性皆無。店も人も、ごった煮という表現がぴったりな場所だった。
「じゃ、まず冒険者組合に行くか」
「だねー」
一行は慣れた様子で、器用に人混みを縫って歩き出す。
「おちびちゃん、しっかりあたしに捕まってるんだよ!」
「きゅい!」
イドラちゃんは片手でわたしのお尻を支えてくれた。それでも気を抜いたら、もみくちゃにされて迷子になりそうだ。何ならぺしゃんこになる未来も見える。
1人だけあっぷあっぷしながら目を回していたら、不意に人混みという圧から解き放たれた。建物の中に入ったらしい。
落ち着いて見てみると、役所のような内装だった。綺麗なお姉さんが座っている窓口がいくつもあるのが目を惹く。ベンチのような椅子が沢山あって、座っている人もちらほらいる。
「冒険者組合へようこそ!……あら、炎の勇者御一行様。依頼をこなされたのですか?お久しぶりですね」
一番手前の受付にいるお姉さんが、素敵な笑顔と共に話し掛けてきた。
「ああ。組合長はいるか?大事な話がある」
「組合長ですね、おられますよ。ご案内は必要ですか?」
「いや、いい」
アルフォンスは慣れた様子で案内を断ると、迷いのない足取りで、奥にあった階段を登り始めた。他のメンバーも当たり前のように着いて行くので、いつもの事なのだろう。
イドラちゃんに合わせて移動するわたしを、物珍しそうに眺める人がそこそこいた。中でも、一番端のカウンターに座っていた丸眼鏡のお兄さんは、ぎょっとした顔でわたしを二度見していた。ちょっと失礼な反応だと思う。
「炎の勇者、アルフォンスだ。入ってもいいか?」
アルフォンスは木のドアをノックした。
「入んな」
がらがらの声が入室を許可し、わたし達はその部屋の中に入った。
そしてまず、ぷん、と鼻をつく酒のにおい。イドラちゃんも鼻を押さえて顔を顰めている。
「相変わらず酒くっさ!飲み過ぎてその内ころっと逝っちゃうんじゃないの」
それは初めて見るイドラちゃんだった。エリアさんに叩く軽口とはまた違う、憎まれ口だ。
「ふん。酒を飲む事も出来ない小娘にゃ分からんだろうが、アタシゃ飲めば飲む程調子が良くなるんだ。おっ死ぬにはまだ早いさ」
そう嘯きながら酒瓶を煽るのは、老婆だった。
筋肉がしなやかについた長身を立派な椅子にだらしなく預け、床に空の瓶がごろごろしているのに本人の顔色は至って平常だ。片目が大きな傷痕で塞がっているが、残った片方の瞳は鋭く、色素が抜けて薄青くて、力強い。
老婆という言葉の力無さを目一杯裏切るお婆さんだった。
【個人的に1人は欲しいキャラNo. 1の強キャラババア!待ってました!うわあー、実際に見ると怖っ】
「それにしても、要請達成の報告なら下で済ませりゃいいだろうに。何だってんだい?雁首揃えて」
訝しげな顔をするお婆ちゃん組合長に、エリアさんが冷たい目を向ける。
「老眼か?ここにいる古代竜が見えないのか」
「チィッ!黙んなクソジジイ!明らかに面倒事だから気付かないふりしてたんだろうが!」
「だろうな」
「こンの……」
迫力のあるお婆ちゃん組合長が青筋を立てる姿は大層恐ろしいが、エリアさんは恐ろしさなど微塵も感じていないようだ。
「バルバラもそんなに怒らないで。エリアがごめんなさいね」
「ふん」
万里乃さんのとりなしでお婆ちゃん組合長は、鼻を鳴らしながらも取り敢えず矛を収めた。
「おちびさん、この人はヴィント獣王国の冒険者組合の組合長、バルバラよ。普人族で、面倒見が良いし頼りになるから、困ったら頼るといいわ」
「きゅ」
わたしが万里乃さんに頷くと、バルバラ組合長は眉をひそめた。
「古代竜なんだろう?喋れないのかい?」
「実はーー」
アルフォンスが経緯を話した。バルバラ組合長は、おもむろに椅子に座り直して唸った。
「古代竜の郷、ねえ。……正直種族が種族だから、冒険者にゃお伽話みたいな情報しか与えちゃいけないことになってるんだが……まあアンタ等は冒険者である前に勇者一行だから良いかね……。というか、こういう時こそエリアのジジイの無駄に蓄えた知識の使いどころなんじゃないのかい」
「生憎、古代竜には興味も無かったし関わる機会も無かったので、一般人と同程度の情報しか持ち合わせていない」
「そうかい。……アタシが知ってんのは2つ。郷は魔の森の広い方にあるって事と、案内人がいなきゃ決して辿り着けないって事だけさ」
ストックの残弾が……あばば……。