5、視点変更:イドラ
あたしが炎の勇者パーティに勧誘されたのは、10歳の時だった。
あたしの生まれ育った村は、風の国・ヴィント獣王国に属するありふれた村で、まあ、他と比べると割と豊かだったので、恵まれていたと思う。
最近は複数の種族が混じった村も結構あるけれど、あたしの故郷は猫人族しかいない村だった。
猫人族は他の獣人族がそうであるように、身体能力が高く、代わりに魔術は簡単なものも使えない人だってざらにいる。何でも、体内の魔力を全て強靭な体を維持する為に使っているからだとか何とか。
そんな中で、あたしは猫人族の中では身体能力が低めな代わりに、膨大な魔力を持って生まれた。
あたしにとって幸運だったのは、あまりに他の猫人族と違うからといって排斥されなかった事。むしろ、手探りだったけれど、魔力の多い子供をどうやって健やかに育てられるのか調べてくれさえして、村で一丸になって協力してくれた。
後にあたしからこの話を聞いていたエリアは、大層驚いていた。異端というのはそれだけ生きにくいものであるらしい。
因みに、別にあたしの生まれた村の方針が特殊だとかそんな事は無く、単に似たような事が少し前にあって、村人達が慣らされていたというだけの事だ。
10歳年上の変わり者の猫人族が、育っていく過程で村人達を振り回しに振り回し、結果的に意識改革が成されたらしい。
その猫人族の男は、古代竜でもないのに自分は前世の記憶を持っていると言って憚らず、しかもその記憶は異界のものだとも言っている。あたしは眉唾だと思っているけれど、実際に異界の記憶持ちは歴史の中で存在しているし、確かにそいつの発想は斬新で、たまに役に立ったりもしていた。
……村の話はこれくらいにしておこう。
あたしが炎の勇者ことアルに勧誘された時、アルの仲間はまだエリアだけだった。
あたしは村で魔術を学ぶ事に限界を感じていたし、どの道世界を旅してみたいと思っていたので、その話に飛び付いた。
エリアは若作りじじいなだけあって、魔術の腕も剣術の腕もかなり極まっていて、アルもあたしも実はエリアが師匠だ。
アルは普人族で炎の勇者のくせに、炎の国・フランメ帝国が嫌いで、フランメ帝国には全く寄り付かない。大体の勇者は自分の属性に合った国をホームにするんだけど。まあ、普人族至上主義で他種族を劣等種だと本気で思い込んでいるフランメ帝国がホームなんてぞっとするし、今の根無し草感もそう悪くない。
アルには病弱な妹がいて、魔の森の魔女に時々預けながら旅をしている。魔女の特別な処置が定期的に必要らしい。
そうそう、万里乃は元はといえばアルの妹、ダリアの為にメンバーにしたのだったっけ。とは言っても、今では万里乃無しの旅なんて考えられないので、きっかけなんて些細な事。ギャリックなんて初対面の時どうだったかとかもう覚えてないもん。
さて、そんなあたし達だけれど、氷の国・アイス竜皇国で何と、生まれたての古代竜を拾った。
最初にその古代竜を見つけたのはエリアで、精霊が騒いでいたから見つけられたらしい。あたし達は濡れて汚れて冷たくなった毛玉みたいな古代竜を、急いで仮のホームに連れて帰り、ぬるま湯で洗ってから万里乃に治癒魔術をかけ続けてもらった。
あたしは古代竜なんて初めて見たから、洗われて美しさを取り戻した柔らかな白金の毛並みに、それはそれは感動した。でもギャリックは「古代竜は見た目も色も個体によって違う」って言っていたから、あたし達が拾った古代竜が特別綺麗な毛並みをしているだけのようだ。
目が覚めた古代竜はもう、とっても可愛かった。
拾った古代竜はとかげをちょっと子犬っぽいシルエットにして翼をくっつけたような見た目だったのだけれど、動きがとにかく小動物っぽい。
あたしでも抱っこ出来ちゃう大きさでちょこちょこ歩き回り、つぶらな青みたいな紫みたいな目でじっと人の顔を見る癖があるみたい。迂闊に首を傾げがちなのだけれど、可愛いの供給過多で呼吸が出来なくなるからちょっと待ってほしい。
後ろから見ていると、歩きながら尻尾をふりふりしていて、怖い事があると尻尾は股の間に仕舞ってしまう。
とどめに鳴き声が「きゅう」って。あたしの古代竜へのイメージ変わりまくりなんだけど。
エリア曰く、普通の古代竜はもっと気位が高くて謎めいているらしいけどね。
そんな可愛さの権化の古代竜を、あたし達は郷に送り届けることになった。とはいえ郷の場所は魔の森のどこかという事しか分かっていないので、気長にね。
少なくとも現在地、アイス竜皇国のある小大陸ではない事は確かなので、あたし達は仮のホームを早々に引き払って大大陸に戻った。アイス竜皇国と大大陸の行き来は飛竜便を使えるから便利で良い。速いし。
古代竜は飛竜を見て興奮していたけれど、飛竜よりも古代竜の方が珍しい自覚はあるんだろうか?