36、水の国、辺境都市-1
アイグァの街までの道程の中で、わたしは初めてヴァッサー女王国の王都以外の町や村を見た。
どこも共通しているのは、水が豊富なようで、噴水など、水のオブジェまでもが高頻度である事。
そして水が豊富だからか、今までの国の中で断トツに村々が清潔だった。公衆浴場というのもあるらしい。
「この国は魚が美味しくていいよね」
「はぐ!はぐ!」
たまたま泊まった宿屋は、どこもお風呂付きでお魚がメインとして出てきていた。
イドラちゃんがフォークでほろほろになった魚を刺して、差し出してくれるので、わたしは頬袋を膨らませてもぐもぐした。
今回の道程は山も海も空も行かない、ごく平凡な陸路だったけれど、今までで一番観光出来て、非常に楽しい旅になった。
――そうやって旅を続けている内に、アイグァの街はもう目の前まで迫って来ていた。
「お待ちしていました、炎の勇者一行」
『あれ?』
何だかついこの前にもあったシチュエーションだ。
「うげ、水の勇者が何でここに」
アルフォンスが露骨に嫌そうな顔をした。
「何でとは失礼ですね。女王陛下が、イシュケ王子から大した情報が得られなかった詫びに我らを自由に使っていい、と」
「不要だ」
頑なに水の勇者を受け入れないアルフォンス。
「アル、そんな事を言うものじゃないわ。折角不足ない戦力が協力を申し出てくれているのよ?どうした方がエラの為になると思う?」
万里乃さんに窘められ、アルフォンスは渋々頷いた。
「……俺達は手分けして魔の森の浅い部分を探索する事にした」
「よい考えですね。イシュケ王子が辿り着いた場所なのだから深部ではないでしょうし」
「ああ。そこで、エス坊を連れて行ったら危険だから留守番をさせようと思ったんだ。だが人手が足りなくなる」
「なるほど。では我ら全員では明らかに過剰戦力ですので、日替わりで1人、エステレラさんに付けましょう」
アルフォンスが拒否しないとさくさくと話が纏まる。きっとそれは、水の勇者の方はアルフォンスを嫌っていないからだろう。
「拠点はどうするつもりですか?」
「この人数だから、宿よりも家を借りた方がいいだろう。長丁場になりそうだしな」
「それならまずは、拠点となる貸し家探しですね」
貸し家というのも、美奈の知識にはなかった独特の文化だと思う。
宿より少し割高に見えるけれど、人数が増えれば増える程、お得になっていく仕様なのだ。基本的には長期間滞在する団体様か、宿に比べて完全にプライベートな空間を確保出来るので、お金持ちが利用する事が多いそうだ。
水の勇者は慣れた様子で街を先導し、貸し家屋で条件に合う家を借りる手助けをしてくれた。
「あー、その……助かった」
アルフォンスが渋い顔をしながら水の勇者に頭を下げ、そそくさと立ち去った後に、水の勇者が見た事がないようなはにかみ顔をしていたのが印象的だった。
アルフォンス、そういうところだよ。
炎の勇者パーティのみんなは、借りた家に着くなり、善は急げとばかりに魔の森へと突貫していった。水の勇者のパーティメンバーも半ば引き摺るようにして連れていきつつ。
なので、今日のわたしのお相手は強制的に水の勇者になった。
『よろしくね、みずのゆうしゃさん』
「スーラでよいですよ、エステレラさん」
『わかった!すーら!』
わたしは、ソファーに腰掛けるスーラの膝に飛び乗った。
「わ、エステレラさん?」
『あっ、きょかをとらないでのっちゃった……。ごめんなさい』
「いえ、こんな固い脚でよろしければいくらでもどうぞ」
スーラの脚は、どちらかというとふわふわしている気がしたけれど、言及するのも変態っぽくてどうなの?と思って止めておいた。
わたしはスーラの太腿の上で、無理矢理位置を整えてから座り込んだ。
『うーん?』
「どうかなさいましたか、エステレラさん」
鼻をひくつかせる私に気付いたスーラが尋ねてきた。
『すーら、なんかいいにおいするね』
「ああ、香水の香りでしょうか。個人的にはあまりつけるのが好きではないのですが……」
『うん?じゃあなんでつけてるの?』
スーラは優しい顔で苦笑した。まるで、「仕方ないなあ」と笑う母親のような顔。
……もっとも、わたしには母親はいないから、全部想像なのだけれど。
「女王陛下が大層お喜びになるので。陛下は美しくあるという事に重きを置いていますからね」
『あくあじょおうさまのこと、すきなんだね』
「臣下ですので。よい主であると思っています」
その答えに、わたしは少しの引っ掛かりを覚えた。
確かアルフォンスは「勇者は王の部下ではない」とか何とか言っていなかっただろうか?
『あくあじょおうさま、すーらのあるじなの?』
「ええ。……ああ、アルフォンスの思想について聞いたのですか?フランメ帝国と袂を分かったアルフォンスにとっては、到底共感できる考えではないでしょうね。けれど、私にとって、女王陛下は私をここまで押し上げてくださった恩人であり、尊敬する主なのです」
さっぱりとした語り口調とは裏腹に、スーラは少し悲しげに微笑っていた。
『……すーらは、あるふぉんすのことがすきなんだね』
「……さて、どうでしょうね。同僚としてはあまりお手本に出来ないことは確かです」
その、スーラの顔が全てを物語っているようだ。
わたしがじいっとスーラを見つめていると、スーラは根負けしたように話し始めた。
「この気持ちが、その……こ、恋?なのかは知りません。それに今更知ってもどうしようもないのです」
『どうして?』
「だってアルフォンスは……会うたびに口煩い私を、煙たく思っています。……気になる相手にきつく当たってしまうなんてくだらない笑い話、まさか自分がやってしまうなんて」
そこまで話して、スーラははっとして狼狽えはじめた。
「ああああの、今の話はその……」
『だいじょうぶだよ、わたしはしょうどうぶつのあかちゃんだから、すーらがなにいってたのかわかんないもん!』
「エステレラさんはいい子ですね……ほしい……」
スーラがぼそっと身の危険を感じることを言い出したので、わたしは慌てて膝から降りたのだった。
……それと、最後に一言言わせてほしい。
だから、アルフォンス!そういうところだぞ!!
読んでくださりありがとうございます。
スーラは作中で稀な恋する乙女。




