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 部屋の扉を開く、電気のスイッチに手を伸ばす事もせず、私はベッドの上に倒れ込んだ。

 今日あった出来事がずっと頭の中で再生され続けていた。

 嘘みたいな、出来れば嘘であってほしい一日だった。


「あんた何様なの?」


 ヒナキからの言葉は想像の範疇だった。だが、想像していたからと言って平気ではなかった。ネットでも書かれていた罵詈雑言を、実際に目の前にいる人間の口から直接ぶつけられると思いのほか堪えた。だが、ただ黙って聞き流していれば耐えられるレベルではあった。

 それに、


「底辺が誰に向かって逆らってんだよ」


 聞いているうちに笑いがこみ上げてきた。自分こそ何様なのだろう。

 ネット世界でちょっとちやほやされた程度で、人気者を気取っているお前こそ何様なんだ。改めて目の前にして、本当にこんな人種がいるんだなと思った。ネットの地位でしか自分の存在意義がない。そんな程度の存在。彼女はここにいながら、現実世界では全く無価値な存在だ。


「死ねばいいじゃん」


 思わず口から洩れていた。いつだか誰かが彼女に向けて淘汰された言葉。

 瞬間、憎悪をむき出しにしていたヒナキの勢いが止まった。何だと思い、思わず顔を上げた。ヒナキは唖然とした表情で私を見ていた。自分でも驚いていた。口に出すつもりなどなかった。ほとんど無意識に近かった。


「そんなに死にたかったら、早く死ねばいいじゃない」


 止まらなかった。もう我慢する理由もなかった。私を騙して、こんなやり方で人間を追いつめようとした奴に同情なんて必要ない。


「本当にいるんだなと思った。典型的なかまってちゃん。死にたい死にたい死にたい。毎日馬鹿の一つ覚えみたいに。“大丈夫?” “そんな事言わないで” 優しい言葉を釣るためだけの低俗な撒き餌。恥ずかしくないの? 見てられなかった。滑稽すぎて見てるこっちが恥ずかしくなる。本当に死にたい人間は、そんなふうに軽々しく死にたいなんて言わない」


 ヒナキの顔は真っ赤に紅潮していた。今にも破裂しそうな赤が、トマトみたいで笑えた。


「こんな人の、何がいいんですか?」


 喜助さんを見た。相変わらず落ち着いた顔で腹が立つ。なめられているのだ、私は。


「それとも、いつか一緒に死んであげるつもりなんですか?」


 私はその程度の弱い人間にしか見られていなかった。こんな奴らに。私はスマホを目の前の彼らに向けて、すかさず何枚か写真を撮った。


「代わりに呟いといてあげましょうか。二人で仲良く死にますって」


 ヒナキは途端に暴れ出し、写真を消せと喚いたが、喜助さんは黙って彼女を制した。彼女は尚も私に食って掛かろうとしたが、喜助さんが再度それを諫めた。


「もういい。帰れよ」


 捨て台詞のように喜助さんが吐き出した声は、小さく弱々しかった。








 疲れた。ひどく。

 言いたい事は言った。でも、全くスッキリはしていなかった。

 自分の言った言葉に後悔は微塵もない。ヒナキに対しての罪悪感などもちろんない。ただ、喜助さんに裏切られていた事は少なからずショックだった。


『死にたがりかまってちゃんからコラボが来ました』


 彼の前でヒナキの事を悪く言った瞬間に、二人の計画は始まったのだろう。

 あれ、でも。だったらNeneは?

 一緒に笑っていた、彼女は大丈夫なのだろうか?


『Neneって、喜助さんの彼女の事知ってる?』


 あえてヒナキの名前は出さなかった。そこには不安と疑念があった。もしあの場でヒナキの事を中傷した事がきっかけなら、彼女だって対象のはずだ。

 ひょっとしたら、彼女も知っていたんじゃないか?

 そんな嫌な考えが頭をよぎった。


『え、あの人彼女いるの? ってかどうしたの?』


 これだけでは判断がつかなかった。ボイスチャットに切り替え、私は今日あった事を全てNeneに伝えた。


「マジで? ドン引きなんだけど……」

「びっくりした、ほんと」

「でも……こんな事言ったら悪いんだけど、KEYちゃんなら潰せると思ったのかな』

「どういう事?」

「私とKEY。多分二人を知ってる人だったら、絶対にKEYちゃんの方が気が弱そうに見えるもの。普段から大人しいしさ。彼の目から見てもそうだったんだと思う。それと、もう一つ不快な事を言っちゃうけど、これはあくまでも想像ね。彼の中で、ヒナキよりあなたは格下に見られてたんだと思う。だからこそ、腹が立ったんじゃないかな。だからって許せる話じゃないし、人としてくだらな過ぎるけど」


 Neneの言葉はどこまでもハッキリとしていた。嫌な言葉を聞いているのに嫌味がないから聞いていられた。今回の出来事の理由も、言われてみれば納得も出来た。Neneはおそらく、本当にこの事については何も知らなかったのだと思う。

 

「でも、よく言ったね。えらい!」


 目元が思わず潤んだ。ネットの世界でろくでもない奴がいる反面、真逆の人間もいるのだ。


「ありがとう、Nene」


彼女と出会えた事については、ネットの世界に来て良かったと心の底から思えた。


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