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 ネットでの日々は楽しかった。

 気ままに音楽を奏で、誰かの歌声や声と交わる。

 あれから何度かNeneとも会っていた。そのおかげで、ネット上での人達と会う事のハードルはぐんと下がっていた。

 Neneと私、共通の繋がりを持つ他のユーザーさんとも何度か顔を合わせた。やはり初めて会う日は緊張したし不安もあったが、Neneの検閲を通っている事で会う決心が出来たし、実際に会ってみるとどの人もいい人ばかりだった。

 

 不思議な感覚だった。初めて会うのに声を聞いた瞬間に「あ、本物だ!」となる。

 声だけでしかやりとりのなかった人達と顔を合わせて会う。それだけで距離感がぐっと近くなる。でもあくまで私はKEYであり、青石圭ではない。素性はNeneも含めて明かす事はなかった。彼らの前では必要のない身分だ。


「あ」


 Joymuを開くと、雛姫からの通知が来ていた。この前あげたサウンドへのコラボとコメントだった。


『毎回言っちゃうけど、本当にきーちゃの伴奏はいつも素敵だね! またお借りするね!』


「なに、どしたの?」


 喜助きすけさんが私に声を掛けた。

 Neneとの繋がりで仲良くなったユーザーさんの一人で、男らしい力強い歌声の持ち主だ。たくましい男性を予想していたが、意外や意外、会ってみるとどこからそんな声が出ているのか不思議な程すらっとした体型と穏やかな見た目だった。そんな見た目ながら話し声は渋く、初めて会った時はそのギャップにひどく驚いた。「リアルでもネットでもだいたい皆驚くよね」と一際渋い声で言うものだから私は思わず笑ってしまった。ちなみに年齢は一つ上だが、声だけ聞いていた時はもっと上かと思っていた。


「死にたがりかまってちゃんからコラボが来ました」


 そう言って私はNeneと顔を見合わせて笑った。


「死にたがり?」


 喜助さんは不思議そうな顔をしたので、Neneがそれに答えた。


「雛姫だよ。あ、喜助さんよく一緒に歌ってるの投稿してませんでしたっけ?」

「ん? ……ああ、向こうからよく声掛けられてね」

「そうなんだ」

「なんか、気に入られちゃってるみたいなんだ、KEYちゃん」

「へーそうなんだ。まあ、KEYちゃんギター上手いし、人もいいからね」

「ま、いざとなったらブロックよブロック」

「怖いなあ、Neneちゃんは」


 笑うNeneに対して、喜助さんは苦笑だった。


 私の中の当たり前はすっかり変わっていた。

 ネットとリアル。明確に境界線を引いていたはずだが、今ではすっかりネットの人と会う事の方が多くなった。もともと築いていた心の壁はNeneと会った事をきっかけに簡単に崩壊していた。そうでなければ、今こうして喜助さんとも会っていないはずだ。改めて自分の意識が簡単に崩れ変わっている事が恐ろしい。



『死にたい』


 彼女はまた呟いていた。

 

"死にたきゃ死んだらいいじゃん"


 彼女の呟きにそんな返信をした誰かの言葉に、猛烈に批判的な返信が群がっていた。

 彼らは、何をそんなに必死になっているのだろう。死んでもいいという答えの何が間違いなのか。


『ま、いざとなったらブロックよブロック』

 

 途端に、とても馬鹿らしくなった。

 何故こんな言葉を見せられなくてはならないのか。

 何故こんな醜い争いを見なくてはならないのか。

 私はここで、ただ楽しくいたいだけなのに。

 

 ふいに糸が切れた。


 気付いた時、私は雛姫とヒナキをまとめてブロックしていた。


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