人形と遊びましょう 3
今度は長めです。
傘とは思えない恐ろしい速度の突き。
視界いっぱいに広がったそれをスレスレで躱したナギサが伸び切った人形の腕を切りつける。
赤いダメージエフェクトが散り、ピクリと人形のHPが減った。
距離を詰められ傘の間合いから外れた相手に、人形は右足を軸に蹴りを見舞う。
それは正確にナギサの頭を狙っていた。
「ぐにっ!?」
咄嗟に包丁と右手を挟んで防御を成功させたナギサだったが、その小さな体では横向きの力は抑えれず壁際まで飛ばされた。
更に人形は傘の先端に光を集め、放つ。
地面をジュオォォと蒸発させながら倒れたナギサに迫るレーザー。
「まってまってまって!!」
防御力なんて関係無さそうなそれに、真っ二つになった自分を想像したナギサはバタバタ転がりながら射線から逃れる。
そして立ち上がったナギサの目に、再度突きを繰り出す体勢の人形が映った。
「あぶっ!」
咄嗟にしゃがみ込むと、ナギサの頭があった場所を突きが通過する。
傘の切っ先がズドンと放射状のヒビを入れ、壁の一部が崩落した。
近距離遠距離、どちらの攻撃もマトモに当たれば即死は免れない。
さっきと同じように人形の脚が持ち上がったことを捉えると、ナギサは傘を真上に蹴り上げた。
傘に釣られ上体が泳いだ人形の蹴りは、ブォンッ! と空振る。
バランスが崩れた人形。攻撃のチャンスである。
「うりゃぁ!!」
ナギサが包丁を二往復させ、四ケ所の赤い線を人形に与える。
更に人形の攻撃から逃れ、不利な壁際から抜け出した。
人形と距離が開き、一息つく隙が生まれる。
「いてて……」
防御に使った右手を振りつつ、ナギサは人形のHPを確認する。
今の攻防で削れたのは一割未満。それなのにナギサのHPバーは防御した上で二割少し減っていた。
AGIを除く諸々のステータスは人形が圧倒している。
平均的とはいえ、100レベル分の強化をしているナギサがようやくダメージを通せるのだ。
未討伐なのは当然であり、運営に倒させる気はあるのか疑う化物である。
このまま戦闘が長引けば、【忌み物】の効果が切れるのは確実。
しかし、ナギサにはまだ強化の手段が残っていた。
「仕方無いか……【蠱毒・STR】!」
この瞬間から【忌み物】の付与STRが倍加する。
実は【蠱毒】の効果は毒薬内ならステータス補正値にすら及ぶのだ。
ナギサはアオハと検証してそれを突き止めていた。
ただし一度指定すれば変更は出来ない。
防御力を倍加させればかなり安定する筈だが、強化時間が迫っている事がナギサの行動に制限を掛けていた。
断続的に光線が放たれる中、ナギサは追いかけっこをしながら装備画面を呼び出す。
「着たくないけど……」
気にする人目が無いので、防具をゴブリン製のものに変更した。
付け焼き刃かも知れないがこれでナギサのVITは20ほど上昇する。
更に左手にHPポーションを持った。現状プレイヤーの間で一番効果が高く、イベントに持っていく予定だった高級品である。
「さぁ、いくよっ!」
反転し加速したナギサは陽動のためお腹辺りを狙った突きを放つ。
しかし相変わらずの機動性、反応速度で人形はカウンターを合わせてきた。
攻撃を予測しているのかと思ってしまう程、完璧なタイミングである。
「このっ!!」
だが、今までの戦いで人形がそれくらいやってのける事をナギサは知っている。
更に一歩加速し、傘の軌道から逸れつつ人形の脇腹を狙った。
両者の攻撃が交差する。
「くぅ……ちょっと失敗した」
確かな手応えと共に離れていくナギサだったが、肩からは黒いダメージエフェクトが流れ、HPを半分以上失っている。
対して人形のHPは一割の半分位削れていた。
割に合わない相打ち。しかしナギサにはプレイヤーに許された特権がある。
「5万ゴールドが……」
一瞬、これだけでどれくらい屋台巡りできるのかなぁ。などと考えてしまったナギサだったが心を鬼にしてポーションを使った。
どうせ使う物だし、この人形を倒してその素材を売ればいいのだ。
全快を確認。インベントリからもう一つポーションを取り出し、ナギサは人形に向き直る。
「このまま倒せるといいけど……」
フラグにしか聞こえない呟きを残し、人外と化物は再び接近した。
数度の交差を経て遂に人形のHPが四割を切り、その動きに変化が現れる。
「はぁ、はぁ…やっとだよ……」
ナギサの手にはポーションとは名ばかりの毒薬が握られていた。
ポーションの類は一つを残し既に底を付き、【忌み物】製作時の副産物である【毒薬】と【猛毒薬】で頑張っていたのだ。
それすら無くなったら戦闘中にオレンジ丸齧りを披露するところだった。
「これならどうかしら?」
人形は広間の中心で傘を開き、ナギサへ向けた。
そこに大型の魔法陣が展開される。
「なにか……くるっ!!」
危険を察知したナギサが、範囲外へ走る。
とにかく正面から出来るだけ離れ、全力で。
数秒の溜めの後、魔法陣が赤く輝いた。
「消えなさい」
大広間、その半分が光に覆われた。
「ウソっ!?」
ギリギリセーフゾーンに飛び込んだナギサが後ろを向くと、そこには溶岩の海が出現していた。
白熱した大理石がポコポコと異音を上げ、辛うじて形を保っている天井から紅い雨が降り注ぐ。
容赦なく肌を刺す熱さに、ナギサは一瞬呆気に取られた。
【ゴシックドール】第三形態、HP削減による特殊能力はバトルフィールド減少。
よくゲームで使われる能力だが、単純にして余りに凶悪。
否応無しに互いの距離が縮まるのだ。誰がこんな化物とインファイトを繰り広げたいと思うのか。
この能力が原因で現状【ゴシックドール】攻略は見送られていた。
因みに最初にこの能力を発動させたパーティーの構成は、避けタンク1。ヒーラー1。その他攻撃型魔術師というもの。
お手本通りの囮戦法で順調に削り、余裕をカマしていた一行。
突如フィールドとパーティー半分が消え、残ったメンバー全員ワンパンされるという憂き目に遭った。
「しぶといのね」
傘を閉じた人形がナギサへ肉薄する。
勿論、今の攻撃で弱体化なんて優しさをこのボスは持ち合わせていない。
「んにっ!!」
ナギサは横薙ぎの一振りを紙一重で避け、人形の背後へ走る。
しかし直ぐに反対側の壁に辿り着いてしまう。
一昼夜で熟練者に勝る技術が身につく筈が無く、ナギサが出来るのはヒット・アンド・アウェイのみ。
それが封じられたとなると、もうダメージ覚悟で突っ込むしか勝機は無い。
「うっ……でも!!」
往生際の悪さと山勘頼みで、攻撃・離脱を繰り返すナギサ。
先程より明らかに回復アイテムの消費が早い。
遂にはオレンジを丸齧りし出した。
そして何度目かも分からない交差の瞬間。
ナギサの包丁が人形の首筋を切り裂いた。
その胸に人形の前蹴りを受けながら。
「んああああああっ!?」
ナギサは弾かれたように吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
視界端に見えるHPは151。
威力が低い前蹴りであったこと、後方が溶岩で無かったこと、慎重に慎重を重ねHP満タンを維持していたこと。
様々な偶然でナギサはまだ生きている。
しかし、どうしようも無い不運が一つ起きていた。
自らに向けられた赤く輝く魔法陣。
数分前に二度と見たく無いと思ったそれが、ナギサの目の前にある。
人形のHPが丁度二割を切り、バトルフィールドを更に半減させようというのだ。
空白を生んだ頭でナギサが出した答えは前進。
装備とか経験値とかどうでもいい。
ここに来て諦める選択肢はナギサに存在しない。
しかし冷静な部分で、もう間に合わないと分かっていた。
「さよなら」
ナギサの視界が白に染まった。
一昨日の筆者を殴れる人を募集してます。
あいつマジ許さん




