『へびを喰らう』
美咲の家から近いスーパーのフードコートへと着いた俺。キンキンに冷えた店内で汗だくの服が氷のようになり全身に鳥肌が立った。それにしても美咲も運が悪いな。こんな暑い季節にエアコンや扇風機などの冷房器具が故障するなんて。もし出来るなら俺の家に迎えてやりたいが、そんなことをしたら俺の理性が保てるか正直不安だ。外と中で気温差があるものの、こういった場所に来て会うのが今の俺達にはお似合いだろう。
「仁司……待たせたわね」
俺を見つけた美咲が声をかけてくれた。普段はキリッとした目をしている彼女だが、今日はどこかやつれたような険しい表情をしている。そして、ファンデーションで隠してあるのだろうが、若干頬が赤く染まっていた。一つに括られた髪は相変わらずサラサラしていて見ている分には涼しげだ……また、美咲の持っている手提げ鞄はちょうどいつものレポートパッドが入りそうな大きさだった。おそらく今日も書きまくるだろう……と、その前に。
「何か冷たいものでも食べませんか?」
俺が言うと美咲はコクコクと頷いて沢山ある店を物色する。比較的空いていた店で抹茶ソフトクリームを2つ購入した俺はその1つを一番欲しているであろう彼女に手渡した。コーンのやつは食べにくい。美咲の服が汚れないようにカップに入れてもらった。どんどん削減されつつあるプラスチックのスプーン。今も紙製のものがあるが、将来は全て紙製のスプーンになるのだろうか。貧乏性の俺にとっては使いまわせないのが難点だな……
空いている席に座る俺と美咲。彼女は抹茶ソフトクリームを数分で平らげると、こめかみを押さえてレポートパッドを取り出す。
「できたわ」
「相変わらず早いですね」
ものの5分ほどで作られた美咲の小説。どこかで俺はこの瞬間を待っていた。どんな内容なのか、見てみようじゃないか……
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『へびを喰らう』
人生には選択肢が沢山ある。熱さに飢えて死ぬか。冷たいへびを食べて生き残るか。私は後者を選んだ。きっとグルメ家の趙もそうするだろう。だがリスクは当然あった。へびの執念である。
「こめかみアターック!」
脳に寄生した冷たいへびは分裂して私の頭を刺激する。どうにかなってしまいそうだ。しかしこの寄生へびは時間が経てば死んでしまう。そう、身体には無害なのだ!
「私に寄生するとはなんて、なんて甘いやつだっ!」
こうして私は生き残った。
――完――
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……俺はまだ抹茶ソフトクリームを食べているのだが……というより、中国人講師の趙先生が小説に出てきたことに驚いた。確かに先生は中国語Ⅰの講義でよくふるさとの味を自慢していたなぁ。そうだ、何か感想を言わなければ。
「急いで食べるから痛くなるんですよ、こめかみ」
「甘いものは脂肪となる……」
「え?」
彼女が言うには、寄生へびが死亡すると、それが体内の脂肪になると表現したかったらしい。これは所謂ダブルミーニングなのか、それともただの洒落なのか。俺にはわからない……と。こんな感じで、何作か美咲の小説を読んでは感想を言ういつものやり取りを繰り返していた。身体が涼しくなってきた俺達はフードコートから移動して、スーパーの薬局で美咲や彼女の家族が熱中症にならないように、額に貼る冷却シートや枕の上に乗せて使う氷枕を購入した。結構な重さだったからここは良いところを見せるため、買った荷物は俺が全て彼女の家まで持ち運んだ。
「あらあら、すまないわねぇ」
美咲の母親が玄関から出てきて俺にそう言うと、美咲の方に向かって
「良い彼氏を持ったわね!」
と言った。チラッと彼女の方を見る。顔を伏せて耳を真っ赤にしている美咲。暑いからか。それとも……俺は彼女の母親と少しだけ会話してから実家へと帰った。
「……今年の夏は心臓に悪い……」
エアコンと扇風機の効いた部屋の中で脈打つ心臓。一応美咲の母親には認めてもらえているみたいだ。だがまだ彼氏。俺は彼女の父親を見たことがない。祭りのときに門限を設ける家庭だ。きっとお堅い人だろう。今回の件で俺の株が上がれば良いのだが……