第7話 新生活だよコボルトさん(第一章 完)
前回までのあらすじ!
勇者には勝ててもノミには勝てないコボルトさん。
翌朝、思った通りのことが起こった。
コボルトさんは起きるなり不思議そうな顔で、部屋の隅で眠っていたわたしを揺り動かしてきた。
「おい! 昨夜、発作が起こらなかったぞっ!!」
「ああ、やっぱり……」
「やっぱりってなんだ? カリン、おまえは俺に何をしたんだ?」
「あは~。お薬だったんだよ、その首輪」
コボルトさんが伸びるピンク色の首輪を引っ張って、視線を落とす。
「これ!? これか!? こいつはただの、今シーズンの漢度を上げるオサレアイテムじゃなかったのか!?」
「うん。ごめんね。変に期待持たせて失敗したらいけないから、嘘ついちゃった。でも、ちゃんと効いたみたいでよかったよ」
わたしはパンと手を合わせて、にっこり微笑む。
ただのノミ取り首輪なんだけどね。
症状から察するに、どう考えてもノミの仕業としか思えなかったから。ちなみにまとめ買いのお得パックだから、まだまだポケットの中の袋にはある。
一応わたしにノミが来ないように、一つだけ封を切って手首に巻いておいたんだけど。
「なんてこった……。夜もろくに眠れんほどに悩まされてた不治の病が、一晩でこんなにすっきり治るとは……」
「それね、病気じゃないよ。虫だよ。皮膚に張り付いて血を吸うの」
「そうなのか!? くっ、なんて凶暴な虫だ!」
ノミもコボルトさんには言われたくない言葉だと思う。
つぶらな目を見開いて、コボルトさんがぐりんとこっちを向いた。
「わたしのいた世界の犬にはよくあることだよ。その首わ――ん、んんう! えっと、そのチョーカーは虫除けのお薬が染みこんでるの」
「ほう! オサレ上級な上に効能アリか!」
ええ、まだオシャレアイテムだと思ってるんだ……。
「まだ残ってるかもだから、しばらくは外さないでね?」
「わかった」
コボルトさんのわたしを見上げるつぶらな瞳が、心なしか輝いて見える。てか、ズボンのお尻からはみ出てる尻尾が、すごい勢いで左右に揺れている。
よっぽど嬉しかったみたい。
「……カリン、貴女が女神か……っ」
「……よ、よせやい……っ」
あ、口癖がうつっちゃった。
それにしても、こっちの世界で目覚めたからは魔王って言われたり、女神って言われたり。ただの女子高生なんだけどな。
「それでなんだけど、もしよかったら――」
「――ああ。わかっている。そのつもりだ」
まだ何も言ってないけど。
「カリンが元の世界に帰れるまで、俺がおまえを守ろう。そういう話だろ?」
「うん。そうなんだけど、そこまでは望まないよ。ここに置いてくれるだけでいいの。でも、ほんとにいいの? 危ないよ? 巻き込むよ?」
コボルトさんがふと目を伏せた。
「個人的な事情もあってな。もしも病がなければ、それは俺の方から申し出ていたことだ」
個人的な事情……? なんだろう? そもそもどうして助けてくれたの?
そういえば彼、やけにシャルマンとかいう人のことに詳しかったな。ジャンティーユ王国が行っている勇者による魔王退治の裏側も知っていたし、大賢者エトワールとも顔見知りっぽいことも言っていた。
大賢者エトワール。
たぶん、わたしがこの世界で目を覚ましたときに最初に見た、耳の長いあの綺麗なエルフさんだ。ストレートの長い金髪と、空のような碧眼。
わたしを「魔王」と呼んで放り出しながら、わたしを殺すためにガトーさんという「勇者」を解き放った張本人。
悪い人だったんだ。とっても綺麗な人なのに。
や、わたしが魔王ならわたしの方が悪い人なのかな?
「カリンには、その機会をくれたことに感謝している」
「あ、うん。お互い様だよ。コボルトさんには守ってもらったから」
そして、コボルトさんは自らを指さして、心なしか笑顔にも見えるような表情でこう言った。
「パルフェだ」
「ぱるふぇ?」
「コボルトってのは種族名だ。犬から進化した犬顔の下位魔族をコボルトと呼ぶんだ。パルフェは――……俺の名だ」
なんて甘そうでカワイイ名前なの!? なんかもう、すべてがたまらない!
ノミもいなくなったことだし、今晩からはパルフェと一緒に寝たいな!
「どうした? 何をくねくねしている?」
「なんでもないよ~。えへへ」
でもその前に、大掃除をしなきゃいけない。
パルフェは屋内を比較的綺麗にしているけれど、たぶん絨毯かベッドのどこかにはまだノミがいる。それに、ガトーさんに壁をぶち抜かれたままじゃあ、掃除をしてもまたお外から虫が入ってきちゃう。
「パルフェ、今日は掃除しよっか。絨毯焦げてて臭いし、洗って干してる間に掃き掃除もして虫を追い出さなきゃ。また病気になっちゃう」
「そっちは頼めるか? 俺は壁を修繕しておきたい。あの野郎、他人ん家を風通し良くしやがって」
「うん。いいよ」
「洗うなら小川が集落の北に流れている。あ、いや」
パルフェが顎に手を当てて首を傾げた。
頭が柴犬なだけで、いちいちカワイイな~、もう。夜が楽しみだよ。
「絨毯は外に放り出しておいてくれるだけでいい。あとで俺も一緒に洗いにいく」
わたしは少し考えて、パルフェと同じ角度まで首を傾げて尋ねる。
「へへ~っ、でーと?」
「ん? ああ、そうだな」
あら、あっさり認めちゃった。
けれどパルフェは火のない煙草を咥えながら肩をすくめる。
「それも悪かねえが、俺はカリンの護衛だ。可能な限り、ともにあるべきだろう」
意識なんてしていなかったのに、自分の目が泳ぐのがわかった。
「……………………パ、パルフェったら、またそんなカッコイイこと言って……」
「へっ、よせやい。そういうことを口に出すのは、無粋ってもんだ」
何でだろう。不思議と血が逆流するような、そんな気分。顔が熱い。こんなこと言われたのは初めてだし、自分がこんなふうになるのも初めて。
「じゃ、じゃあわたし、今から絨毯を剥がすね」
「ああ。俺は集落の廃墟からブロックをくすねてくる。どうせ誰も住んじゃいねえしな。少し離れるが、何かあったら大声で俺の名を呼べ。聞こえる距離にいる」
パルフェがトコトコとドアの方へ歩いていく。
「それと、キッチンの手桶に水がある。顔を洗っておけ。美人が台無しだ」
「そ、そんなこと言われたことないよぉ、もう!」
「ゲッハッハ! 飯は居間のテーブルに用意した。俺はもう済んだから、適当に食え」
「う……。ごめん、寝てる間にぃ~……」
「気にするな。昨日はガトーに追われて走りっぱなしで疲れてたんだろ。あばよ」
パルフェが居間から出て、外への扉が閉ざされる音が響いた。
あばよって、死語だよ……。
なんだかこの世界に来てからは怖いことばかりが起こって、早くお家に帰りたいなって、そんなことばかり考えていたんだけれど。
でも、パルフェのおかげで少しだけ楽しくなってきた。
「へへ~」
立ち上がって、セーラー服の袖をまくる。
昨日はもう疲れちゃって、着の身着のままで眠っちゃったから。着替えもなかったし。
そう、そうだ。着替えを用意しなきゃだ。近くに洋服屋さんってあるのかな。
「よっし! がんばろっ!」
やることいっぱいだ!
ようやく同棲開始。
次章、下着を求めて三千里。




