第6話 結構単純コボルトさん
前回までのあらすじ!
舌戦で圧勝!
勇者ガトーがわたしに向けて、剣を振りかぶった。
わたしには為す術なんて何もなくて、ただ呆然とそれを見上げるだけしかできなくて。
狂気を宿したガトーさんの視線と、わたしの視線が一瞬絡まる。
頭の中が真っ白になって、血の気が引くってこういうことだったんだって、そんなことを考えて。
「ちっ、バカ野郎が!」
コボルトさんが小さな身を一層低くして、一瞬で勇者ガトーの懐へと潜り込む。
「な――っ!?」
そうして、驚愕に目を見開いたガトーさんの膝関節へと、躊躇うことなくナイフを突き刺していた。
「ぐ、がああああぁぁぁッ!?」
ガトーさんの手から剣が転がり落ちる。同時に彼は、自らの足を両手で押さえて燃え盛る絨毯へと転がった。
そのときになって、ようやくわたしは気がついた。
自分が恐怖で息を止めていたことに。
コボルトさんがガトーさんを見下ろして、不機嫌そうに吐き捨てる。
「今のが、おまえの言うご立派な勇者の取るべき行動か? だとしたらよ――」
倒れた勇者の前に立って紫煙を吐き出し、指先で挟んだ煙草越しにコボルトさんがキメ顔で言い放つ。
「――おめえはさしずめ、犬以下だ」
「……ッ」
「てめえも漢なら、自分で自分の格を下げてんじゃあねえ!」
きゃ、きゃああああああ!
こ、この子……カワイイだけじゃなくって、ほんとにカッコイイ……。
けれども、吸った煙草をすぐに口から離して、首を傾げる。
煙草の先、なぜか真っ赤だった火は消えていたの。ううん。それだけじゃなくて、絨毯をあれだけ激しく燃やしていた火も、窓際のカーテンに移った火も。
火がなくなっちゃった。水もないのに消えてるの。なんで? なんで?
「クゥ~ン……」
今小さくクゥ~ンって鳴いた! カワイイ!
結局その後、コボルトさんは勇者ガトーのマントをつかんで引っ張って、彼を玄関から外に引きずり出すことに成功した。
や、わたしもだいぶ手伝ったけれど。コボルトさん、力がないから。
「なぜ僕を逃がす!? 愚弄しているのか!?」
「ここで死なれたら迷惑なだけだ。死にたきゃ勝手にくたばれ。崖なら森にいくらでもあるぜ。それに――」
コボルトさんがモフモフした胸に、自分の拳をポフッとあてた。
「渦巻いてんだろ。王や大賢者への嫌疑は自分で晴らせ。真実に目を閉ざしたまま行動なんぞするもんじゃねえ。そいつは少なくとも、犬以下のやつがやるこった」
「く……っ、覚えていろ! 真実を解き明かしたら、必ずまた僕はおまえの前に立つ! 次は負けない! それまで娘の命は預けておく! 逃げるなよ、“格上殺し”!」
「“格上殺し”? ゲハハ、そいつは耳に心地いい響きだ。“勇者”の称号なんかよりもよっぽどな」
適当に聞き流すコボルトさんに背中を向けて、ガトーさんが足を引きずって歩き出す。その背中に向けて、コボルトさんが声をかけた。
「おい、忘れもんだ。稀少金属でできてる剣だろ。大切にしろ」
そう言って重そうに抱えていたガトーさんの剣を、彼へと投げる。力がないからすぐ足下にガシャンと落ちたけれど。
ガトーさんが忌々しそうに引き返してきて、無言でコボルトさんを一瞥してから剣を拾い、足を引きずりながら拾った剣を杖代わりにして去っていった。
「……ガトーさんが歩きにくそうだったから、杖代わりに返してあげたの?」
「ゲハハハ、そいつは勘違いってもんだ。借りは嫌いでね」
「借り?」
「さっき部屋中の火が一斉に不自然なタイミングで消えやがっただろ。敗北を悟った瞬間に、やつが魔法で消したのさ。やつもまた一端の漢だってこった。ま、もちろん俺ほどじゃあねえがな」
だから煙草が吸えなくて、クゥ~ンって鳴いちゃったんだ。
クゥ~ンって。自称、一端の漢が。
カワイイなあ、もう!
「そうなんだ……。そんなに悪い人じゃないのかもしれないね……」
一人と一匹。残されて。
わたしは恐る恐る、彼につぶやく。
「ありがとう。助けてくれて」
「ああ」
返事はそれだけだった。
森に拓かれた草原の廃村に、穏やかな風が吹く。生え放題の雑草が一斉に揺れた。
「用が済んだらどこかへ身を隠すんだな。ここから北方に、魔族と人間がともに暮らす隠れ里がある。比較的安全だ。俺の紹介だって言えば入れてくれるだろう」
「あ、あの、わたし、そんなところに行ってもどうしたらいいのか……。異世界からやってきたから……。帰りたいけど、道もわかんないし……」
「道って。まったく、暢気な娘だ」
つぶらな瞳が持ち上げられる。
「ここに置いて欲しいんだろうが、無理だ」
「お願い、少しの間でもいいの。コボルトさん、とってもカワ――とっても強いし、わたし、いっぱいお手伝いするから……」
感情の読めない顔。ただわたしを見上げて。
「個人的に思うことがあって、おまえを助けた。だが次は難しい」
「う、うん。わかってる。危険に巻き込むんだもんね……。うん、よくないよね……」
「そうじゃねえ。次はないかもしれねえのさ」
「え?」
コボルトさんが肩をすくめて、口角を少しだけ引き上げた。
「俺はな、不治の病にかかってるんだ。余命がまるで読めねえ」
「……!」
わたしは言葉を失った。
彼の雰囲気から、嘘をついているわけじゃないことだけはわかる。
「今回は症状が出なかったからよかったものの、発作が起こっていたら負けていたのは俺だ。不確かなものに頼るくれえなら、早い段階から自分の足で生きる術を探した方がいい」
気障にウィンクなんてしちゃって。
「発作って……ひどいの?」
「ああ、毎晩のように起こる。全身を剣で掻き毟りたくなっちまう。裂傷を何度も何度も引っ掻く。痛くてたまらねえが、肉が裂けても止められねえ。傷口はさらに広がり、化膿し、悪化する。薬草は傷を治す作用はするが、病そのものには効かなかった」
んんー?
毛艶は悪くない。健康的な若い柴犬に見える。
ただ、確かに掻き毟った痕のようなものが、そこかしこに見て取れる。こびりついて乾いた血の痕跡も。
「いつかは自ら肉を削ぎ落とし、骨になっちまう奇病だろうなあ。ま、そうなる前に後悔しねえよう、せいぜい勝手気ままに生きるさ。カリンっつったか。おまえさんもアホな人間どもが追ってこねえとこまで逃げな」
んんんん?
わたしは顎に手を当てて、首をひねる。
「どうかしたか?」
「あのね、わたしね、祖父母のお家で育ったんだよ」
「それが?」
「お父さんとお母さんは小さい頃から海外にいて、一年に一回くらいしか会えないの。だから祖父母に育てられたの」
パチパチとコボルトさんが瞬きをした。
「あ、ごめんね。今のあんまり関係ないや。でね、お爺ちゃんとお婆ちゃんのお家にはシバスケっていう犬が一匹いるのよ。コボルトさんみたいな、小さい柴犬。豆柴ちゃん」
「コボルトか?」
「ううん、犬。犬だよ、普通の。四足で歩いてるワンワン言ってる子」
「絶滅してないのか? それとも進化を拒んだのか? こっちの世界では犬が最後に観測されたのは五十年も前のことだぞ?」
コボルトさんは首を傾げている。
その仕草がいちいちカワイイんだよ、もう。
シバスケのことを思い出しちゃう。
「そこは知らないけど。だからわたし、ちょっと犬のことには詳しいのね」
異世界に転移したのは学校帰り。
シバスケのご飯と新しい首輪を買った後、帰り道あたりから記憶がない。
目覚めたらもう、西洋のお城っぽい建物の地下室で、耳の長い綺麗なおねえさんに「魔王」呼ばわりされていた。
今思えば、コボルトが実際にいる世界ってことは、あの人はエルフだったのかも。
わたしは制服のスカートのポッケに手を入れて、柔らかいピンク色の首輪を一つ取り出す。伸縮自在の首輪だ。
「これ、シバスケにって買ってきたものだけど、コボルトさんにあげるね。さっきのお礼だよ」
わたしはピンク色の首輪の封を切って、コボルトさんの首にはめた。
「苦しくない?」
「あ、ああ。なんだ、これは?」
「これは首――あ、ううん。じゃなくて、えっと、チョーカーっていうオシャレアイテムだよ」
「ほう、オサレか。似合っているか?」
「カワイイよ~」
コボルトさんが唐突に真顔になって首輪をはずそうとしたから、わたしは慌てて言い換えた。
「とっても紳士的! ワイルド! コボルトさんの漢の渋さに磨きがかかったよ!」
「よ……よせやい……」
照れた。そして外すのをやめた。単純。所詮は柴犬だねえ。
わたしは念を押す。
「えっとね、いい? 水浴びするとき以外は、ゼッタイに外さないでね? で、水浴びのときは外す! それが紳士のたしなみ!」
「わかった。そうする」
ちょっと困惑顔だ。
まあ、そうだよね。不自然よね。
「今晩だけ泊めてもらっていい?」
「ああ。夜が更ければ森には魔物が出る。今から出発するのは無謀だ。準備もしておいた方がいいだろう。どうせ俺は明日をも知れぬ身。この家にあるものは、なんでも持っていくといい」
「えへへ、紳士だね。コボルトさん」
ピンクの首輪をはめたコボルトさんが、むず痒そうに「よせやい」と全身をくねらせた。
それ、ただのノミじゃね?




