最終話 女子高生とコボルトではなくなった人間さん(完)
前回までのあらすじ!
大賢者(笑)
エルフの秘術でさえ、もはや不可能と言われるほどに融合していたシャルマンとパルフェが、なぜ分離できたのかはいま以てわからない。
ここから先はシャルマンの推測に過ぎないけれど、エトワールによってわたしたちが魔法という術の存在しない世界に転移を果たした際に、複雑に絡み合っていたヴァニールの魔法術式がすべて解けてしまったのではないか、とのこと。
融合時、すでに老犬だったはずのパルフェの若返りも同じ。強力過ぎた強制進化魔法の反転の際に、肉体年齢が弾みで戻ってしまったのではないか、と。
ぶっちゃけあれ、完全に子犬だよ。豆柴だから余計にそう見える。
パルフェはいま、シバスケによじ登ろうとしている。老犬のシバスケは若干迷惑そうな顔をしているけれど、追い払うつもりはなさそうだ。
それどころかさっきなんて、自分のおやつを半分分けてあげていた。えらいぞ、シバスケ。
わたしは水道から繋いだホースから水を出し、目の前の泥人間にバシャバシャとかける。もちろんシャルマンだよ。
「かぁ~、くそ。冷てえな、オイ。やれやれ、人間なんぞに戻っちまったせいで、余計にこたえるぜ」
「まあ、うちの水は山の湧き水も同然だからねえ」
どんどん泥が流れ落ちていく。
シャルマンは頭をガシガシ洗ってから顔を両手で擦る。服は、まあ、あきらめた。婆ちゃんに洗濯してもらっている。だから下着一枚。
精悍――。
もしかしたら爺ちゃんみたいな老人が出てくるかと思ったのに、ちゃんと青年だ。いつか見たシャルマンとシュヴァルツ、エトワール、パルフェの描かれていた肖像画よりは幾分年上になっているみたいだけれど、たぶん、三十路くらいだ。
引き締まった肉体は傷だらけ。でも、筋肉が綺麗についている。髪は群青色で、瞳も同じ色をしている。
「おい、ちょっとパンツん中に水入れてくれ。ケツの間に泥が挟まってやがら」
あーこれあれだ。やっぱ肉体若くても精神年齢がお爺ちゃんなんだわ。
「ええええ……。わたし、女の子……」
「ヒトを股の間に挟んで平然と眠ってやがったくせに、いまさら何抜かしてやがる。温泉じゃ丸出しだったろうが」
そーだけどー……。人間って知らなかったしー……。
「いいからやれ」
「は~い……」
仕方なく、わたしはホースの先をシャルマンのパンツに差し込んだ。シャルマンが頭を抱えて悶える。
「ふ、あああぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと、変な声出さないでよ」
縁側で座って眺めていたアロハシャツの爺ちゃんが、大声で笑った。
「ガッハッハ! おう、外人さんよ。今晩行き先はあんのか?」
ホースを自ら抜いたシャルマンが、柴ドリルのように顔をぶるんぶるん振って水を飛ばし、爺ちゃんに視線をやった。
「ねえな。ま、どこぞで野宿でもするさ。腹が減ったら魔物をぶち殺して喰うし、何とでもなる。迷惑はかけねえ。刃物一本譲ってくれりゃそれでいい」
「ガハハ! 野犬みてえだな、おめえ!」
すごい。あたってるよ、爺ちゃん。
その人、もともとは野良犬だよ。
「だめだめ。野宿なんかしてたら警察に叱られるし、大きな刃物は持ち歩いてだけで逮捕されるからね。あと、食べられる動物はいても魔物はいないの。日本だよ、ここ」
「そうなのか? となると、野草で食いつなぐしかねえのか。魔法も使えねえし、不便な世界だぜ。俺ぁ、元の世界に戻れんのかねえ?」
「戻れるまではお手伝いするよ。わたしが日本に戻ってこられるまでの何ヶ月かは、パルフェ――シャルマンにはいっぱい手伝ってもらったからね。今度はわたしの番」
爺ちゃんが白髪のウルトラリーゼントを両手でなぞりながら口を歪める。
「なんでえ? 行き先ねえならうちに泊まってけや。行方不明の孫を連れ戻してくれた礼よ。長期になんなら、オンボロだが納屋くれえはくれてやるぜ。その代わり、わしの仕事を手伝ってくれりゃあ、それでいい。剣も鍬も似たようなもんだろ」
「いいのか?」
「へへ。野犬みてえな男を見てるとよ、わしも昔の血が騒いでよ」
爺ちゃん!? ちょっと他の老人に比べてファッションとか言動がファンキーだとは思ってたけど、爺ちゃん!?
「それに、パルフェっつったか。ああいう柴犬を飼ってるやつに悪人はいねえんだ。もっと長期になんなら、ついでにうちの孫もくれてやらあ。面倒が省ける」
爺ちゃんッ!?
「股に挟まれただの裸の付き合いだのの仲なら、大方もう色々あったんだろ。孫を見てりゃわからあ。くかか、これでも花梨の祖父だからな。色気づきやがって」
いや、全然わかってないし! さっきからもう祖父感ゼロだし! つーか裸の男の人を洗わされたら誰だって色くらいは感じるし!
シャルマンが極めて迷惑そうに顔を歪めた。
「言っとくがよ、俺はこう見えて、あんたとそう変わらねえ年齢だぜ」
「その前に否定しないの!? あとなんで迷惑そうな顔するの!? つか爺ちゃんの世迷い言を受け止める気なの!?」
爺ちゃんが続ける。
「つまんねえこと言うんじゃねえよ、とっつぁん坊や。わしだってもし婆さんに三行半をつきつけられてさえいりゃあ、もっと若いチャンネーとイチャ――イッ!?」
バゴン、と音がしてウルトラリーゼントにお盆がぶつかった。背後から現れた婆ちゃんが、爺ちゃんのリーゼントをわしづかみにして顔を持ち上げる。
「なんて?」
「……すんません」
「ふん」
婆ちゃんが爺ちゃんのリーゼントをぽいっと投げ出す。
折れ曲がったリーゼントを直す爺ちゃんのしょぼくれた顔たるや、まるで普通の老人に戻ったみたいで、孫としては嬉しい。
ま、そんなわけで。
舞台は異世界から現代に変わってしまったけれど、わたしたちの冒険はまだ少し続きそうです。
彼とパルフェが、異世界に帰れるその日まで――……。
大賢者(笑)が迎えにきてくれなかったので、10年後くらいにあきらめて結婚しました!
※最後までのお付き合い、本当にありがとうございました。
諸々の反省点やあとがき、今後に関しましては活動報告にて、そのうち上げようと思っております。




