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第4話 わりとゲスいよコボルトさん

前回までのあらすじ!



JK、キラキラネームの人と間違えられる。

 怒りと殺気に震える勇者の剣の切っ先を、モフモフした喉元につきつけられながらもコボルトさんは。


 また懐から取り出した煙草をぱくりと咥えて。

 結局火をつける道具が見つけられずにため息をついた。



 学ばないね、コボルトさん。



「ま、そうなるわな。おめえからすりゃあ、追い詰められた魔族の戯言だもんな」

「そうとも。覚悟はいいか、コボルト」

「何だ? 俺が覚悟を決めるまで待ってくれるのか? あと三日、いや、五年、十年、んん、結構かかりそうだぞ?」

「いや、それは……時間に依るに決まっているだろうッ!! 遅くとも今日中だ!」

「なら深夜、いや、明け方くらいまでならいいか?」



 何この交渉ぅ~……。



「く、ならば月が最も高くなるまでだ!」

「ほう。眠くなった場合はどうするんだ? 寝てる間だと、覚悟も何もないぞ? 昨今の勇者は寝首を掻くのか? 外道だな」

「そこは頑張って起きてろッ!!」



 わあ、引くほど怒ってるのに、ガトーさんったら案外お人好しだぁ。さすがは正義の勇者を自称するだけのことはあるねえ。

 それに引き換え、コボルトさんったら。



「ゲハハハハ! おめえ、結構いいやつだな。だが冗談くらい解せよ、ガキ」



 ガトーさんを指さして笑ってるし……。


 勇者の顔から怒りの表情がストンと抜け落ちた。

 無だ。怒りが飽和して無表情になっちゃった。



「もういい。魔族などとまともに対話をした僕がバカだった」



 その瞬間が訪れたのは、本当に突然だった。

 ガトーさんが手にした剣を振り上げたの。


 わたしは息を呑んで、とっさに目を閉じる。コボルトさんはゼッタイに助からないって思った。


 ぶん、と空を切る音がして、けれども、驚きの声を上げたのはコボルトさんじゃなくて、ガトーさんの方だった。

 わたしは恐る恐る、瞼をあげる。


 そこには先ほどと寸分違わぬ場所に立ったままのコボルトさんと、剣を振り切った体勢で困惑の表情をしているガトーさんの姿があった。

 それはまるで、剣がコボルトさんの身体をすり抜けちゃったようで。


 コボルトさんが短いお手々で、自分の首をトントンと叩く。



「どうした、小僧。あたってねえぞ。ここだ。よぉ~く狙え」

「い、言われるまでもない!」



 ガトーさんが剣を引いて、再びコボルトさんへと薙ぎ払う。



「~~ッ」



 コボルトさんは袈裟懸けの斬撃を、上半身を傾けるだけで躱した。モフモフの毛先に掠らせることさえなく、最小限の動きだけで。


 びゅう、と風が吹いて、制服のスカートが微かに揺れる。

 剣が風を巻き起こしたの。それだけすごい勢いで振られたのに。



「貴様……ッ」



 ガトーさんが歯がみし、振り切った勢いのままに身体を回転させ、さらに斬撃を繰り出す。今度は下から逆袈裟に。



「コボルトさ――!」



 けれどもコボルトさんは短い足でぴょんと跳ねてやり過ごし、やっぱり何事もなかったかのように危なげなく着地した。



「大声を出すな。こいつの剣筋なら視えてる」

「ほざくなッ、僕の剣が下賤の犬ごときに見切れるものかッ!!」



 ガトーさんがコボルトさんへと向けて、次々と斬撃を繰り出し始めた。



 けれどコボルトさんは、頭上から振り下ろされた刃を片足を半歩下げることで身を横にして躱し、続いて斬り上げられた一撃を身体を斜めにしてやり過ごす。

 鋭い薙ぎ払いを屈んで躱し、流れるような動作で繰り出された突きを一歩後退することで間合いから出て。



「すご……」



 わたしは思わず言葉を漏らしていた。


 切っ先は鼻先に触れる寸前で止まっている。

 ガトーさんが止めたわけじゃない。こういうの、間合いっていうのかな。ガトーさんの両腕が伸びきっていて、切っ先はそれ以上進めないんだ。

 そして、コボルトさんはそれを見切っている。完璧に。



「……何なんだ、貴様は……ッ!」

「見りゃわかんだろ。ただのコボルトだ」

「下位魔族、人間族の子供程度の戦闘力しか持たないはずのただのコボルトごときが、勇者の称号を与えられた僕の剣を避けられるはずがないッ!!」



 目の前に突きつけられた切っ先を、コボルトさんは自らの手で押し下げて。



「そう喚くなよ。犬は耳がいいんだ。頭が痛くなっちまう。まあ、おまえさんの剣は確かに一流だ。王国の騎士長クラスが束になったって敵いやしねえだろうよ。いや実際たいしたもんだ。ちょいと驚いたぜ」

「ほざくなと言ったッ!!」



 切っ先を引いて、ガトーさんがコボルトさんから距離を取った。そうして腰を屈めて両手に持った剣を肩越しに引き絞る。



「見せてやる! かつてシャルマン殿が得意とした必殺剣を!」

「ほぉ~ん?」



 ほぉ~んて。



「僕を本気にさせたことを後悔するなよ!」



 室内の気温が急速に上昇した。

 すぅっと彼が息を吸った瞬間、その手に持った剣が突然燃え上がる。



「~~ッ!?」



 初めて。初めてコボルトさんがギョっと目を見開いた。



「おい、おいおい、待て待て待て待て!」

「はああぁぁぁぁぁ……! ――【火炎斬り】!」



 放たれる炎の刃。空間を陽炎でねじ曲げる三日月型のそれは、怖いくらいの速さでコボルトさんの頸へと向けて飛んできて。



「のわっ!?」



 コボルトさんが上体を倒して、かろうじてそれを躱すと、炎の刃はコボルトさんのお家の壁にぶつかって破壊し、破裂して小さな火の玉となって室内に降り注いだ。

 チリっとコボルトさんの毛皮がわずかに焦げて散った。絨毯に落ちた火が、チラチラと燃えていた。


おうちが潰されちゃう。

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