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第3話 口八丁だよコボルトさん

前回までのあらすじ!



ダンディでワイルドなのにドジ属性持ち。

 コボルトさんの家の玄関から、勇者と呼ばれる若い男の人が駆け込んできた。

 紺碧の瞳と藍色の髪。まるでお伽噺に出てくる王子様のようにスラっとした肉体を、髪と同じ色のマントで包んだ、見た目は爽やかな青年だ。

 なぜか魔王呼ばわりされてるわたしから見れば、ただのストーカーか殺人鬼だけれど。


 彼はわたしを地下収納庫に匿おうとしていたコボルトさんに視線をやって、開口一番つぶやいた。



「……コボルト!? そうか、魔王ヴァニールを逃がすため、すでに人類領域に忍び込んでいたか、薄汚い魔族め!」



 わたしは地下収納庫に入ることをあきらめて、すごすごと階段を戻る。

 だってこのまま地下に隠れたって出口はないのだから、発見された以上、ただの袋のネズミになっちゃう。


 コボルトさんがわたしを守るように歩み出て、勇者を見上げた。



「おめえ、当代の勇者か?」

「そうだ! ジャンティーユ王国の勇者ガトーとは僕のことだ!」

「知らん」

「そ……うか……。……これでも盗賊退治とか魔物退治とか、結構頑張ってるんだけどな……」



 勇者ガトーは、ちょっぴり傷ついたような表情をしている。

 自己顕示欲が強そう。苦手なタイプのおにーさんだよ。視聴者数の少ないユーチューバーにいそう。



「と、とにかく、もう逃げられないぞ、魔王ヴァニール! 覚悟しろ!」



 ガトーさんが腰の鞘から長くて細い剣をすらりと抜いて、その切っ先をわたしへと向けた。


 剣なんて現実味ない。オモチャみたい。

 でも、この人、本気でわたしを刺すつもりなんだと思うと、すっごく怖い。だってこんなにも長い刃物なんて、このときまでわたしは見たことがなかったから。



「だ、だから人違いだってばぁ~……。わたしの名前はカリンだよ! ヴァニールなんてキラキラしたハイカラな名前じゃないよ」

「ハッ! 魔族の言葉など、誰が信用するものか!」

「人間だって言ったって信じてくんないじゃん!」



 コボルトさんが眉間に皺を寄せて、わたしと勇者ガトーさんの間で短い両手を広げた。



「おい。さっきから人の頭越しにヤイヤイとうるせえぞ」



 広げた手を服の懐に入れて、もそもそと煙草を取り出し、口に咥える。

 見た目は直立不動の柴犬なのに、なんだかその様子がすっごく様になっている。渋いオジサマみたいで。



「事情は大体察した。この娘、カリンは魔王ヴァニールの転生体であると教えられ、おまえはそれを信じて、のこのこと殺しにやってきた勇者ってとこだろう」

「そうだ!」



 けれど火をつける道具が見つからないのか、両手がシュババババってあちこちのポッケをさまよっているあたり、やっぱりカワイイ。



「ガトーっつったか。結論から言うが、おまえ、騙されてるぜ」

「なんだと?」

「大方、エトワールにでも吹き込まれたってとこだろ」

「なぜ貴様のような魔族の輩が、ジャンティーユ王国の大賢者様の名を知っている!」



 わたしに向いていた切っ先が下がり、コボルトさんの煙草の先へと照準される。

 火をつける道具を探して全身をまさぐっていたコボルトさんの両手が、ぴたりと止まった。


 その直後、ガトーさんの剣が高熱を発し始めて、熱した鉄のように赤く染まっていく。

 咥えていた煙草が一瞬にして燃え尽き、コボルトさんは残った煙草のフィルターだけを不機嫌そうにペッと吐き出した。



「こいつぁどうも、火をありがとよ」



 皮肉と一緒に。



「質問に応えろ、犬」

「しっかし、あのクソババア。まぁ~だそんなことをしてやがるのか」



 わたしは尋ねる。



「そんなこと? そんなことって?」



 コボルトさんが肩をすくめた。



「五十年ほど前の話だ。ジャンティーユ王国は今とは違って人口数十万の小国だった。当時の王はずいぶんと横暴なやつでな。民を人とも思わん暴政圧政を敷いて下々から富をかき集め、不満を募らせた国民は反乱寸前になっていたんだ。そいつを救ったのが――」

「大賢者エトワール様とともに魔王ヴァニールを討った、初代勇者シャルマン殿だ!」



 ガトーさんが誇らしげに胸を張ってそう言った。

 まるで自分のことみたい。

 コボルトさんがため息交じりに続ける。



「そう。シャルマンだ。ただし、やつは国王を倒したわけじゃねえ。ジャンティーユ王国に限らず当時の人類にはな、魔王ヴァニールっていう共通の敵がいたんだ」

「絶大な力を持った魔族の王さ。無数の魔法を使い、恐るべき闇の技を駆使して、人類を殲滅せんとした悪だ。だがシャルマン殿がヴァニールを討ち果たすことで、薄汚い魔族どもの人類領域への侵攻は止まったのさ」

「その偉業は【勇者】という新たな称号を人類に与えた。勇者とは、すなわち魔王を討つ存在ってこったな」



 なんか交互に話し始めた。仲よしさんだねえ。うん。

 コボルトさんは続ける。



「ジャンティーユ王国領内出身のシャルマンという男が魔王を討った話は、とんでもねえ勢いで人類領域内の国々を駆け巡った。各国の王は次々とジャンティーユ国王にへりくだり始め、ジャンティーユは小国から大国へと変わっていった。結果として国は潤い、国王はもはや国民から富を吸い上げる必要性もなくなったため、反乱の炎は自然に鎮火した」

「まあ、当時の王については僕から見てもろくなものじゃないとは思うけど、今の王は違う。ちゃんと民のことを考えておられる。僕は今の平和なジャンティーユを守るために、ヴァニールの転生体を討つ必要があるんだ。キミが魔王としての記憶を取り戻す前にね」



 え~……わたし記憶喪失なの?

 魔王職に就いてた記憶はないけど、日本で女子高生やってた記憶ならあるんだけどなぁ。



 右手を胸にあてて話すガトーさんをよそに、コボルトさんはさらに口を開けた。

 低く、絞り出すような声で。



「だがな、その話には裏があった」

「……あ?」



 ガトーさんが訝しげな表情で、コボルトさんに視線を向ける。



「マッチポンプだ。すべては反乱を鎮火するため、ジャンティーユ王国が仕組んだことだった」

「何を言っている……?」



 あれれ? 勇者さんの方は知らないみたい。



 コボルトさんは続ける。



「魔王ヴァニールなんざ存在しねえのさ。最初(はな)っからな。当時から国王と懇意にしていた賢者エトワールの入れ知恵ってやつだ。『反乱を回避するため、この国から世界的な英雄を輩出なさいませ。魔王は私が用意いたしますゆえ』ってこった」



 ガトーさんが絶句した。あからさまなくらいに動揺が見て取れる。

 けれどもコボルトさんは、容赦なく吐き捨てた。



「シャルマンが勇者だって? 笑わせるぜ。クック! ……あいつはただ、王と賢者に騙されて踊らされ、無実の人間を斬っちまったただの凡夫だ」



 口を歪め、犬顔でもわかるくらいの嘲笑を浮かべて。



「ガトーっつったか。ちょうど今のおまえさんみたいにな」

「ふ……ざけるな……ッ」



 ガトーさんの顔色が真っ赤に変色する。

 コボルトさんに向けられた切っ先が細かく震えて、わたしにだって空気が張り詰めていくのがわかった。


 怖い……。今にもあの剣が、コボルトさんに振り下ろされそうで……怖い……。



「ふざけちゃいねえさ。その証拠にヴァニールを討った後、シャルマンは姿を消したろ。王国の暗部に口封じされたか、もしくは、てめえのしでかしちまったことを知って罪悪感にさいなまれ、卑怯にも逃げ出したか。いずれにせよ、愚かしい男だ」

「シャルマン殿を侮辱するなァァァ!」



 あまりの怒声に、わたしは息を呑んで首をすくめた。

 怒った顔で、けれども泣きそうな子供のような顔で、ガトーさんは叫ぶ。



「おめえ、やけにイイ反応をするな。魔族の戯言だと一笑に付すのが普通だろ。ゲハハ、今の与太話に心当たりでもあったか? ん?」

「……ッ」

「ま、いいさ。何にせよ、シャルマンの後追いならやめときな。その先は奈落に続く崖しかねえ」



 ガトーさんが歯がみしながら声を荒げた。

 


「僕はッ、あの方のような勇者になりたくて――ッ」

「もう一度言う。やめとけ。真実を知った上でこの娘を殺っちまったら、おめえも国から命を狙われる側になるだけだ。無駄に罪悪感を抱える必要もねえ。このお嬢ちゃんは、ただの人間だ。殺せばもう後戻りはできなくなっちまうぜ」



 瞬間、ガトーさんの表情が変わった。

 狂気のようなものが浮かんだの。怒りと哀しみに、笑いがくっついちゃったの。

 (いびつ)。歪だと思った。人が歪む瞬間というものを、わたしは初めて目にした。



「は、はは……! そうか……。僕を騙しているんだな? そうに違いない! 魔族の言葉なんかに(たぶら)かされる僕じゃないぞ! シャルマン殿は偉大な勇者だ!」



 ぞくり、背筋が凍った。


 本能でわかったの。ああ、この人、今からコボルトさんのことを殺すんだ、て。

 わたし、怖くて。息もできないくらい怖くて。足が震えて動けなくなって。


 なのに。

 なのに、コボルトさんは――。



登場人物全員可愛い物語を目指してます。(真剣)

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