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第1話 謎の生物コボルトさん 

――柴犬とは、たとえ中身がおっさんであったとしても、可愛いものである――

 足をもつれさせながら、わたしは深い森を駆ける。

 濡れた落葉の地面を靴裏で巻き上げ、生い茂るシダ植物を踏みしめて、乱立する樹木の隙間を縫って、時々背後を振り返って追っ手の確認をしながら。



「なんで……っ、こんな……っ」



 心臓が破裂しそう。頬を伝う汗も、ひっきりなしに流れ続けている。

 手足が重い。太ももが痺れて、膝がもうほとんど上がらない。



 はっ、はっ、はっ……!



 重鎧をまとった騎士は、街道で振り切れた。

 馬に乗った騎兵も、鬱蒼とした森に入ることで振り切れた。


 けれど、あの人だけが振り切れない。


 騎士や騎兵たちから“勇者”と呼ばれていた、あの人だけが。

 わたしのことを“魔王”と呼んだ、あの人だけが。



 セーラー服のスカートをなびかせて、わたしは森を逃げ続けた。煩わしい胸元のリボンを引き抜いて、ポッケに詰め込む。



「……はっ……魔王……魔王って……、……あの魔王のことよね……」



 ゲームとか物語によく出てくるやつだ。


 あんまり具体的じゃないけど、世界をほんのり闇で包んだり? 悪代官みたいなことをして人々を苦しめたり? あるいは大した理由も明かされないまま、不思議と人類を滅亡させようとしていたり。



 それがわたし……? わたしが魔王……?

 魔王になんかなった覚えはない。そもそもそんなの、どうやってなるのかわからない。



「……人違いに決まってんじゃん……っ……ばかぁ……」



 ゲームならもうそろそろ勘弁して欲しい。ゲームは一日一時間までだよ。楽しすぎてそんな約束は散々破ってきたけど。

 罰なの? だからこんな世界に来させられちゃったわけー?



 振り返っていた視線を前方に戻した瞬間、突然スカートの裾を引かれてつんのめった。一瞬血の気が引いてヒヤリとしたけれど、木枝に引っかかっただけだ。



「もうッ!」



 わたしはスカートを強引に引っ張って引き剥がす。布の裂ける音とともに、制服のプリーツスカートは太もものあたりまで破れてしまった。



「……ああああああっ、最悪ぅ」



 めっちゃリアル。どう考えても夢やゲーム世界じゃない。

 森の匂いも、小傷の痛みも、呼吸の苦しさも、得体の知れない動物の鳴き声も、すっごく現実的。



「うう~……」



 わたしは一つ結びの頭を抱えてうなだれる。



 泣きたいよ、もう。



 とにかく逃げ続けるしかない。けれどもう体力の限界。これ以上はとても走れそうにない。

 どこかに隠れてやり過ごさないと。


 そんなことを考えた瞬間、突如として森の前方が開けた。

 そこには小さな集落があった。ううん。集落じゃない。もう廃村だ。

 ほとんどの建物は屋根や壁が倒壊してしまっていて、樹木こそないものの、地面はすでに雑草で覆われてしまっている。



 はぁ、はぁ、はぁ……。



 額の汗を袖で拭って周囲を見回す。


 隠れられる場所は多い。

 けれど当然、自称勇者のあの危ない人も、わたしがここに隠れることには気づくだろう。湿った落葉を踏みしめた足跡や、植物を掻き分けた痕跡を、おそらく彼は追ってきているのだから。

 それでももう選択肢はない。だってこれ以上は走れない。心臓が口から出ちゃいそう。



 覚束ない足取りで、わたしは廃村に踏み入る。



「どこか……どこかに……」



 唯一、壁と屋根が無事に残っている家屋に視線がいった。

 もちろん、そんなわかりやすいところに隠れるほどバカじゃない。だけど、あえてその選択を取ることで、どうにかあの危険人物の目を欺けるかもしれない。そんなのただの希望的観測ってことくらいわかってるけれど。


 瞬間、屋根を見上げながら走っていたわたしの下腹部に、何か柔らかいものがぶつかった。



「ギャインっ!!」

「きゃっ!? 痛たた……」



 わたしは前のめりに転びそうになって地面に手をつき、視線を落とす。


 犬だ。三角の耳を頭にピッと立てた、白地に茶をかぶったかのような毛皮をした一匹の犬が、地面に伏せている。いや、倒れている。

 犬用の小さな服を着ているから確かじゃないけれど、たぶん柴犬だ。

 どうやらわたしがぶつかったせいで、彼の小さい身体を張り倒してしまったらしい。



「あ、あ、ごめんねっ」



 でも、柴犬さんはむっくりと起き上がって。



 ううん、違う。違った。



 起き上がり過ぎて、二足歩行にまでなってしまって。あまつさえ前足を手の代わりにして、毛皮についた泥汚れをパタパタと叩いたりもして。

 そうしておもむろにこちらを振り返り、真っ黒でつぶらな瞳をわたしへと向ける。


 その衝撃的な光景を前に、わたしは自分が追われる身であることを忘れて叫んでいた。



「い、犬が、立ってるっ!!」



 二足で立つ柴犬さんが、くわっ、と目を見開いて叫んだ。



「(犬が立っちゃ)いかんのかっ!?」

「……っ!?」



 その瞬間の衝撃たるや。まるで雷に打たれたみたいで。

 わたしは驚愕にもう一度叫んでいた。



「犬が喋ったぁぁぁぁっ!?」



 柴犬さんもまた、さっきよりもさらに目を見開いて、負けじと叫ぶ。



「(犬は喋っても)いかんのかっ!?」



 互いにぽかんと口を開けて。

 ただ見つめ合って。


 やがて、柴犬さんの首がクイっと傾いた。

 その仕草に、わたしの胸はキュンとなった。自然、口を突いて出た言葉は。



「カ、カワイすぎるぅ……」

「チッ、おいおい。一端の(おとこ)に向かってそんな言葉を吐くとは、まだまだ淑女(レディ)じゃねえな。嬢ちゃんよ」



 気障ったらしくウィンクなんかしたりして。



「……何その台詞……カッコイイ……」



 救いを求めなければならないとわかってはいても、わたしの頭の中は一瞬でその珍妙な二足歩行の柴犬さん一色となってしまっていた。

 これじゃまるでファンタジー世界のコボルト族だ。リアルコボルトだよ。



「格好いいって? 俺がかい?」



 柴犬さんが前足で頭を掻いた。



「……へへ、よせやい……」



 照れた……!

 追っ手が勇者でわたしは魔王? いやもう、そんな事情はすっかり忘れて!



 その不可思議な体験に胸が高鳴る。頬が上気する。

 あわあわしているわたしを尻目に、彼はキリッとした表情で言った。



「やれやれ。どれだけ隠しても滲み出ちまう真実ってのは、言葉にしねえのが粋ってもんだぜ」



 何、この子、やっぱりめっちゃカワイイんですけど……!



 まるで匂い立つ歴戦のオッサンのようなぶっきらぼうなしゃべり方が、超絶カワイイ容姿との間にギャップを生み出していて、それがまたわたしのツボで。


タイトルからこういうの想像した人、ごめんなさい。


   /\__/ヽ

  | ノ ヽ |

  /     ヽ

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  | |-仝-| |

  <\⊥_二_⊥_ノ>

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(ニ/  (八)  ヽニ)ノ|

 <\______/> ノ

  \/_L_L_L_L/ ̄

  ヽ ノヽ ノ

   (ニノ  (ニノ


いないか……。


※2話目は本日18時に予約投稿しています。

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[一言] 俺は分かるぞ…このコボルトは犬探偵ポジだ
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