第1章 第26話 倒れ逝く者達らしいです…
「ドラン、下がれ。後は俺が抑える」
そう言って、ジャックが前に出る。
その手に握る剣は先が折れていた。あの怪物に折られたのだろうか。
てか、あの怪物は誰だ? 白い羽根があるっぽいから、神なのは間違いないとは思うけど。
あの三人の神の中の誰かだろうか? 様子見るからに、あの爺ちゃん神ではないかな?
「あれは、あの真ん中に居た老人の神だ! おそらく力を制御できずに暴走している!」
わぁお、まさかの爺ちゃん神でした!
あれがどうなったら、ここまで怪物になるのか。凄い気になりますね……。
「ガ、ゴ、ギザマ、ハ、ゴロス……」
「神が、聞いて呆れる。自分の力すら制御できないとは」
ジャックが肩を竦めながら、神を見つめる。
その戦いは俺達が入り込む余地の無いくらい、激しいものだった。
怪物になり果てた神の一撃は全て必殺の一撃だった。直撃すれば、ジャックでも、ひとたまりもなかった。
その一撃一撃を避けながら、剣で斬りつけていくジャック。
だが、その刃がダメージを与えることは無い。いくら斬りつけようが、無駄だった。
「やはり、魔装しても斬れないか」
「ガ、ガ、グラァァ!」
神の振るった腕が、ジャックを直撃した。
俺は「あ!」っと叫んでしまう。横でドランさんが悔しそうな顔をしていた。
ドランさんの腕には、ユミリナが回復魔法をかけ続けている。だが、それも微々たるものだ。マルガレータは何処に行ったのだろうか? ドランさんなら知っているかな?
「ど、ドランさん」
「何だ」
「俺達、西を見てきました。そこには……何もありませんでした。何があったか、知っていますか?」
ドランさんは小さく頷いた後、今何が起こっているのかを、教えてくれた。
「さっき言った通り、あいつはあの老人の神だ。何故暴走したのか分からないが、あの姿になったのは先ほどだ。それまでは、何と言うか、黒い塊だったんだ」
「黒い塊ですか?」
「あぁ、あれは恐ろしかった。全てを喰らいつくした。魔物も人も自然も何もかもだ。その塊がここに到着した時に、奴はあの姿になった。ジャックはその時に俺の目の前に現れた」
どういう事だ? 奴はジャックと東側で戦っていたはず。ならば、最初に戦う場所はこの場所だ。
なのに何故西側からここまで攻めてきた? それにジャックはその間何をしていた?
考えれば考えるだけ謎が深まる。
「ジャックが言うには、ロアナとマルガレータはもう既にあいつに喰われたそうだ。間に合わなかったと悔やんでいた」
「そうですか……。それは……」
すでにロアナとマルガレータは死んでしまったか。ジャックは何をしていたんだ?あいつなら救えたんじゃないか?
「ぐはぁ!」
ジャックが血を吐きながら俺達の所まで転がってくる。
全身に痣を作り、苦しそうに呼吸し、立ち上がれない。その姿はジャックの負けを意味していた。
まさか、ロアナやマルガレータの時も負けたのではないか?
この様子を見れば、そんな感じもする。
「ジャック、大丈夫か?」
「ドランか、ごめん、勝てそうにない」
「そうか。なら逃げろ。せめてこの場からハルト達を逃がせ」
「ドラン? 何をする気だ?」
ドランさんは、笑みを浮かべながら、俺達を見渡た。
ジャックはドランの言わんとする事が分かったらしい。下を向いて、悔しそうにしていた。
「ドランさん……?」
「俺がこいつを引き受けよう。お前達は逃げるんだ。ハルト、強くなれ。……これでさよならだ」
そう言って、ドランさんは俺の頭に手を伸ばす。そのまま俺の頭を撫でた。
その手は大きくて、筋肉質で、そして優しかった。
俺は気が付くと涙を流していた。それが別れの挨拶だと理解した。してしまった。
「すまない。必ず助ける」
「何言ってるジャック。お前ともさよならだ。俺みたいな老骨を拾ってくれた事感謝する。おかげで最高の弟子とも出会えた」
「あぁ……あぁ!」
そう言って、振り返り神と向かい合う。ドランさんは片手だ。まず勝ち目は無い。それを承知で囮になった。
ドランさんの背中は今までで一番大きく逞しく見えた。
俺達はドランさんと反対方向を向いて、逃げた。
後ろで轟音が響く。ドランさんが戦っているのが伝わる。
なんで自分が逃げているのか分からない。
「ジャック、二人を頼んでもいいか?」
「俺も同じことを言おうとしてたんだがな」
「なら私達も戻ります!」
「強くなったのはハルトだけじゃないよ?」
俺達の意見は一致した。
全速力でドランさんの元へと走る。
「頼む……! 間に合ってくれ……!」
今までに無いくらいの速度で走る。
俺の前を走るジャックは最早人間の速度ですらない。
「後もう少しだ! 急げ!」
ジャックの声が聞こえる。
俺は返事することなく、無我夢中で走り続けた。
間に合う事を信じて。願って。
「着い……た……」
俺は目の前の光景が信じれなかった。
ドランさんが神に喰われている最中だった。下半身はもうすでに無い。上半身も半分は喰われ、力なく首が揺れていた。
「「魔装!!」」
俺とジャックは同時に叫ぶ。
何故、ジャックが魔装を完璧に使いこなせるのか分からないが、今はどうでもいい。
俺とジャックの体に鎧が纏われる。何故か鎧のデザインまで一緒だ。
俺達の魔装が発現すると同時に、神はドランさんを喰い終わっていた。
そして、黒い煙に包まれる。
煙が晴れた後に残ったのは、怪物から、筋肉質な姿に、それはまるでドランさんのような姿の神だった。
「ふぅ。人間の中でも最も素晴らしい魂だった」
「なんでお前が、お前がドランさんの姿をしてんだよ!」
「何だ、ハルト? 俺は神だ。そして、お前の師匠だぞ?」
ドランさんの姿で、ドランさんの声でそんな事を言う。
我慢の限界だった。
「お前だけは許せねぇ。ぶっ殺す!」
俺は神に斬りかかる。俺の剣の振りを神は受け止めた。
その受け止め方は、ドランさんのそれだった。
「踏み込みが甘いと言っているだろう?」
「やめろ……」
俺は何度も、何度も斬りつける。
上から振り下ろし、その勢いのまま切り上げ、剣を一瞬で持ち替え斬りはらう。
神はそれを全て的確に受け止め、流し、避ける。
「まだだ。もっと踏み込め。肩に力を入れすぎだ」
「黙れ……」
その言葉は、修行中にドランさんが言った言葉だ。
もう喋るな。やめろ。
「ハルト! 落ち着け」
「あっ……」
俺の前にジャックが立つ。
「お前にあいつは荷が重い」
「俺は、ドランさんの仇を討ちたいんだ。なのに……なのになんであいつは、ドランさんの姿をしてんだよ……」
「奴は姿や声だけでもなく、記憶まで引き継いでいるようだな」
「あぁ。あいつのさっきからの口調や言葉はドランさんだ」
「そうか」
ジャックは俺を見つめた。
その意図は俺には分からない。
「何だ?」
「お前はエルンとユミリナがここに着いたら、二人を守ることに集中しろ。奴は俺が責任をもって倒す」
「分かった」
そして、二人が到着するまでの間は二人で、神に攻撃を加える。
全て対処しきっている辺り、相手の強さが尋常じゃない事が分かる。
「ハルト君! ジャックさん! 遅くなりました!」
「よかった……まだ二人とも生きてる!」
俺とジャックは、二人が無事にここに辿り着けた事に安堵してしまった。
そして、目の前の敵から目を逸らしてしまった。
それは、戦場でしてはいけない、最悪のミス。
そして、それが全ての始まりになる。
「あっ……」
「ハル……ト……」
俺は目を見開き、俺に手を伸ばしながら倒れる二人を見つめていた。
次回で第1章 最終話です




