第1章 第25話 真の名は神田川春翔らしいです…
「貴様はこの世界の住人じゃないだろう。何故この世界に居る」
「さぁ? 俺にも目的はあるからね。神のお前に言える内容でもないし」
ジャックとゼルドスが向かい合いながら、言葉を交わす。
ゼルドスは目を細め、訝しげに自分の問いを口にする。
ジャックは目を怪しく光らせ、ゼルドスの問いを軽く流す。
「世界の異分子は消し去らねばならない。それが神の使命」
「神界最高神を殺した奴の言葉とは思えないな」
「なっ……! 貴様、何故その事を知っておる」
ゼルドスは驚愕の表情だ。
ジャックが口にした内容は、その真実は、人間が知っているような内容ではない。
こいつは何者だ? その疑問がゼルドスの頭の中で反芻する。
「見てきたから、全て。結局間に合わなかったけどな」
「何の話をしている」
「聞きたいか? 俺は――――」
ゼルドスは自分の耳を疑う。
そんな事があっていいはずがない。
それは神でもできぬ、いや知らない事だった。
全ての世界は神の監視の元成り立っている。その監視の行き届かぬ場所。
――――時間の概念。これだけは神でも監視できない。
だが今まで、どの生物も、神ですら時間を操る者は居なかった。
「それが事実なら、俺は貴様どころか、この世界すらも破壊せねばならない」
「それも知っている。だから止めに来た」
「貴様の目的は何だ」
「愛する者を生き返らせる。俺は彼女を、彼女たちを守れなかった」
ジャックは静かに涙を流し、そして悔しそうに、悲しそうに顔を歪ませた。
ジャックの正体が何であれ、彼を殺すことは自分の使命だ。そうゼルドスは思う。
「貴様は生かしておけない。我らの目的の為にも」
「俺はまだ目的を達成してないからな。死ぬわけにはいかない」
お互いに剣を構える。ジャックの剣は魔剣 天満月だ。
白く光るその剣は、まるで暗い夜空に光る満月のようだ。
ゼルドスは腰に据えた斧槍を構える。
それは、見た目は年寄りのゼルドスが使うには、あまりにも不釣り合いだった。
「お前の戦い方は知っている。その姿が仮の姿だという事も」
「そうか。なら出し惜しみする必要もないだろう」
そう言って、ゼルドスは煙に包まれる。その全身を包む煙が晴れると、先ほどとは姿を変えたゼルドスの姿がそこにあった。
その姿は、まるで若返ったかのような姿だった。
顔は先ほどとは違い、好青年のような顔に、そして全身無駄なく付いた筋肉。
「本来の姿になったようだな。では、いくぞ」
「すまぬが、この姿では加減ができぬ。貴様がどの我を知っているか知らないが、我の目的はただ一つ! 邪神の復活のみだ。その為に脅威となる世界の異分子は消させてもらう」
先に攻撃を仕掛けたのは、ゼルドスだった。
手に握る斧槍を、ジャックに向かって振り下ろす。
それを軽々と避けながら、ジャックは右手に発現させていた魔法を放つ。
その魔法は、直接触れずとも、周りの草花が燃えるほどの超高温だった。
ゼルドスでさえも、触れればただでは済まない。それほど高火力な魔法を、ジャックは短時間で作ってしまった。
ゼルドスは思わぬ反撃に一瞬反応が遅れるが、魔法障壁を駆使し、魔法の進行方向を逸らした。
ジャックの剣が白く輝き、白い斬撃を飛ばす。
魔剣であるこの剣は、魔素を込める事で斬撃を飛ばす事ができた。
だが、相手にしているのは神だ。
あまり速度のでない斬撃など、いとも簡単に避けられる。
「――どこに消えた?」
斬撃を斧槍で吹き飛ばしたゼルドスが前を向くと、そこには誰もいなかった。
辺りを見渡し、敵であるジャックの姿を探すも、見当たらない。
「神の雷」
辺りに雷が落ちる。
世界の色は一瞬で黄色になる。その眩い閃光を放つ雷は敵味方関係なく、生物の命を刈り取る。
ジャックただ一人を見つけるには、無駄な範囲魔法だろう。
運悪く神の雷に当たり、命を失う者が後を絶たない。
「早く出てこい! このままじゃ、お前の仲間は全員死ぬぞ」
「後ろにいるさ」
ゼルドスが後ろを振り返ると、そこには見慣れない軽鎧を纏ったジャックが居た。
「何だ、その鎧は」
「魔装、だったか。懐かしい魔法だ」
「その魔法は、例の転生者が開発した魔法だろう。懐かしいとはどういう事だ」
「俺が作った魔法だからだ。ちなみにこれもそうだ」
ジャックの手に魔素が溜まる。それはどんどん大きさを増していき、直径三メートルほどの球体になる。
その球体を空に放ち、大気圏と思わしき高さを超えてから、手で落下地まで誘導する。
その間もゼルドスの攻撃は続く。それを避け、躱し、時に反撃し、そして魔法を誘導する。
そのような事は、普通の人間には無理だ。おそらく、人類最強と言われるジャックだからこそできた事だった。
「俺の魔法、隕石」
「その魔法は転生者の!?」
「俺の真の名はハルト。神田川春翔だ」
声にならない叫び声を上げながら、隕石に呑まれるゼルドスを、春翔は見つめた。
「隕石使いすぎだろ……。二発も撃ったら魔素が足りなくなるってフレデリクには言ってあるのに」
「フレデリクさんにしか教えてないのですか? ジャックさんも魔法の腕は確かだと思いますが」
「いや、あの人はもう既に規格外だから、教えてないよ。ピンチの時用にフレデリクに教えただけだよ」
「そうなのですか」
俺達は戦闘が始まってから、二回目の隕石が降ったのを見ながら、会話をする。
そこには戦闘中だという緊張感は感じられない。
「このまま何事もなく終わればいいが」
「魔物の数も……冒険者の数も減っています。このペースなら全滅する前に終わりそうです」
「このペースなら、な」
俺は何か言い知れぬ危機感が体中を駆け巡っていた。
このままじゃ終わらない。
そんな予感が俺を襲う。
「何か引っかかるの?」
俺達より前線で戦っていたはずのエルンが、俺達の所まで下がってきて会話に加わる。
「あまりにも順調すぎると思ってな」
「アステリズムの力が大きな要因ですね。私達の十倍は倒してます」
「流石だな」
正直あそこまで強いとは思ってなかった。
魔装した俺と全員が一対一で渡り合える。いや、それ以上の強さを秘めている。得体の知れないチームだった。
ジャックなんかは強さの底が見えない。
何故か魔装の強化方法まで知っていたし。
初めて見た魔法を、あの一瞬で全てを見抜いた。本当に一番得体の知れない人物はジャックだ。
「ハルト君! 西側の魔物と冒険者が全滅したそうです。続いて北もです!」
「何!? 西にはロアナ、北にはマルガレータが居るはずだぞ!?」
「私が見てくる!」
俺は今すぐにも走り出しそうになっていたエルンを制止する。
「皆で行こう。何があるか分からない」
「私も賛成です。エルンさんの腕を疑う訳じゃありませんが、一人では危ないです」
「そ、そうだね。うん、分かった。それじゃ行こう! 二人とも!」
俺達は、まず事の発端の西に向かう。
そこには何もなかった。元々あった草も、花も、木も水も。
それだけではない。魔物も人も、死骸も死体も何もかもが無かった。
「これは……!」
「ハルト君、ここは何か、不穏な空気が漂ってます。早く離れましょう」
「そうだな。北……もおそらく同じような有様だと思うから、東に向かおう」
「東は……ドランさんとジャックさんが居るところですね」
その通りだった。東の魔物はドランさんがその豪腕で、魔物共を屠っていた。
そこから少し離れた所で、ジャックとあの爺ちゃん神が戦っているはずだ。
「急ごう。ジャックが居るから、まだ大丈夫なはずだ」
「はい!」「うん!」
俺達は東に向かう。
距離が近づくにつれて、目を疑う光景が広がっていた。
最早、魔物や神、それどころか冒険者の姿でさえ見えない。
そこには見慣れた姿で戦う人物、ドランさんと何故か魔装と思わしき防具を纏ったジャックが居た。
二人と相対するのは、顔は酷く歪み、白目を剥いて、屈強な筋肉を携え、背中の白い羽根だったものはさらに巨大になり、その両手で握った斧槍を振り回す一人の神が居た。
その姿はまるで、怪物。
「逃げろハルト! こいつはお前の敵う相手ではない」
「ハルト、サンの所に向か……」
そう叫ぶドランさんの元へ、槍斧が振り下ろされる。
その攻撃を受けきれず、ドランさんの左腕が切断される。
「ドランさん!」
俺は思わず叫んでしまった。
「くっ……」
「ドラン、下がれ。後は俺が抑える」
そう言って、ジャックは一歩前に出る。
ジャックと怪物になり果てた神との一騎打ちが始まった。




