第1章 第16話 答えらしいです…
今回は若干、本当に若干性的表現があります。
苦手な方は、流し読みをする事をオススメします。
ハルトが小竜やウラエラスと戦っていた間、エルン達はガルガンチュアの王宮に居た。
「なんで私達はここにいるんでしょうか……」
「なんでだろうね……。いつの間にかここまで案内されてたからね」
ハルトが気絶してから、エルン達はサンの案内の元、ガルガンチュアの王宮にて修行をしていた。
『今のお前たちでは修行を終えたハルトの足枷でしかない。今のままあいつの横に居たいならば、強くなれ」
そうサンに言われ、エルンはガルガンチュア聖騎士団の元で、ユミリナは宮廷魔術師の元でそれぞれ修行していた。
最初は全くついていけなかったが、今ではそこそこについていけるくらいには成長している。
「流石元トレファス騎士団。剣の腕はそこそこあるようだ」
と言うのは、ガルガンチュア聖騎士団団長ルミナル。二つ名『銀髪の戦姫』だ。
その二つ名の通り、美しい銀髪を靡かせながら舞うその姿は、全ての騎士を魅了し、そしてその容赦のない剣技は相対する者を震え上がらせた。
「私如きにそんな言葉は勿体ないですよ。剣の腕だってまだまだですし……」
「そうだな、その通りだ。お前は自分の剣に答えがない。答えのない剣はただの鉄の棒を振り回すのと変わらない」
「答え……ですか」
「それが見つかるまでここで鍛えていくといい」
エルンは黙って頷いた。
答えが見つかる保証はない。だが見つけられないなら、自分はハルトの隣に居られない。資格がないのだ。
ハルトがそれを望まない、資格なんて関係ないと言う姿は目に浮かぶ。だが、自分が納得いかないのだ。
サンが言う事は間違っていない。現にハルトはドランとの修行を終えた辺りから、エルンより遥かに強くなっている。これからも強さを求めて突き進むのだろう。
そんなハルトの足枷に自分がなるのは嫌なのだ。その気持ちはエルンもユミリナも変わらない。
「答えのない剣か……。あんな事さえなければ、今頃は騎士として生きていたのだろうか……」
それは今から二年前、エルンが18歳の頃の話だ――――。
「腰を落とせエルン! 何度言えば分かるのだ!」
「はい!」
トレファス騎士団、世界で一番大きい国であるトレファス国の騎士団であるそれは、この世界で一番強い騎士団だと言われていた。
その強さは単純に戦闘力だけではない。高い戦闘力はさながら、財力、統率力、権力、騎士団として必要な力を全て持ち合わし、それは他の騎士団では及ばないほどの騎士団だった。
エルンはそんな騎士団に18で入団した。それは騎士としてはまだ若く、尚且つ女だ。待遇は悪いなんて話ではない。
常にこき使われ、時には辱めを受けそうになることだってあった。その都度やんわり断り事を荒立てないようにしてきたのだ。
だがある日、その苦労は実を結ばず、エルンを追い詰める結果となる。
「今から、俺達は敵陣の本部に攻め込むことになる。敵は罪のない国民を無残にも惨殺した。これは許されることではない!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
「行くぞお前たち! 進めーー!」
エルンにとって初めての戦争であった。攻めてきたのは隣国であるミレア公国。
宣戦布告もなしに、トレファスに攻め込みいくつもの村を蹂躙してまわった。
トレファスは直ぐに騎士団を戦場へと向かわせた。
そして今に至るわけだ。
「エルン、肩の力を抜け。そのままでは無駄死にするぞ」
エルンの横に居た年配の騎士が助言をしてくれた。
「ありがとうございます。少し緊張して……」
「俺だって若いころは緊張したさ。でもな、ガチガチに緊張した奴ほど先に死んでいく。戦争なんてそんなものだ」
そう言って、年配の騎士は何処かに行ってしまった。それと同時にトレファス騎士団の進行が始まる。
エルンは他の騎士たちに置いて行かれないように全力で付いて行った。
戦争の火蓋は今切られたのだ。
エルンは必死に戦った。何人もの敵兵士を殺し、何人もの味方の死体を見て、それでも進むのを止めなかった。
戦局は圧倒的にトレファス軍の有利に見えていた。だが、ミレア軍とて弱いわけではない。ましてや、今回戦争を仕掛けたのはミレア側なのだ。
用意周到だった。
エルン達トレファス軍の周りには、無数に群がっているのではないかと疑うほどのミレア軍兵士。
瞬く間に惨殺されていく味方達。それは最早戦争と呼べるのかさえ怪しいものだった。
「女は殺さずに捕らえろ! 大将軍様へと捧げるのだ!」
エルンも含む女騎士達は捕らえられていく。
抵抗しても無駄であった。
相手は殺しても殺しても湧いてくるのだ。
そして捕らえられたエルン達は、ミレア軍の拠点へと連れていかれる。
「これが噂に名高いトレファス軍の女騎士ですか! 素晴らしい! 鍛え抜かれた体、美しい顔!」
ミレア軍大将軍であるこの男、ガルドは舌なめずりをしながら、エルン達を見比べる。
「まずはお前から頂くとしよう!」
そう言って、女騎士の一人に手を伸ばす。
何か小瓶に入った液体を飲ますガルド。それが媚薬とエルン達は察するのに時間はかからなかった。
「すぐに天国に上るような快楽に貴女は溺れることができますからね!」
ガルドは瞳を嬉々と輝かしながら、女騎士に触る。
最初こそ抵抗をしていた女も、次第に恍惚とした表情に変わる。
そして、自らの意思でガルドの上に跨るのだ。
その女騎士は、エルンの知る限りそのような事をする女性ではない。無論ここにいる仲間達は皆そうである。
そんな者達でも抗うことのできぬ快楽。
エルンは恐怖で正気を保つことすら難しくなっていた。
「次は貴女の番ですよ」
そう言ってエルンに手が伸ばされる。仲間は皆、あの媚薬によって快楽に溺れている。
もう助けてくれる仲間もいない。
エルンは諦めた。自分では最早どうすることもできない。
伸ばされた手がエルンに触れようとした時、ガルドの首が目の前で飛んだ。
飛び散る鮮血が辺りに赤い斑点模様を作る。
目の前では剣を振りきった騎士団長、ラミーヌの姿があった。
「無事なのはお前だけか。これでは最早我々に勝ちはないか」
「だ、団長殿……。ありがとうございます」
「礼はいい。それよりこの小瓶は何だ。空の瓶が沢山落ちているが……」
「それはおそらく媚薬です。それを飲まされた仲間は皆あのように……」
ラミーヌは快楽に溺れ、体液をまき散らし、干からびている女騎士に視線を向ける。
「こいつらはまだマシな死に方かもしれんな。我々も干からびて死ぬのも悪くない」
「何を言っているのですか? 私が囮になります。その間に団長殿だけでも!」
「もう無理だ。辺り一帯は囲まれている。逃げ道は無い。お前は他の男共の誘いを全て蹴っていたそうだな。どうだ? 俺とは嫌か?」
「団長殿、気をしっかりお持ちください! 何を言って……」
そこでエルンは言葉を切った。
ラミーヌは自分の下半身を露わにし、余っていた小瓶の中身を半分ほど飲んだのだ。
そしてエルンに手を伸ばした。エルンに触れ、着ている服を脱がしていく。
エルンも騎士とて女だ。抵抗しても男の団長の力には敵わない。
ラミーヌは残っていた小瓶の中身を無理矢理エルンに飲ます。
その日エルンは今まで出したことの無いような悲鳴をあげた。
信じていた団長から辱めを受け、望まぬうちに女へとされてしまったのだ。
そこにはただ、ただ絶望した一人の少女と、快楽に溺れた一人の男が肌を重ねる音が聞こえるだけだった……。
「うおっ! 何てことしてんだ! 泣いてるだろ!」
エルンは気づかぬうちに泣いていたようだ。
上に重なっていたラミーヌが剥がされる。
そして、男物の服がエルンへと投げられた。
「それ着て待っとけ! 今すぐ俺の仲間連れてくるから」
おそらく服の持ち主であろう。目の前にいる男はそう言って早足に出て行った。
エルンは黙って投げられた服を着た。
少し汗の匂いがするその服、普段なら臭いと言って絶対着ないであろうその服が、なぜか今は心地よく感じた。
男が出て行ってから五分くらい経ったくらいで、一人の女性がエルンの元へとやって来た。
「貴女ねドランが言っていた女の子って。あいつもいい年して慌てるんだから……」
「あ、貴女は?」
「私はマルガレータ、冒険者よ。トレファス国王からの要請で援軍として来てみれば、まさか騎士団長が自軍の騎士を辱めていたなんてね。帰ってからの報告が増えたわ」
「冒険者が何故ここに? 貴方達は何者なの?」
「それについては俺が説明しよう」
気が付くと、マルガレータの後ろに五人の男女が居た。
そのうちの一人が前に出る。
エルンは、体が恐怖で反応するのが分かった。あんな事があった後だ。男性に恐怖を抱いても不思議ではない。
「おっと……。すまない。怖がらせるつもりはないんだ。俺達はSランク冒険者パーティー『アステリズム』だ。外に居たミレア軍は全滅させた。他に生存が確認されたトレファス騎士団の騎士は先にトレファス国へと転移させている。後は、女騎士と団長殿だけだったのだが……」
「わ、私以外の騎士は皆ミレア軍大将軍ガルドによって亡き者とされました」
「そうか。団長殿はトレファスへと連れ帰り、罰を受けてもらおう」
そう言うと、服を投げつけてくれた男、ドランにラミーヌを担ぐように指示する。
「では帰るとしよう。さ、おいで」
エルンはアステリズムのメンバーと共にトレファスへと帰還した。
アステリズムはそのまま王国へと報告に行き、ラミーヌは死刑となった。自軍を放棄し、ましてや自軍の女騎士に手を出すなどは無論許されるものではなかった。
ミレアとトレファスの戦争はどちらも戦力の大半を失う結果に終わり、痛み分けで終えることになった。
エルンはそのまま騎士を辞め、一年ほど何もせずに過ごした。
心に負った傷は簡単に消えるものではなかった。無気力になり、目標もなくただダラダラと過ごす日々だった。
そんなエルンの元に訪れる男が一人いた。
「久しぶりだな」
「貴方は、あの時の……。確か名前はドラン……さん?」
「憶えててくれたか。あの時は焦って一人にしてしまった。すまなかった」
そう言ってドランは頭を下げた。
「そ、そんな! 頭を上げてください。わざわざそれを言うために此処に?」
「いや、それもあるがお前の様子が気になってな。今は何をしている?」
「何もしてないですよ。騎士も辞めて、本当に何もしてない……」
エルンは思わず泣いてしまう。
ドランは泣き止むまで何も言わずに待っていた。
涙が収まるのを確認してドランが口を開く。
「そうか。何もしなかったか。それもいいだろう。だがそれでお前の傷は癒えたか?」
エルンは首を横に振る。
「冒険者にならないか? 騎士よりは安定した生活は送れないが、いつかお前の心に空いてしまった穴を塞ぐ奴が現れるかもしれない。いろんな人間と関わり、学べ。お前はまだ若い。長い人生をここで潰すな」
ドランの言葉を黙って聞いていたエルン。
冒険者になる。それはエルンが考えもしなかった道だ。
不安でしかない。
「最初は俺が協力しよう。お前を一人前にしたら、俺は冒険者辞めて、酒場のマスターでもしようと思っているんだ」
「どうしてそこまで……?」
「お前の目には光がない。俺ら『アステリズム』は今や人類の希望なんて言われている。そんなパーティーの一員の俺が一人の少女も救えないなんて……嫌だろ?」
「人類の……希望……」
「どうだ? 俺に託して新しい世界に行ってみないか?」
エルンは黙った。
何も答えずに、ただ沈黙が流れる部屋でドランと向かい合う。
「ダメ……か?」
「私は今でもまだあの時に取り残されている。自分が何をすべきかも分からない。私のこの止まった時間を動かしてくれる人はいるのでしょうか」
「いる。断言しよう。お前にとってかけがえのない存在になる者はこの世にいる」
「ありがとうございますドランさん。私なります、冒険者」
「その答えを待っていた」
その日から、エルンは冒険者へとなった。
そしてさらに一年後、ハルトと出会い、彼女の時は動き出す。
「今はハルトの隣に居たい! だって私はハルトに命を救われた。彼の為に生きたい。それが私の答えです」
そう告げるエルンの瞳は光が灯り、覚悟を決めていた。
「迷いや不安はなくなったようだな。では、サンからの頼みでもある、君に稽古をつけてやろう」
そう言ってルミナルはエルンと対峙する。
修行を終えたエルンが『赤髪の戦姫』とガルガンチュア聖騎士団の中で呼ばれだすのは、それから間もなくのことだ。
ハルト「あれ?俺は?」




