第1章 第14話 『光速の剣士』らしいです…
俺は天日を構えながら、ウラエラスとの間合いをはかる。
奴の武器は槍だ。俺の間合いまで踏み込めれば圧倒的に有利になるが、それまでは俺はかなり不利だ。
間合いの長さは時に命運を分ける。それはドランさんからしっかりと教えられていた。
まぁ、あの人に関しては、武器もくそもない肉弾戦だから、自分の間合いまで持ち込めば勝ち確定なんだけど……。
「どうした? 我を相手に間合いをはかる余裕はあるのか?」
「お前の戦い方も分からんのに攻め込めるか!」
「そうか……。では、まずは小手調べだ」
そう言うと、ウラエラスは槍を構え、俺に突進してくる。俺はそれを回避しながら、カウンターの一撃を放つ。
手ごたえはなかった。元々回避されることは分かっていたのだろう。
ウラエラスも何事もなかったかのように、俺の一撃を回避する。
「そこまで雑魚ではないか」
「舐めてんのか? このくらい簡単に避けれるわ!」
「そうか。ならもう少し速度を上げよう」
その瞬間、ウラエラスの速度は俺の目で追うのがやっとになるほど加速した。
ウラエラスの突きをギリギリで回避する。
反撃をする余裕は無かった。攻撃を避けるのに全神経を注ぐ。
そうしなければ、俺の体は簡単にあの槍に貫かれる。当たるわけにはいかない。
「凄い! 神の力にまだ目覚めていないにも関わらず、この身体能力! 成長が楽しみだ。ここで殺すには惜しい存在。だが我々の目的には邪魔な存在。致し方無いがここで貴様を殺すのが我の使命。覚悟!」
「何ぶつぶつ言ってんだよ。ここで殺す? 死んでたまるか!」
俺はウラエラスの突きを天日で受ける。受け流すことには失敗し、両手が痺れた。
力量差は明確。だが退くわけにはいかない。
俺は準備を始める。
「ん? 両手に魔力を集めて何をする気だ?」
「とっておきの魔法さ。ここの土地には悪いけどな」
「ほう。面白い」
そう言ってウラエラスは何かを唱えだした。
それは俺が望んだもの――――魔法の詠唱だった。唱え終わると、ウラエラスの周りに透明の障壁が出来上がる。魔法障壁だ。
「そんなので俺の魔法は防げないぞ?」
「いや、これで十分だ」
何だよこいつ。俺は何か馬鹿にされたように感じ、怒りに任せて両手に魔力を溜める。
これだけ集まれば、竜の谷は更地になるだろう。それほどの威力だ。
「準備……できたようだな」
「待たせて悪かったな。これが俺が使える最高火力の魔法だ! 隕石!」
俺は手に溜めた魔力を空に向けて放つ。それは大気圏を超え、宇宙にまで届く。そして、地球へと落下する。
それはまさしく隕石と呼ぶに相応しいものだろう。
だがこの隕石当たり前だが自然にできたものではない。あくまで、ハルト本人の魔力の塊だ。魔力はその持ち主が思うように制御できる。
つまり、この隕石はハルトの思い通りに動かせるのだ。
「なるほど! これは素晴らしい魔法だ!
だが、相手が悪かったな。我には通用しない」
隕石は狙い通りにウラエラスへと落ちる。
ウラエラスはその紙のような魔法障壁で隕石を受け止めていた。
辺りへ隕石と魔法障壁がぶつかった衝撃が広がる。地面は抉れ、木は折れ、ランクの低い魔物や動物などは吹き飛び、死に至る。それほどの破壊力を持つ衝撃だった。
やがて隕石は魔力を使い果たし、掻き消える。
それはハルトの敗北を意味していた。最大火力の隕石、それを防がれたのだ。
剣術でも魔法でも敵わないのなら、ハルトに勝ち目は無い。
「嘘……だろ……? 俺の魔力のほとんどを使った隕石だぞ? それをあんな薄い魔法障壁で……」
「魔法障壁は込める魔素によって強度が変わる。薄いからと甘く見ていると、痛い目に遭うぞ」
後ろから声がしたと同時に、俺の肩を掴み、守るように俺の前へ出る人間が一人……。
「お前は誰だ?」
「こいつの師匠のサンだ。今回は傍観するだけの予定だったが、お前はこいつにはまだ荷が重いようだからな。今回だけは助けてやろうと思ってな」
サンさんはそう言って剣を構えた。その剣は見ただけで、ただの剣ではないことが分かるほど美しい剣だった。
「それは……! 聖剣! 何故それをお前が!」
「神様を名乗る女から貰っただけだ。切れ味が異常に良いから使っている。それだけだ」
「なるほど、大方理解しました。彼女も厄介なことをしたものだ。残念だが、ここでお前もお前の弟子も殺し、その剣は回収させてもらう」
「殺されもしないし、この剣も渡すつもりはないよ」
「お前に拒否権など無い!」
そう言ってウラエラスは槍を構え、凄まじい速度の突きをサンに向けて放つ。
それはハルトなら間違いなく、避けきれないであろう速度と威力だった。
だがサンはいとも簡単に躱した。まるで完全に見切っているかのように。
「少しはやるようだな。次は最大速度だ!」
ウラエラスは再度突きを放つ。それは先ほどとは、比べることのできない威力と速度だった。ハルトは目で追うどころか、見る事すらできない速度。
それをサンは受け流す。自分への負担を最小限に抑えつつ――。
「最高速度でこの程度か。その速度じゃ俺には追い付けないぞ?」
そう言ったサンの姿は見えなくなった。
いや、見える人には見えるのだ。ただ、今この場で彼を目で捉えることのできる生物がいないだけだ。
それはサンの二つ名『光速の剣士』の名に相応しい速度だった。
誰の目にも捉える事のできないその剣は次々にウラエラスの体を切り刻む。
「ナゼダ! ナゼダナゼダナゼダ!! 我が人間如きに負けるなど! そんなことは在ってはならぬ!」
「俺はSSランク冒険者『光速の剣士』サンだ。お前如きに負けるのがそもそもおかしい」
「我は神だぞ……。自惚れるなよ……人間風情が!」
「そろそろ終わりにしよう。これ以上は時間の無駄だ」
サンは剣を構える。ウラエラスは満身創痍だ。
剣を交えなくとも結果は見えていた。だが、サンは気を抜かない。
負けると分かっている時の生物ほど怖いことを分かっているからだ。
「死ねぇぇ! 人間!!」
「最後まで憐れだな」
サンはウラエラスの渾身の突きを聖剣で弾き返す。
そのまま上段から一閃。
肩から腰にかけてバッサリと斬られたウラエラスは光の粒子になって、その姿を消した。
剣を腰の鞘へと納め、ハルトの元へとサンは歩く。
ハルトは気絶していた。気力も魔力も使い果たしたのだろう。
おそらくウラエラスの実力はSランクオーバー。ドランでも勝てるかどうかというところだろう。
よく戦ったほうだと、サンは感心していた。
「よく気絶する弟子だな。ほんと手のかかる奴だ」
愚痴をこぼしながら、サンはハルトを抱え、帰路につく。
その表情は、微笑みを残して――。
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ウラエラスが倒されるところを空から眺めるものが二人――――。
「あれだけ息巻いて飛び立ち敗北とは、神の名折れだな」
「だから自分が行くって言ってましたのに」
「いやだがあの人間は要注意人物だ。我々でも勝てるか分からぬぞ」
「二人でかかれば勝てませんかね?」
「もうすぐ、ゼルドス様がこちらの世界に来るそうだ。焦る必要はないだろう」
「それは本当ですかい! でもまさか、上級神が寝返るとは思わなかったでしょうね。あの時のレトローネの顔といったらもう!」
「その話は後だ。今はゼルドス様の為に戦力を蓄えておこう」
「了解です。はぁぁ楽しみだ」
二つの影は、白い羽根を羽ばたかせながら、空を飛ぶ――――。




