1話
僕らのクラスには1人、有名人がいる。有名人と言ってもこの学校の中で1番有名というだけであって別に芸能人が学校にいる訳では無い。無いのだけれどもそこらの芸能人よりもよほど綺麗なんじゃないかとは思う。
その人の名前は三嶋みのり。学校の人達はみんなしてみのりさんと呼んでいる。
顔立ちは文句なしに整っていると言える部類だ。別に顔の全てのパーツが素晴らしい!とかそういうことではなく、みのりさんの顔でもっとも印象に残るのはそのタレ目気味の目であり、どちらかといえば鼻筋は普通の日本人のそれと同じだ。鼻が高いとかそういうわけではない。
声は何処か艶があり、よく通る低音。身体はスラリとしており身長は178cmとかそこら辺。一見すれば柔らかそうなその身体は想像と違い割と硬い。当たり前だ、みんなよく忘れているというか気にしていないので誰も追求しないが、みのりさんは男なのだ。そりゃみのりさんは料理がうまいし、男女分け隔てなく優しいし、ふわりと笑った時なんかは男だろうが女だろうが関係なく恋に落ちかける。別に完全に女に見えるわけでもなく、かといって完全に男に見える訳でもない。完璧な中性的存在なのだ。みのりさんは。そしてそんなみのりさんだからこそこの学校のマドンナ的存在になってるわけで。
「み、みのりさん!」
顔をほんのりと赤く染めた男子生徒が僕の席をすり抜けてみのりさんの元へと向かう。なんの用なのかはなんとなく分かってしまう。というか皆理解してるのだろう。その少年とみのりさんからみんなが少し距離を置き、息を潜める。
「あ、あの…」
「どうかした?」
少年にふわりとほほ笑みかけるみのりさんにクラスの9割が小さな悲鳴をあげる。残り1割は多分ガチ恋勢だ。気絶しかけている。
「ぼ、ぼく、ぼくとっつ、付き合って貰えませんか!!」
ギュッと目を瞑りながら告白した少年に気絶しかけていたガチ恋勢の皆さんが目を覚まして少年をじっと見守る。あれは別に優しく見守ってるわけでもてめぇ何抜け駆けしてんだってキレてるわけでもなく、ただただ現実を受け止めるべく無になって見ているだけだと思う。あれらはいつもそうだから。小さな悲鳴をあげていた残り9割はヒソヒソと何やら話しながらみのりさんと少年を見守っている。
ちなみに僕はなんとなくみのりさんがなんて答えを返すかが分かっている。
「あー……」
いつもより少し低い声を零しながら困ったように笑っている彼を、告白した少年がじっと見つめる。その瞳は何故だろうか、少し潤み始めている。ときめきのせいか、振られるのではと不安に思っているからか。
「…ごめんね、俺誰かと付き合ったりってしないことにしてるんだ」
静かにそう告げたみのりさんに少年が小さくそう、ですか…と返事を返す。そんないつも通りのみのりさんの返答にクラスのみんながほっとしたような息を吐き出していた。ガチ恋勢はいつも通りに戻ったのか固まって何やら話し合いを始めている。多分告白した少年は数日後にはあの集団の中にいるだろう。みのりさんに告白した人は大半ガチ恋勢の仲間入りを告げているのだ。
いつも通りざわざわと五月蝿くなり始めたクラスの中、ちらりとみのりさんを見てみれば彼は誰にも見られないように少し顔を下げながらふぅ、とため息を吐いていた。
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「ただいま」
ほんの少しだけ憂鬱になってしまう学校の授業を乗りこえ帰宅してきた午後18時頃。寄り道して買ってきた本を机の上に置きながら制服のブレザーを脱ぎ始めた俺におかえり〜と艶のある低い声が告げてくる。
「…みのりさん、なんでいるの」
「なんでじゃないでしょ。同居してるんだから」
「いや、みのりさんの家は隣」
「今夜はハンバーグでいいよね?ひき肉使いたかったからもう作っちゃったんだけど」
「それって僕に拒否権あるの?…じゃなくて」
何故か当たり前のようにエプロンをしてキッチンからひょこりと顔を出してきたみのりさんに思わずそんな苦言を呈してみるが案の定というかなんというか、みのりさんは聞く耳持たずで相も変わらず僕を自分のペースにのせようとしてくる。
そう、この人。三嶋みのりは僕の隣の家に住んでいるいわゆる幼馴染。みのりさんが嫌う言い方をすればお隣さんなのだ。仕事の都合で海外に住んでいる僕の両親に代わり僕の世話をせっせっと焼きたがるみのりさんは学校にいた頃とは違いへにゃへにゃとした気の抜けた顔を浮かべている。
「俺を追い出したいんなら俺より早く帰らなくちゃ」
「みのりさん追い出すとこ見られたら僕がクラスで生きていけない…」
「そんなことないよぉ。みんなたーくんのこと好きだって」
たーくん、と俺の愛称をにこにこと呼ぶみのりさんにこれ以上何か言っても無駄だと悟ってがくりと肩を落とせばその様子を見たみのりさんは嬉しそうに「ご飯の準備するね」と再びキッチンに戻っていってしまう。その様子を見ながら椅子に座って今日買ってきた本の表紙を暇つぶしに撫でる。ざらざらとした紙質はわりかし僕好みで、買ってよかったと思った。
「そう言えばみのりさん」
「なぁに?」
「今日告白断ってた時言ってたことだけど、なんで誰とも付き合わないことにしてるの?」
「えぇ…だってほら、俺たーくんのお世話したいし」
「しなくていいから、しなくていいから」
「そんな照れなくてもいいのに」
「照れてないし」
みのりさんはモテるというのに何が楽しいのか俺の世話があるからと告白を断っているらしい。別に生活能力が無いわけじゃないんだしそういうのはいいと言っても聞こえないふりだなんだでするりするりとかわされてしまう。
「みのりさんせっかくモテてるんだから彼氏でも彼女でも作って自分の人生楽しみなよ」
「それ言うならたーくんだってよく告白されてるでしょ」
「週五のペースで告白されてるみのりさんと月一ペースの俺を一緒にしないで」
「今の台詞クラスの男子が聞いたら飛び蹴りしてきそうだね」
「…あぁうん…そうだね…」
確かに今の発言は迂闊だったかもしれない。いやでもそんなことはほんとどうでもよくて。
「僕なんかに人生使わないでみのりさんのために人生使いなよ」
「俺は好きでたーくんのお世話してるの。だってたーくんほっとくと1人でなんでもかんでもやっちゃうし」
「それは…いいことなのでは…」
「俺にとっては悪いことだから」
「あぁそう…」
再びがくりと肩を落とす俺の目の前にことり、と焼きたてのハンバーグが置かれる。そのハンバーグの隣に置かれたサラダは新鮮なものを使ったのか野菜がツヤツヤと輝いている。
「たーくんご飯は大盛り?」
「普通」
「はーい」
みのりさんの質問にサラリと答えてからしまった、と頭を抱える。これじゃあ完全に彼のペースである。またお世話をされてしまった。明日こそは拒否しないと。僕がダメ人間になってしまう。はいどうぞ、と渡されたお米は炊きたてなのだろう、ほかほかとあたたかな湯気をたてており思わずお腹がくぅ、と小さくなってしまう。
「…洗い物は僕するから」
「えぇ、俺やるからいいよ?」
いただきます、と手を合わせてから直後に告げた言葉に不機嫌そうに返事を返してくるみのりさんは、どこから見ても魅力的な人なのだろう。
僕の隣には1人、有名人がいる。別に芸能人でもなんでもない彼の名前は三嶋みのり。僕の世話を焼きたがり、僕の世話があるからと謎に一途さを発揮して告白を断りまくっている変人だ。
勝手に同居までしてくる彼のことを、僕はなんだかんだ好いてるんだと思う。
……親友的な、意味でだけれども。
to be continued…




