you dont cry Ⅸ
呪いの蓄積量が限界を超えた彼女は魔の眷属へと堕ちた、もはや人でなくなってしまったからには‥‥血の一族の掟に従って‥‥ここで楽にしてやるほかない。
「フリアイア‥‥いくら追放された身と言えど助けを求めてくれれば10年の時間を与えてやることも出来たのに‥‥なぜしなかった?」
「私はぁ‥‥血の一族なんかにぃ‥‥産まれたく‥‥なん、か‥‥あぁああああ!?」
奇声を上げて血が出る程頭を掻きむしるフリアイアを見据えて、狙いを胸へと絞る。
「そうなってしまってはもう‥‥」
「ウル様ぁ‥‥フリアイアを楽にし‥‥なくていいんだよぉあははあはは!!」
私達は呪われた血の一族、一族の習わしに反発し離れていく者はみな魔の差し金により眷属へと堕とされる、一度でも堕とされてしまえばそれはもう人間じゃない、魔の者として狩られる。
強い私怨を抱くものが魔の者達には好まれ、時間を掛けて眷属へと変えられていく、私達はそれを防ぐ為の血の一族。呪われた業を背負いし穢れた一族。
「ウル様ぁ‥‥私の‥‥お腹を‥‥裂い‥‥て」
フリアイアは口をだらしなく開け、端からヨダレを垂らして服をたくし上げた、華奢な身体を持つ彼女の腹は不自然なほど大きく膨れ上がっていく腹。
「お腹の中で‥‥蠢く‥‥」
膨れ上がった腹の内側で何かが蠢いている。明らかに何かが入っているのだ‥‥セレル・リーペイという騎士長なのか、それとも別の何かなのか?
「魔の眷属、穢れた異端者共‥‥我が一族の者をそうまでして憎むのか。」
魔の者達‥‥貴様達が如何なる手を使っても私達を滅ぼす事など出来ない。私がそれをさせはしない。
「貴様らを堕としたのは我が先代、私の父だ。先代の罪は私が背負う、私が罪を晴らす、私がそなた等を罰する‥‥許せよフリアイア。20年前の赤い夜にお前を逃がしたりしなければ‥‥こんな事にはならなかった」
先代だけじゃない、フリアイアを眷属へと堕としてしまう原因を作った私にも責任がある。
「ウル‥‥様ぁ」
「フリアイア‥‥貴様を父の元へと送ってやる、貴様の父を殺めたこの私がな。」
数えるのをやめるほど人を殺してきた、血のつながった家族だった者も、疑いのかかったフリアイアの家族も‥‥すべてこの手で臓物を引きずり出し、苦しめて殺してきた。
今更もう一人殺した所で、どうにもならない血の呪い。
「お願い…するわ。するわけないだろぉおお!!」
フリアイアの言葉を言い直すようにフリアイアの声で別の者が言葉を覆いかぶせた、貴様達を一匹残らず始末するまで私はいくらでも血の道を歩こう。
「貴方‥‥は…泣かない‥‥」
「‥‥フリアイア、貴様の名は忘れない、私の一部となって‥‥呪いの終わりまで共に。」
友の妻だったフリアイア‥‥。
いつからか心というものを忘れた私が思い出すことの出来る優しい記憶。
「‥‥セレル・リーペイ、魔の者達に喰われてしまったか‥‥すまない、間に合わなかった。」
腹から引きずり出したセレル・リーペイは死んでいた、生きたまま首をフリアイアに噛み切られたのだろう、身体を乗っ取られそうになる前にフリアイアが自身の痛みを持って施したんだ、顔は苦痛に歪み、髪の毛は白く染まったセレル・リーペイはフリアイアの腹の中で人のまま死ねた、それだけでも‥‥よかったのだろう。
「ウル‥‥様」
「間に合ったよフリアイア‥‥」
臓物を引きずり出され、腹の中が空っぽになったフリアイアはまだ息があった、分家と言えども呪われし一族の血を受け継いでしまっているせいですぐには死ねない‥‥
「もう自分ではどうにもできなかったんだな、せめて人のままで‥‥」
「えぇ‥‥顎が千切れたわ‥‥人間を食べるなんてどうかしていると自分でも思うわ。」
フリアイアの金髪は徐々に銀髪へと色を変えていく
「私の人形に気付いてくれなかったら‥‥私はもう彼方へと行ってしまっていた、感謝するわ‥‥」
「あぁ‥‥貴様は昔から自分ではどうしようもない時、人形を使って知らせてくれていたな‥‥」
美しいフリアイアは急速な老化を始め、見るも絶えない老婆へと変わっていく。
「助かったわ‥‥ウル様、私はもう行きます。」
「‥‥あぁ、すぐに奴も貴様の所へと送る、それまで待って居ろ。」
老婆となったフリアイアの目から生気が消えた。
一族の中で半端者と呼ばれた彼女は、なんら一族に関係の無い貴族の男と家庭を作り子を為した、血の中にある魔に魅入られた男は自分の子を切り殺し、その血を飲んだ。
男の体には呪われた血が混ざり男は我らの招かれざる血族となってしまった、そこからフリアイアの生活は狂い、子を殺された事による衝撃がフリアイアを追い詰め、子を失った時よりもさらに狂わせた。
「‥‥貴様の髪を貰っていく、然るべきやり方で貴様の無念を晴らす。」
老婆の長い髪を切り取り、二つの死体に火を放った。
燃え盛る火から人の身が焼ける匂いが漂い、煙と塵になった二人は凄惨な出来事など無かったかのような青空へと昇っていく。
私は胸に刺した花を撫で、ただそれを見ていた。