i didnt cry Ⅴ
「離せぇぇぇ!! ここから出せぇぇ!!」
部屋にまで聞こえてくる怒声、活きがいいとはこのことを言うのだろうか。
気絶させた騎士達を連れ帰り、獣や魔の者を閉じ込める為の地下に監禁し始めて約3週間が経過した。
並みの者ならとっくに生気が抜け落ちたような顔をしていてもおかしくはない長い時間が経っていても、衰えを感じさせない男達の声を訊いていてそんな感想すら湧き出て来る。
今の時期は冬、訓練をしている者達でも、あくまで身体を動かす機会があれば最初こそ寒さに凍えても、徐々に温まり凌ぐことは出来る。
捕虜‥‥というのは少し違う、一応は客人として扱って居る、彼らは王国の騎士であり、私を敵として捉え襲ってきたのだ。
そんな輩を客人用の部屋になど置いて置ける訳がない、この為だけに一部の地下を改造した手間までかかっている。
「それにしても、元気ですなぁ。」
「あぁ。メイド達に伝えろ、最小限の接触で済ませろとな。」
「畏まりました。」
もちろん食事も与えている、大の男でも満腹に出来る程にだ。
粗末な食事を与えるつもりは毛頭ない、私の自慢の料理人にわざわざ作らせている。
「ウル様‥‥」
「なんだ?」
「ワインをお持ちしました。」
当然、防寒にも力を入れて、寒さを感じさせず、快適に眠れるように毛布や清掃も滞りなく行き渡っている。
それだというのに‥‥
「ウル様、私共はウル様の為ならば死ねと申されれば死にます。ですが‥‥夜な夜な‥‥」
「ああまでも五月蠅いと‥‥仕事に支障が‥‥」
「少しぐらい静かにして頂かないと‥‥明日に響いてしまいます。」
食事、清掃、主だって苦言を申し出てきているのはそれらの担当を任せてあるメイド達。
言いたい事はよくわかる。私だって夜な夜な怒声が聞こえれば休むことも出来ん。
「お前達の言いたい事は分かる、改善しようと私も今考えて居る。すまないが、もう少し耐えてはくれまいか?」
「ウル様がそう仰るなら‥‥」
交代制にしてもかなりの負担になっている。
次第に病む者まで出て来るだろう、早急に対策を取らなければならない。
「ウル様、食材の買い足しの許可を頂きたいのですが‥‥」
「あぁ、いつもすまんな。金の事は気にするな、お前達に任せる。」
「ハッ‥‥ありがとうございます。」
料理人達にも影響が出始めている。
顔色が見るからに悪く、料理の味が少しばかり落ちたと思える日があるからだ。
「そろそろ‥‥限界のようですな、如何お考えのおつもりでしょうか? 旦那様。」
「そう言わないでくれ。わかっている。お前達、少し一人で考えさせてくれ。」
「畏まりました。」
この事態を解決しなければ、この屋敷から出て行く者も出て来るだろう。
「ふぅ‥‥」
ワインを流し込むが、いつものような芳醇な香りが鼻を突き抜けない。
私も疲れを感じているようだ。
私が自ら、彼らと話さなければ解決はしないだろう。
仮に話を聞いてくれたとしても、一部は剣を収めたりしないだろう。
「‥‥‥‥一人にしてくれと言ったはずだが?」
申し訳ありません‥‥そう小さく囁く。
「ウル様に、ワインだけでは物足りないだろうと思い、ツマミのほうを‥‥」
「‥‥今日は小言を言わないのか? ガイス。」
「ウル様に小言など‥‥そんな大それたことなどこのガイスが出来ますまい‥‥」
「よく言う‥‥貰おう。お前も付き合え。」
「謹んでお付き合いさせて頂きます。」
私が小さな頃からここで執事をしている男、年齢を数えるのを止めた私達は今いくつなのだろうか。
お前は老人の姿で、私は、変わらない優男の姿のままだ。
年齢ははるかにお前の方が上なのに。
「息抜きも必要ですよ、ウル様。」
「‥‥‥‥私の事よりもメイドや料理長達のほうが優先だ。」
「確かに‥‥客観的に見ればそうでしょうな。」
「苦労を掛けているのはわかっている、だがもう少し耐えて欲しい。」
「私のような老いぼれは構いませんがね、何分、メイド達は若者であり女子‥‥料理人達もそこそこな年齢ではありますが、そろそろと言った所でしょうか‥‥?」
「やはり小言を言いに来たのではないか。」
「ハッハッ‥‥そんな大それたことは‥‥」
狸ジジイめ‥‥だがお前の言う事は最もだ。
「早急に手を打つ。場を整えろ。」
「では‥‥明日の昼頃にでも、お食事は?」
「運ばせろ、剣の支度を忘れるな。」
「畏まりました。我々以外は休日ということで外に出てもらう方針ですね?」
「あぁ、金はお前が渡してくれ。際限は考えなくていい、去られたとしてもしばらく生きていけるぐらいに渡して構わん。」
「分かりました‥‥求人の方もやっておきましょう。まぁ、去る者など1人も居ないと思いますがね。」
「どうかな、居なくなるのは惜しいが、人だからな。」
「人というのは‥‥すぐに死んでしまう生き物ですからなぁ。」
「彼らには幸せに生きる権利があるし、主として、それを約束する義務がある。」
「確かに‥‥ウル様はそれを為す責任がございます。」
そう、この館で働いているのは全てが訳アリだ。
料理人達は自らの仕事場で合った城や店から、理不尽で追い出された者達。
メイド達のほとんどは小汚い豚に捕まり、盛りの年頃を無下にされ、屈辱を生きた者達。
清掃員達のほとんども理不尽により貴族から追い出された者達。
「皆、ここで十分な貯蓄を作ったはずだろう? ガイス。」
「えぇ、城で働く者達よりは多く貰って居ますよ。」
「なら、幸福になる為の土台は十分に出来たはず、後は彼ら次第だ、連絡手段は残しておくように伝えろ、何かあった時ここに逃げてこいとも伝えておけ。」
「畏まりました。ですが先ほども言ったように、ここから逃げ出し、去る者など、1人も居りませんよ。」
「何故わかる?」
夜な夜な、血に濡れた私が帰ってくるたびに、お前が余計な事を言って全員で私を迎える。
休んでいる者を起こすなと言っても、お前は彼らを叩き起こしてまで‥‥そんな事をされて逃げ出さない者などいないだろうに。
「皆、ウル様をお慕いしているからです。確かに生活の水準は以前よりも良くなったものも居るでしょう。給料に目を見開いていた者も居ました。ですが、依存とは違います。」
「何が違うというのだ?」
「簡単にございます、ウル様がお雇いになられたメイド達、あの少女達は目の前で人を殺されましたが、彼女たちは自分達で出来ない事をやってくださった貴方様に恩を感じたのです、そしてあんな寒い夜、汚れや病気など、大変だったのにもかかわらず、ウル様は服や食事、寝る場所、給料を与えたのです。何より分け隔てなく、高慢さをひけらかさず、1人の人間として接してくれるウル様を尊敬しているのですよ。」
「当然ではないのか? あのような豚に弄ばれていれば誰でもああするだろう。ただ彼女たちは力も生気も尽き掛けていただけのこと、どちらかがあれば彼女たちだけでやったはずだ。」
「確かに、仰る通りです。ありていに言えば、運がよかったとも言えます。ですが、運が良いだけで、血に濡れたウル様の衣服を丁寧に洗い、馴れないメイドの仕事を必死にこなそうとする者達が逃げ出すはずがないのです。」
「‥‥‥‥ガイス、彼女たちに私の衣服を洗わせているのか?」
「えぇ、最初こそ私がやっておりましたが、彼女たちからやらせてくれと言いはじめましてね。出会った頃は生気を感じられない目でありました、ですが、その時は本来の輝きを取り戻した目でしたので‥‥任せてしまおうかと。」
「お前という奴は‥‥」
「ハッハッハッ‥‥若者は力強くて良いですな。」
勝手な事を‥‥
「メイドの仕事を教えたのもお前だな?」
「はい、ついでと言ってはなんですが、少しばかり教養の方も‥‥」
「‥‥‥‥」
「そう睨まないでくださいウル様、彼女たちには必要なことですよ。」
「‥‥‥‥最もらしく言うな。全く。」
私が睨みを利かせても、なお言葉を続けるガイス。
「料理人達に限っては、言うまでもありませんが、あえてここは言わせて頂きましょう。ある程度大人として生きて来た彼らにも、彼女たちのように理不尽が襲い掛かり、海の底の様に沈み切っていたところを、ウル様が拾ってきたのです。確かあの時の言葉は‥‥‥‥何でしたかな?」
‥‥覚えている。鮮明に。
「あぁそうでした、そこで座り込むくらいなら、私の所で料理の腕を振るまえ‥‥でしたか?」
貧困や、嫉妬、言われようのない罪、些細な因縁、折り重なってしまった理不尽な不幸が、彼らを地面で生活させる事態に追いやった。
食事も満足に取れず、頬がこけて、目の下には夜の闇よりも黒い隈を作った彼ら達。
「あの4人は、ここで働き始めて随分と変わりました。最初こそ身体の不調が出ていましたが、今は過去の姿を取り戻し、作りたかった料理や従来の料理に創意工夫をし味に飽きさせない努力を惜しみません。現在では私にではなく直々にウル様の元にまで来て、食材の買い足しや新しい料理を作る為の許可を貰いに来るほどです。現に、彼らは以前に振るっていた料理の腕をさらに上へと昇華させているでしょう。」
「‥‥‥‥そうだな。」
「正直、私ではもう貴方方の舌を満足させられる物はお出しできませんね。」
「‥‥よく言う、新作は一番最初にお前へと出すではないか。」
「当然です、私はこの屋敷で働く者達の統括であり、半端な出来の物など一切認めませんし、ウル様にお出しする訳には行きません。」
「厳しすぎると逃げ出されるぞ。」
「ウル様は甘すぎるのです、ですが、それがここでは丁度いいのですよ。」
「甘やかしたことなどないはずだがな‥‥」
「何を仰いますか‥‥? 1週間に2回の休みを与え、給料は城の物より多く出し、彼らが欲しがる物を際限なく与え、彼らが気を使わないように近くに家を建てさせここに通わせる。これを甘やかして居ないと言うのですか‥‥?」
「帰る場所を一時的に用意しただけだ。金だって言う程渡してはいないだろうに、欲しがる物も何も、ここに帰ってくる途中で覚えていたから買ってきただけだ。」
頭を抱え溜息をつくガイス、私は何かおかしなことをしているのだろうか‥‥?
「城に住む王でさえ、忠実な家臣にそのような事は致しませんよ。」
「懐の狭い王も居るのだな。」
「はぁ‥‥清掃員達も料理人達のような不幸に襲われここで働いていますが、彼らの仕事ぶりは正直な所を申しますと、出て行ってほしくないほどです。」
「彼らはいつ寝ているんだ? 庭を覗くたびに働いているように見えるが‥‥」
「交代制で常に庭を手入れしています、最近ではウル様が手に入れて来た異国の花を花園にて栽培にも携わっています、美しい姿なので、明日にでも見に行ってはどうですか?」
「‥‥‥‥」
「‥‥すみませんでした。出過ぎた事を。」
「‥‥構わん。気にするな。」
フレイが愛した花園、彼女の為に、作らせたのだ。
だが彼女はもう居ない、清掃員達は庭師でもあり、フレイを知っている者もいる。
「フレイは、彼らにいつもお礼を言って居たな。」
「‥‥‥‥彼らはウル様とフレイ様お二人の為だけに、あそこを守り続けて居ます。私が言うのもなんですが、人間の中ではもう良い年でありますし、少しくらい、休まれてもよいのですがね。彼らは、お二人がいずれまた、ここに来てくれると信じ続けているのでしょう。」
「‥‥‥‥フレイはよく彼らと話をしていた。花の事はよくわからないが‥‥とても楽しそうにしていたのは覚えている。」
「‥‥‥‥はい、フレイ様の墓標に、常に一輪、添えられております。」
「あの花は、彼らが‥‥」
「‥‥はい、花のようなフレイ様が、花の傍に居ないのはおかしい‥‥そう言って。」
「‥‥‥‥確かに、そうだな。」
「今年も‥‥綺麗に咲いておりますよ。ウル様。」
「‥‥‥‥あぁ。」
私の部屋にも、花瓶に刺された、一凛の‥‥赤いカメリア。
「‥‥思い出す。あの鮮やかな赤い髪を。」
「はい‥‥」
カメリアを見つめて、ワインを飲みほした。
赤い椿の花言葉は複数ありますが、私は西洋の言いましがとても好きなので、そちらの意味合いで使わせて頂いております。
花言葉は「You’re a flame in my heart」〈あなたは私の胸の中で炎のように輝く〉