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あの日見た星

作者: ヒートテック

短い、あまりにも短い!

「それは一年を通して色んな星座の星が流れるので四季折々の風物にもなっているんじゃないかと僕は思う」親父は良く夜山まで車で行き、森の中で木がなく拓けた場所で俺を膝に乗せながら言っていた。俺はそれを子守唄さながらに聞いていて、そしてこの天体観測を毎年続けようと思いながら、星が線をえがききえるまでの刹那に願い事を三回言おうと一生懸命だった。

 でも二年後、俺の天体観測は日本という国の法に阻まれ、もうあの頃のように真夜中に流星群を見ることはおろか、澄んだ空気の夜空を見ることすら出来なくなってしまった。それから十年が経った。

******

 五月、青みを帯びた風が一番後ろの窓側の席にいる俺の所に吹いてきた。ああ、もう夏なんだなとぼんやり外の方に顔を向け、目を細めたのが悪かった。

「そこの、あー窓側の席の一番後ろ! 私が何を話していたか答えなさい! ……ついでに名前も言いなさい」

 髪の毛が薄すぎてもう潔く一本にしてしまえばいいと思うような頭のダルマみたいな顔の教師が怒鳴ってきた。別にチラッと窓の外を見ただけでちゃんと聞いてたので問題はない。俺は白い机の上にあるタブレットに目を落としつつローラーの付いたイスから立ち上がった。

「二〇一七年、日本の子どもたちの学力はは先進国の中でも最下位になり、国は翌年二〇一八年義務教育を高校にまで引き上げ、更に小学校に上がると同時に親元から離させて寮住まいにし、子どもたちの学力は上がった。これをゆとり教育ならぬ矯正教育と言う。名前ですが、市ノ瀬 鋼(いちのせ こうです。後、生徒の名簿は教壇の中にありますよ」

「そ、そうか。ありがとうな市ノ瀬、もう座っていいぞ」

 俺はゆっくりと物音が立たないようにイスを引き寄せ座り、タブレットの上にペンを滑らせ始めた。タブレットなのだから指でいいじゃないかと先月の入学式の日に配布された時に思ったが、先時代的とはいえ字を書くというのは頭に入りやすいと校長直々に話された時は、あんたの頭が時代遅れだからそう感じるだけだろと心の中で舌打ちをしたものだが、割と書いていた方が確かに覚えやすい。そんなことを考える間に授業の終わりとお昼の始まりを告げる電子音の鐘が鳴った。

 今日の俺はお昼ごはんを誰かと食べる事はしない。授業と授業の間にある昼休みは短く、飯を買い席に着きクラスメイトと駄弁る、それだけで終わってしまうのだ。だが今日の俺には図書室に行くという用事があるので誰かと食べない、それだけだ。この学校は図書室が教室棟とは違う棟にあるので渡り廊下を渡らないといけなく少し遠い。しかも一年生は四階図書室は一階なので、階段も昇り降りが激しい。グダグダ考えても仕方ないので購買で昨日のうちに買っておいたパンを咀嚼するのも時間が惜しいと思いつつ食べ終え、教室の白が基調のドアを開け、急いだ。

 図書室に着くと、俺は廊下の壁を見た。廊下には今月入った新しい本が一覧となって貼り出されているからだ。そしてお目当ての本が入っていることを確認し、青色のドアを開けた。手前あたりが目的の本がある場所なので読みたかった本はマニアックなのもあるがまだあった。

「すいません、これを借りたいです」

 二週間も借りられるのか……高校は違うなと中学との差に少し喜びながら昼休みがあと少しだということを思い出した。また走るのも良いが、借りた本を今すぐにでも読みたいという気持ちがあったので両方を取ることにした。走りはしないが、歩きながら読むである。俺ながら一挙両得な気がする。そう思い本を開き読みながら歩いていた。当たり前だが二宮金次郎さながらに歩いていれば曲がり角から来る人影に気づくのは難しい。案の定俺は曲がり角の向こう側から来る人に気づけずぶつかってしまった。

「おっと」

「ひゃっ」

 それも相手は急いでたらしく尻餅をつかせてしまったらしい。こっちは何ともないなと思ったら相手は身長に不釣り合いな紺色のコートに、茶色のロングブーツ……? 上履きにはどう見ても見えない。

「すいません、大丈夫ですか?」

「……」

 何故か黙ってこちらを見ている。向日葵のような黄色の前髪を真ん中だけヘアゴムで纏めていてクリンとした大きな緑の瞳はネコ科の動物を彷彿とさせた。

「その本」

 俺がそうこう思ってると人差し指で本を指していた。

「本? もしかして君もこれを借りに?」

「うん」

 まさかこんな本を俺以外に借りる人がいるとは、驚いた。だけど、一冊しかないのを俺が借りちゃったし、読みたいから何と言葉を掛ければ良いんだろう。……よし。

「そっかそっか、まだ一冊あったから、急いだ方がいいよ」

「えっあるの? ありがとう茶髪!」

「茶ぱ……」

 その女の子はまた駆けていった。嘘も方便って言うし今のうちに教室に戻るか。それにしても茶髪……髪型とか特に決めてないし、顔も特に特徴が無いから、そう呼んでもおかしくないか。本を読まずに渡り廊下を小走りしていた所、

「ちゃーぱーつー!!」

 小さい獣の慟哭が遠くから聞こえたので俺は全力疾走に切り替えた、この距離で追いつかれるとは思わないけど、念のため。あのチビには悪いけど、俺もこの本――今年の流星群特集が載ってるこの誌だけは読みたかったんだ。そして教室に着く頃には、電子音の鐘がちょうど鳴った所だった。


*****


「おーい、君大丈夫か?」

 凛とした男の声が聞こえ、目を開けると若葉を陽に透かしたような髪と優しそうな顔の人がこちらを覗いていた。キラリと左耳の十字架に角を生やしたような赤いピアスがなんだかこの人と不釣合いに見える。

「うう、ここは? というか、俺確か」

 そう、確か授業が終わって他の奴らが限られた時間の中で唯一好きなことが出来る時間と言っても過言ではない部活の時間になり、入ってない奴は読書だけは許されており教室を出て自分の寮に戻ろうとして、してから記憶がない。

「すいません、ここどこですか?」

 男のほうに声を掛けると、俺がボーっとしていた間にいつの間にか紅茶を入れていたようで差し出してきた。

「ここはね、天文部だよ。オレの名前は秦野心はたの しん三年生だ。何で君がここにいるかというとだ」

 秦野先輩はそう言うと俺がいたソファの死角から何かを掴みあげた。って、あれは――さっきの女の子? 

「あ、あはは。いやーさっきぶりだね」

 襟首を掴まれ宙吊りの状態で挨拶をされた。

「あの、秦野先輩。この子が何か?」

 秦野先輩はため息をつきながら空いている片手で首に手を当てながら、申し訳なさそうに言った。

「このバカが君から本を奪うために校門で待ち伏せ、首に手刀を打ち、気絶させ本を奪おうとした所をオレがたまたま見かけて仕置きをしたわけだ」

 欠落していた記憶の一部始終を聞いて、納得した。どうりで覚えてないわけだ。恨みを込めて睨みつけると睨み返された。

「ウチ悪くないもん。コイツが嘘ついてウチを騙したから、力ずくで奪うしかないと思ったんだもん」

 見かけはただの可愛い女の子なのになんて考えをしてんだこの子、暴走族かジャイアンの遺伝子でも組み込まれてるんじゃないか。

「だからウチのはせいとうぼうえい的なのだよ! ウチ悪くなイタいいいいあ、頭がかんぼつするううう」

 言い訳というか反論を言っていた女の子が襟首を掴まれるではなくアイアンクローに、宙吊りから拷問に、クラスチェンジした。

「だとしても、限度があるでしょ。毎回毎回アンタのトラブルはオレが解決するんだからなっと」

「ぐへっ」

 拷問から開放されて変な声が響いた。こっちが騙したのは確かなので罪悪感が沸いたが、首の痛みが罪悪感を否定しているのでやっぱ止めた。

「そうだ、ニラが奪っていた本返すね」

 ニラ、というのは女の子の名前で間違いないだろう。あだ名なのか髪が黄色いし、本名なのか分からないがまあいいだろう。

「そうだった、時間」

 俺は部屋にあった壁掛け時計を見た。もう寮に戻り、勉強しなければならない時間になりかけていた。寮までは校門を出て直ぐなので門限に間に合うが本を長くは読めそうにない。ガッカリしている俺にニラが痛みが引いたらしく不思議そうに言った。

「明日返さなきゃいけないわけじゃないんだから、そんなにおちこむことじゃないじゃん」

「何回も読み返したかったんだ」

 尚も不思議そうに聞いてくる。

「だったら返してからまた借りれば良いじゃん」

「この本は俺が返した後、他の学校に移動されるんだ。司書の人に無理言ってこの学校に送ってもらったからね」

「え! そしたらウチ読めないじゃん!」

 驚いたように大声で言った。にしても声の大きさも顔の表情もコロコロ変わって忙しいやつだな。

「それは俺は知らん」

「えー! こうなったらまた奪うしきゃうっ」

 手刀を構え物騒なことを言っているニラの頭にげんこつが炸裂した。もちろん俺ではなく秦野先輩が文字どうりの鉄拳制裁をしたのである。頭が硬かったのか手を振りながら秦野先輩がこちらを向いた。

「そういえば君星が好きなのにどうしてうちに入らなかったんだい? ニラが襲った状況的に君読書部だろ?」

 昔は部活に入らずそのまま帰宅する人らを帰宅部と言うように、わが校では読書をするので読書部と呼ばれている。俺は秦野先輩の質問に、すぐには答えずぐるりと部屋を見る。望遠鏡や星座早見表等天文部らしいのがあった。だけどいくらそれなりの物が置いてあろうと俺は興味をそそられ入る、という考えには至らない。

「だって、星はどこだって見れますけど、常に明るい学校からでは少ない星しか見えないですし、だからと言って夜に校外には出てはいけないじゃないですか。そんな中途半端な星ではなく、俺は澄んだ空気の中で見たいんです。なにより、一番好きな流星群がこの学校では見れないのが嫌で、形だけの部に入るぐらいなら一人で本を読んでるほうが良いです」

 長々と言ってのどが渇いたのでさっき貰った紅茶を飲む。もうぬるくなっていた。

「そうか、君の気持ちは分かった。今月だと琴座の流星群が見えるな。確か、日にちは今日からか、うん。君は勘違いしているよ、茶髪君」

「また茶髪……えっと勘違いってのは?」

 名前を言うのもだるいので聞く気はないみたいなので俺の気になることを聞いた。

「うちにある望遠鏡は飾りじゃない。そして学校からでしか見ないわけではない」

 俺はきっと信じられないというような目で見ているだろう。

「まさか、校外に出たりしてるんですか? 出るのは難しいですし、何より見つかったら少年院行きかもしれないんですよ」

 学校の規則を破った者は非行少年とみなされ少年院に送られることがある。そこでは部活の時間さえ、羽を伸ばす時間さえないのだ。そんなことは三年生である秦野先輩なら分かっているはずだ。だが秦野先輩はこちらの目を真っ直ぐに見つめ答えた。

「オレは、それだけのリスクを冒してでも見に行く価値があると思うよ」

「っ!」

 そう、言うのは分かっていた。そう言うのを俺が待っていたのかもしれない。もう長い間星を見るということを諦めていた自分に、中途半端に希望を見るなら見ないほうが良い、そう思っていただけに秦野先輩が眩しく見えた。秦野先輩はニッコリと笑いつつまた口を開いた。

「今日にでも流星群が見え始める日だから、体験入部ということで来るかい?」

 この提案に乗らないという選択肢は俺にはもうなかった。


*****


「もう外していいよ」

 俺はそう言われアイマスクを外した。体験入部だからってことで目隠しをされて導かれるがままに付いてきたが、ここはもう山の中らしい。山の近くに学校があるので不思議なことではないのだが、こうもあっさり出れるもんかと肩透かしをくらった気分だ。秦野先輩から懐中電灯をもらい、先に叫びながら先頭を走るニラに付いていくことにした。

 三十分くらい歩いただろうか。歩く俺に対しニラは走っていたので付いていくどころか見失ったが秦野先輩がいたので無事目的地に着くことが出来た。いつも星を見に来る時にはこの拓けた場所で見ているとのことだ。俺は地面にあぐらをかいて星が降るのを待つことにした。秦野先輩は水筒に紅茶を入れてきていたらしく更に簡易式の椅子まで持って来ていたのか椅子に座っている。ニラに関しては望遠鏡を覗いて星を見て――いや、鼻風船が薄暗い闇の中でかすかにだが分かるので、寝ているようだ。全力疾走して目的を見失っているけど、どうしよ。

「秦野先輩、ニラさんねてますけどいいんですか?」

「いつもだから気にしないで良いよ」

 いつもなのか、何のために来てんだこの人……。

「そんなことより、そろそろじゃないかな」

 そうですねと相づちを打とうとした時だった。視界の端がキラリと光ったかと思ったら瞬いたら見逃してしまうくらいの速さで消えた。それを皮切りに次々と流れていく。

「琴座流星群ていうのはね、昔からある流星群の部類に入っているんだ。記録によれば二千年以上前から観測されていたんだ。更に流星群は月の齢で見えるかどうかも結構変わってて――って聞いてないか」

 秦野先輩がうんちくを話していたが、俺の耳には届いてはいなかった。

 懐かしい。昔見た流れ星と今の流れ星は全く変わらなかった。きっとこれからも俺が大人になって辛い時でも老人になって退屈にしている時も、当たり前のように四季によつて弧を描きながら流れていくのかと思うと、なんだか無性に嬉しくなった。

「久々に見たのに、全然変わらないものですね」

「そうだね、星は僕らからしたらあまりにも大きすぎるからそう感じるんだろう」

 俺はまだ星がたまに降ってくるのを見ていたが満足したので腰を上げた。すると秦野先輩声を掛けてきた。どうやらそろそろ帰るんじゃないかと見越して身支度を済ませていたらしい。

「どうだった?」

「とても感動しました、また見に来たいなって、思いました」

「星の感想もそうだが、うちの部に入っての感想も聞きたいな」

 そうか体験入部だったんだ、忘れてた。さっきも言ったが俺はまた、来れるなら来たい。来月はどんな星が降るのか、見てみたい。

「最高です、この部活。俺、天文部に入ろうと思います」

「よし、そうと決まれば部室に戻って入部届を書こうか。もう夜だけどまだ部活している奴らはいるだろうから帰る時はそいつらに交じって帰るとしよう。文化部だとバレると厄介だからね」

「はい!」

 澄んだ星空を背に俺と先輩は急いで帰った――一人、草原で寝ているニラがいることを忘れて。

息苦しい社会と整いすぎた街並みを抜けて、たまには星を見るのもいいのではないですかね

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