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第84話 百鬼と夜行

「百鬼と……夜行?これは奇なことをおっしゃるかと、存じます」

「いやいや、正十郎君?俺は分からないから聞いているんだよ」


 正十郎君はうつむき、しばらく考え込んで、やがて言葉を慎重に選ぶように話し始めた。


「百鬼とは人間を襲う妖怪のテロ集団のようものです」

「ああ、それは天童から聞いた」

「なら、知っているではありませんか。それ以上の事は知らなくていいかと存じます」

「て事はそれ以上の情報があるって事だな?」

「く……!!かと存じます……しかし、それはあなたに話す事ではありません。一般の方が知らなくてもいい事かと、存じます」


 おのれ、こしゃくなちびっ子め。どうしても口を割らない気だな。仕方あるまい。


「おい、百鬼衆の正式な跡取りさんよ。お前の親父が作った団体は本当はなんなんだ?」

「ん?百鬼衆か?実は……」「いけません、夜叉王丸殿!!それは他人に口外する事ではないかと、存じまむぎゅ!?」


 天童を止めようとする正十郎君を抱きかかえその口を塞いだ俺は、呑気にタバコをふかす百鬼衆の頭領になるはずだった男に言った。


「かまわねえ。こんな事件に巻き込まれておまけに変な能力にも目覚めて、今さら一般人もクソもねえよ。話してくれ」

「そうか……なら言うぜ。実は……」

「実は……?」

「俺も良く知らん!!」


 その瞬間、俺と正十郎君は同時に、それも盛大にずっこけた。


「なんで、お前が知らねえんだよ……」

「同感かと、存じます……」


 そんな俺を、脇で傍観していた烏丸さんが正十郎君ごと引っ張り起こしてくれた。ちなみに、天童の珍回答に烏丸さんも苦笑していた。というか、呆れたような顔をしていた。


「修司君には前にちゃんと説明したはずなんだけど……忘れたか、聞いていなかったか……はぁ……」

「て、ことは烏丸さんは知ってるんですね?百鬼と夜行の事を」

「そりゃまあね」

「なら、教えてください!!」

「ふむ……僕は逆に聞いてみたい。君は百鬼のことをどんな風に考えているんだ?」


 烏丸さんは興味深そうに知的な笑みを浮かべ、メガネをなおした。顔こそ笑っているが、きっと重要な質問だ。正しい解答をするべきか、否か……というより、それが分かるのかどうか、と言う事に興味を抱いている。と言った感じが烏丸さんからした。


「どうなんだい、管理……いや、加茂良平君?」

「俺は……百鬼は……人間を取り締まる妖怪の組織なんじゃないかと思います」

「ほう……」

「烏丸さんに妖怪警察の説明をされたとき、おかしいと気づくべきでした。人間に悪さをする妖怪は、妖怪警察が取り締まり、場合によっちゃ八部衆が処刑するってのに、妖怪に悪さをする人間を取り締まる組織がないなんて変です。それじゃ、人間はやろうと思えば妖怪を皆殺しする事だってできるじゃないですか!!」

「う〜ん……それはちょっと恐いね」

「じゃあ、どうすればいいか。妖怪に悪さをする人間を取り締まる……場合によっちゃ処刑する組織を作ればいい。それが百鬼だ」

「ふぅ……まあ、そこそこはあってるね」


 え……自分ではけっこう完璧にあってると思ったのに……


「本来ならこんな事を話すべきではないかもしれない……けど、事ここまで及んだからには君にも知る権利とその義務がある。というか、個人的に君は知ってもらいたいってのが本音だ。百鬼と夜行。妖怪と人間。二つの図式をね」

「烏丸さん……」


 烏丸さんは近くの岩に腰かけると、いつもの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を捨て去り、どこか人間離れした神秘的なオーラを放ちながらタバコに火をつけた。

 これが、この人の自然体なんだろうか?リラックスしているようにも見えるし、緊張しているようにも見える。もしかして、この人からもたらされる情報を俺は聞くべきじゃないのかもしれない……けど、知りたい!!


「君の言う通り、百鬼は人間を裁く妖怪の組織だった。いや、正確には百鬼もと言ったほうがいいかな」

「え……それって?」

「夜行も元々はそうなんだ。というか、百鬼も夜行も設立当初は一つのものだった。二つ合わせて……」

「百鬼夜行……」

「その通り。八匹の大妖怪・八部衆がその眷属として百万の妖怪を引きつれ、夜に仕事を行う。だから、百鬼夜行。仕事はもちろん、妖怪と人間の取り締まり……といか、処刑」

「……今の八部衆が人間にも独断で裁きを下してたって、事ですか?」

「そうだね。だが、それはある時代を堺に人間に悪事を働く妖怪の取り締まりに絞られた」

「ある時代……?」

「平安時代……武士による妖怪の虐殺が横行して以来ね」

「な……!?」


 人間が妖怪を虐殺?……ってなんでそんな事が……いや、それより何でそれで人間に悪さをする妖怪を取り締まるんだよ?普通、どう考えても逆だろそれは……いや、疑問は尽きないがここは黙って烏丸さんの話を聞こう。


「まず、なぜ武士が妖怪を殺すようになったか……それから、説明しよう」

「はい……」

「平安時代の武士は貴族のボディーガードのような軍人だった。しかし、軍人は戦ってなんぼの商売だ。戦がなければ自分の名前を売る事もできない。だから……」

「だから、妖怪を殺したってのか!?そんなの……」

「ストップだ。まずは話を聞きたまえ」

「はい……」

「うん、まあ君の気持ちは分かるし、そう思ってくれるだけで正直嬉しいよ。けど、その時代の武士にとって、そうでもしないと死活問題につながるようなものだったんだ。だから、せめちゃいけないよ」

「そういや、妖怪退治のおとぎ話が平安時代を舞台にしているのが多いのって……」

「そのせいだ。そして、その半分がおそらく実話だろう」


 でも、それならなおさら変だ。なぜ、妖怪たちは自分達を虐殺する人間たちに味方するような真似をしたんだ?


「管理人さん……その理由の一つは単純に戦力的な問題だ。妖怪たちには人間にはない特殊な力があった。けど、それは人間に比べると微々たる物で、さらに戦力になる力を持つ者となるとほんのごく僅かしかいなかった」

「敵わない……だから、降伏した?」

「そうだね。それと、もう一つは……妖怪は人間に逆らってはいけないという先入観といか、そいうい関係だったんだ。何せ、特殊な力を持っているとはいえ、妖怪は人間に比べると遥かに身分の低い“人間”だったからね」

「…………え?烏丸さん?今、おかしな事言わなかった?妖怪が人間!?」

「そうだよ。妖怪とは力を持たぬ人間が、力を持つ人間を恐れ嫌い、疑心暗鬼の中から生み出した架空の呼称に過ぎない。しかし、その実体は、変わった力を持つ人間であり、高度に知性が発達した動物である。考えてごらん?畜生系の妖怪のほとんどは犬、猫、狐、牛……と、言ったような人間の生活に密接した関係の動物ばかりだ。人間の近くにいれば、人語の一つや二つも覚えるさ。まして、それが不思議な力を持つ人間だとしたら、その力も使えるようになるのは、なんら不自然ではない」

「え……でも、窮奇は!?あいつ虎だぜ?野生の虎が人間のそばにいて言葉覚えるか?」

「虎ではないが、明らかに野生動物にも関わらず、人間並みの……いや、人間以上の知能を持つ動物の記録ならあるよ。ただ、日本じゃなくてアメリカの話なんだけど……君も名前ぐらいは聞いた事があるだろ?狼王ロボの伝説を」

「あ……」


 そう言えば、シートン動物記にそんな名前の話があった。たしか、アメリカの何とか州ってとこの何とか平原だかに住んでる野生の狼で、人間との知恵比べにことごとく勝った狼の王……


「あれは明らかに人間を凌駕していただろ?」

「そうか……じゃあ、妖怪ってのは本当はただの人間や動物……!!ちょ、ちょっと待って……烏丸さん……じゃ、何か?平安時代の武士は……人間は……同じ人間を殺していたのか!?」

「そうだ。中には子供の“妖怪”もいたし、罪のないものも大勢いた。そんな妖怪を人間たちは武勇伝欲しさに殺しまくったんだ」

「そんな……」


 やり場のない怒りや悲しさが全身を蝕んだ。やばい、泣きそうだ。俺、そんな事何も知らずにみんなと……謝らなきゃ……人間の代表として。でも、俺はなんていえばいいんだ?なんて謝れば……


「ふ……」


 烏丸さんが俺の心の中を読み取ったように、そっと頭をなでてくれた。


「君が謝る事じゃない。君は何も悪くない。いや、誰も悪くない。ただ、その時代はそれが当たり前だったというだけだ」

「そんなの……そんな事、言われても納得できねえよ!!何をどう考えたって悪いのは人間を妖怪呼ばわりして殺した奴らじゃねえか」

「そう……君と同じ考えを持つものがその時代にもいた。それが百鬼夜行から百鬼として独立し、妖怪を守ろうとした鬼。初代酒呑童子・夜叉王丸……修司君の父君だ」

「天童の親父が……?」


 天童の父親は妖怪なんだから、その時代から生きていてもおかしくはない。だが、おかしいのはその親父が妖怪を守ろうとしただって?


「待てよ、烏丸さん!!じゃあ、何で百鬼の連中は夜行と敵対するようになったんだ?変じゃんか!妖怪に悪さ……いや、この際はっきり言おう。人間を虐殺する人間を退治してくれるならいいじゃないか!!」

「最初はそうだった。だが、次第にそうもいかなくなってね」

「というと……?」

「夜行は人間と妖怪の共存を望んでいる。そこへ争いの火種をばら撒くような存在は無視できないんだ。百鬼衆の目的は本来妖怪の保護だったが、それが次第にエスカレートしていって人間の虐殺にまでいたるようになった。その証拠に修司君の育ての親と友人は灰にされたよ」

「あ……」


 そうか……そうだった。天童の奴はそれで自分の父親である百鬼衆の頭領とその一族郎党を皆殺しにしたんだった。


「ご満足いただけましたか?かと、存じます」

「正十郎君……ああ、満足もしたし、納得もした」

「それでは……」

「うん、それじゃアパートに帰るか」

「そうです。アパートに……ってなんでやねん!!」

「なんでやねんも何も、みんなが腹減らして待ってるからだよ。あいつら、なぜか飯の時間になると102号室に集まって一家団欒する習性が……」

「ちっ…………がーーう!!あなたは管理人をやめるのではなかったのですか!!」

「はて?これは奇なことをおっしゃる。俺がいつ管理人をやめるっていったよ?俺はお前に聞きたい事があるって言ったんだ」

「な、なんと……」


 俺はうろたえる正十郎君の前に仁王立ちし、腰に両手をあてて選手宣誓のごとく高らかにいった。


「俺の疑問は解決した!!」

「あなたの疑問?」

「ああ、お前ら夜行に正義があるのか、それとも百鬼は本当に悪なのか……それが分からなくてお前らに話を聞いたんだ。そして、分かった!!」

「何が分かったと……」

「百鬼も夜行も正しくないし、悪くもない!!」

「は……?」


 正十郎君は呆然とした。何を言っているのか理解出来ないといった感じだ。烏丸さんは声を漏らして笑った。きっと、俺がこう言うのを期待していたんだろう。天童に至っては残念そうに二代目主人公と書かれたたすきを…………お前、いい加減にしねえとマジ殺すよ!?


「それじゃ、僕も君に管理人をやってもらうに一票だ」

「むきゅ!?」


 ありがとう、烏丸さん。


「ようは、飛んで火にいる虫けらどもを俺が皆殺しにすればいいんだろ?」

「むきゅきゅ!?」


 頼むぜ、天童。


「2対1……というわけで、正十郎君。いや、夜行の幹部、八部衆の神野正十郎さん。俺に徒然荘の管理人をやらせてください!!」

「むきゅ〜……2対1ではないかと、存じます……満場一致で可決かと、存じます」

「え……それじゃ!!」

「ただし!!条件があるかと存じます!!」

「条件……?」

「今夜の晩御飯はオムライスにしてあげて欲しいかと、存じます」

「………………ぷ」

「ぷ……?」

「ぷはははははははははは!!」


 盛大かつ豪快に吹き出してしまった。でも、正十郎君の言う通りだ。今夜の晩御飯は少々栄養バランスが気になるが、やはり今日のMVPの大好物にしてやらないとな。


「笑う所じゃないかと、存じます!!もう気分が悪いので帰るかと、存じます!!」


 プンスカと、かわいらしく怒った正十郎君は、物理法則を無視して現れた時と同じようにそのまま時空を超越して帰っていった。あとで、お菓子の詰め合わせなどを送ろう……


 さて、それじゃ俺たちも帰るとするか……


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