第83話 管理人をやめろ?
「さあてと……一件落着したことだし、それじゃ帰るとするか……」
「お待ちください!!かと、存じます。あなたにはお話があるかと、存じます」
大きく伸びをした俺の前に正十郎君が大の字で立ちふさがった。その顔は至って真剣そのものだ。しかし、体が小さすぎるため、これでは立ちふさがるというか、甘えてきているというか……どうしよう?抱っこしようかな?
「真面目なお話かと、存じます」
「え……あ、うん……」
どうやら心を読まれたらしい。叱られてしまった。
「で、話ってなんだい?」
「単刀直入に申し上げましょう。あなたには徒然荘の管理人をやめて頂きたいかと、存じます」
「な……!!」
なんだって……?俺に管理人をやめろ?どういう事だよ、おい?いや待て。ここはうろたえるところじゃない。落ち着いて頭の中で情報を整理してみよう。
正十郎君はかわいくても夜行の幹部だ。という事はこの話はシャレでもギャグでも真剣な話であり、それは当然……夜行という組織のために言っているんだろう。
では、夜行とは何だ?
俺が知っている情報はただ一つ。妖怪警察という夜行直属の機関が、人間に悪さをする妖怪を取り締まっていると言う事。つまり、人間のために日夜働く正義の妖怪たちだ。待てよ……?正義……?
「なあ、正十郎君。それは俺の身の安全のためにか?」
「え……!?かと、存じます」
「俺は今日、図らずも百鬼衆の妖怪を3人(とプラスα)も退治、あるいは説得して百鬼側の戦力を削ってしまった。百鬼衆サイドとしては俺という存在はかなりうっとうしい……を通り越して、憎たらしい。あるいはぶっ殺したいレベルにまで評価されてるって事だな」
「話が早い方で助かるかと、存じます。そして、そんなあなたが徒然荘にいては百鬼の目はその一点に集中する。百鬼衆の妖怪たちはいずれも猛者ぞろい。今まで奴らを何とか出来たのは、彼らに集団行動をする習性がなく、単独プレーのおバカさんたちだったからかと、存じます」
「だが、俺という興味深い存在が現れてしまった。あるものはこう思うだろう。四凶の窮奇でさえ敵わなかったつわもの……是非、ご相手してみたい、ってな」
ちょうど、DJジン……じゃなくて、落ち武者・堺甚五郎のように。
「その通りかと、存じます。そんな、怪物たちが一斉に押し寄せれば……分かりますね?かと、存じます」
「まあ、分からんでもないけど……それで、何で俺が管理人をやめなきゃいけねえんだ?」
「あなたの為かと……存じます」
「だから、何でだよ?」
「あなたに管理人をやめてもらい、さらに徒然荘にいた頃の記憶を消させてもらいます。そして、今回の一件にあなたは関わっていなかったと公言すれば、百鬼も見ず知らず……それもただの一般人のあなたを襲う事はないでしょう……」
「なるほどね……っておい!!」
俺がその意見に頷いた瞬間、先輩が正十郎くんを締め上げ、玉希ちゃんがその横で拷問セットを展開していた。おいおい、君たち?相手はお子さんですよ?
「てめえ、クソガキが生言ってんじゃねえぞ、ゴラァ!!」
「むきゅ〜!!」
先輩!?正十郎君が悲鳴を上げてますから!!やめてください!!
「そうですよ〜?あんまり、ふざけた事ぬかしているとてめえのはらわたぶちまけちゃいまちゅよ〜?」
「むきゅむきゅ!!」
玉希ちゃん!?かわいく言ってるつもりかもしれないけど、それ全然かわいくないからね!?凄く恐ろしいからね!?
「管理人さんはミイナとずっと一緒にいるの!!勝手に変な事決めないでよ!!」
「そうよ!!ミイナちゃんの言う通りです!!恐ろしい妖怪が襲ってくるなら、あなた方、夜行が何とかすればいいじゃない!!それがあなたたちの役目なんでしょ!?」
二人とも……
涙目で、涙声で、あらん限りの大声で、管理人辞職に反対する二人を、俺は止める事が出来なかった。そんな不甲斐ない俺の肩を叩いてくれたのは、「まかせて」と唇を動かした友姫だった。
「玉姉もミイ姉もワガママ言っちゃダメだよ」
「どうして!?友姫は管理人さんと一緒にいたくないの!?」
「いたいよ……でも、ミイ姉。あたしは百鬼衆にいたから分かるんだ。百鬼の中には本気で危ない連中もいる。あたしやお菊さんみたいに甘い奴だけじゃないんだよ……あそこは」
百鬼衆にはよほど恐ろしい連中がいるのか……?奴らの話しをする友姫の目に、恐怖と怯えが明らかに見て取れた。
その様子を見逃さなかったのは俺だけじゃない。玉希ちゃんもだ。それでも、玉希ちゃんはその話を信じられずにいるのか、あるいは信じたくないのか、もう一人の元百鬼衆に尋ねた。
「お菊さん本当なんですか?」
「…………そうだね。ひょっとしたら、そのオチビちゃんの言う通りにした方が、坊やのためなのかね……」
お菊さんが少し残念そうな顔をしてくれたのが、少し嬉しかった。
「分かった!!それじゃあ、玉希ちゃんと先輩と友姫とお菊さんはアパートに戻ってて下さい。俺は……」
「管理人さんは!?管理人さんも帰って来るよね!?」
「え……それは……」
「やだ!!管理人さんが帰らないならミイナも……」
帰らない。きっとそう言おうとした先輩の肩に玉希ちゃんが手を置き、振り返った涙目の大きな瞳に首を振った。そして、泣き出しそうな彼女を抱き締め頭をなでて、俺に頷いてくれた。
「やれやれ、大げさだな……俺はちょっとこの人らに聞きたい事があるだけですよ」
「本当?帰ってくる?絶対だよ……」
先輩は振り返らずにそう言った。
「玉希ちゃん。先輩をよろしくね?」
「嫌です……この子の面倒は良平君がみてください……」
そんな、意地悪な……
「友姫……」
「あたしは良兄がどっちを選んでも怒らないよ……」
そっか……
「お菊さん……あんまり面識はないけど、あなたは何だか優しそうな人だから、その……なんて言うか……」
「ふふっ……あんたみたいな男の子が欲しかったんだけどね……」
すいません……でも、俺が徒然荘にいる事でそこの女の子たちに危険が迫るような事だけは……絶対になって欲しくない。例え、占術に目覚めてある程度の時間を操るなんて反則的な力を持っても、それが有効なのは一体までだし、その一体に勝てるかと言われれば……自信はない。だから……ん?
俺が女の子3人と女性1人に別れを告げようとしている感動的なシーンの横で天童がごそごそと何かをしていた。何をやっているかと覗きこむと……
「う〜ん……やっぱり、主人公変わるんだったらタイトルも変えなきゃな……」
「…………」
「次回からは喜奇快怪あらため、鬼喜快壊スタート!!みんな!!見てくれよな!!」
「てめえには学習能力ってのがねえのか!!」
“ゴッキ”
アホ1名を5kgほどの石でぶん殴って眠らした俺は、アパートに帰る先輩達を見送って、正十郎、烏丸さん、天童の3人を残した。
「さて、今度はこっちの質問に答えてもらおうか……」
そう、俺は管理人をやめるのにしても、こいつら3人に聞いておかなきゃいけない。
「百鬼と夜行って……本当は一体なんなんだ?」
この対立する二つの組織の本質を。