第8話 妖怪講座1時限目
隣のヒットマンの存在を知ってしまった俺は狂ったように101号室のドアをたたきまくった。なんせここには天狗のおじさんこと妖怪警察、巡査部長(俺の想像)、烏丸明彦さんが住んでいるからな。こういうときのために市民は税金払っているんだからきっちり働いてもらいましょう!あれ?でも妖怪警察って税金で動いてんのか?いや、今はそんな事を考えている場合じゃなかった!
「すいませーん!!烏丸さん!!今度隣に住むことになったニュー管理人の加茂というものですが大至急あなたにお話したいことがあります!!」
スリッパの足音がこちらに近づいてきたかと思うとドアが開き中から1人の男の人が現れた。
意外なことにその人は割りとどこにでもいそうな普通の人だ。チェック柄のスラックスと、のりのきいたスカイブルーのシャツがきちんとした真面目な好印象を感じる。、オールバックに流した少し白髪が混じった茶色い髪が少しだけ年齢を感じさせたが、おじさんというにはちょっとまだ若い気がする。知性的な縁なしのメガネをかけた、ちょっと日本人離れしたどちらかというとイタリア人のような顔だがそんなに怖くない。むしろ優しそうな顔をしたさわやかな大人の男って感じだ。
いや、今はそんなこと言ってる場合じゃなかった。
「あの!!」
「分かってるよ。修司君とミイナちゃんのことだね?」
さすがポリス!もう調べがついていたとは!天童よ!これでお前も終わりだ!悪は滅びるのだよ!って待て。なんで先輩の名前も並んでんの?ひょっとしてあの子も殺しを生業とする者なの?マジで世界政府に雇われた暗殺者?どういうこと?
「まあ、こんなところで立ち話もなんだから中にはいりなさい」
「はあ……」
烏丸さんはそう言って俺を家の中に招き入れてくれた。
さすがに大学で助教授をしているというだけあって家の中には本やら書類やらでごったがえしていた。
「ごめんね、ちらかってて」
「いえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
俺が今日手がけた物件に比べれば遥かにましですよ。文字通り足の踏み場もないほどに敷き詰められたゴミ袋の絨毯がある部屋と違って、ところどころに床が見えるスペースがあるし、Gだっていない。それに何より臭くない。だから奥の部屋へも割りとすんなりといける。素晴らしい。これこそが人間族の活動できる住居空間というものだ。
中は俺や先輩の部屋と違いフローリングではなく畳だ。ここにもあちこち本が散乱しているが部屋の真ん中辺りに人二人が座れるには十分なスペースがあった。俺と烏丸さんはそこに向かい合うように座った。
「さて、それじゃどっちの問題児から説明しようか?」
「ええと……じゃあ問題児通り越して犯罪者の天童から」
「犯罪者は言いすぎだよ。まあ、確かに未成年の飲酒はよくないけど彼の場合は体質なんだ」
いや……問題はそこじゃないんですけど……
でもちょっと気になるな。体質ってなんだろう?酒を飲まないと鬼になって人を襲って食べてしまうとかそんな感じか?それだった飲酒ぐらい許してやるよ。町内と俺の平和のためにガンガンやってくれ。
「烏丸さん、あいつの体質って何なんすか?」
「うん……彼はねお酒を飲まないと全身が震えてきたりなんか調子が出なかったりするんだ。だから大目にみてあげてよ」
それはただのアルコール依存症!!なんで未成年がそんな症状に見舞われるまで飲み続けてんだよ!あいつに一体何があったんだよ!女にでも振られたのか!?てゆうかそんなの病院行けよ!そして入院して二度と出てくるな!あとあんたも警官なら注意してやれよ!大目に見てんじゃねえよ!つーか、やっぱそんなことはどうでもいいんだよ!
「いや、あいつが酒をやろうがタバコをやろうが別にいいですよ。俺の中学にもそんな奴ごろごろいましたから」
「でしょ?じゃあ温かい目で見守ってあげてよ」
「それはいいです!けどね!俺の中学には刀振り回して殺しをやってるクレイジー野郎はいなかったよ!」
「あの子はまたそんな……」
そう言って烏丸さんは頭を抱え込むようにうつむいてしまった。
何を考え込む必要があるというのだ?あんたは警官!奴は殺し屋!まさに宿敵なんだからやり合えばいいじゃないか!あ!?まさかこいつらグルなんじゃ……おい、ふざけんな!!警官が屈していいのは権力と圧力だけだ!!暴力には屈するな!!お前ら妖怪どうし派手にやりあえよ!!
何てことを思ったが実はそんな必要など全くなかった。なぜなら……
「彼が誤解を招くような言い方をしたのは謝る。でも安心してくれていいよ。あの子は殺し屋じゃない」
「じゃあ、何ですか?」
「僕と同じ妖怪の警察」
だからだ。え……
なにいいぃぃ!?未成年にも関わらず酒びたりでタバコ吸いながら刀ぶん回すような頭のイカレタ侍ボーイが警官だと!?おいおい、あんたら妖怪の世界はどこまで乱れに乱れてんだよ?ていうかよく採用したな?面接ちゃんとしたのか?いや、待て。それはおかしい。
「ちょっと待って警察なのになんで殺しを?」
「それは犯罪者に対する扱いが人間と違うからね」
「どう違うんですか?」
「人間なら、逮捕、裁判、刑務所に入ることになるだろう?」
「そうですね……」
「妖怪の場合も逮捕と裁判はする。でも刑務所はない」
「え……」
おいおい……それってつまり……
「無罪になった者。軽い罰で済むもの以外は全て……」
烏丸さんは実に分かりやすいジェスチャーをしてくれた。まず右手の親指を立て、それを首のところに持っていくとスーと横に流し、“コッ”っとのどを鳴らしながら指を下に向けた。もちろん僕は青ざめた。むちゃくちゃ過ぎやしません?妖怪には人権というものは存在しないのでしょうか?と言いたくなるよ。
「えーと……妖怪の法律って厳しいんですね?」
「いや、そうでもないよ。人間を殺したり恐ろしい危害を加えたりしなければ大抵は軽い罰で済むかもしくは無罪放免になるからね」
「そうなんだ……あれ?でも何だかそれじゃ妖怪が人間を守っているみたいな感じがしますね?」
「ていうかそうなんだよ。妖怪ってのは良くも悪くも人間に力を貰って生きているからね。人間なしじゃ生きられないんだよ」
「へー……なんかちょっと意外だな。妖怪ってのはもっと人を食べたりする恐ろしいものかと思ったのにそんな事ないんですね」
「まあ、中にはそんな奴もいるけどね。基本的に妖怪は人間に悪さをしないものさ。妖怪あっての人間であり、人間あっての妖怪だからね」
「うん……?」
「はは。そう難しいことじゃないさ。どういうことかというとね……」
はい、ここからは眠たくなるようなお勉強の時間だ。テストにも絶対でないしノートも取る必要はないが一応見といてくれ。まあ、読むのがめんどくさいな、っていう方は飛ばしてもらってもOKだ。じゃあ始めるよ。
――よく分かる妖怪講座――
「まず人間というのは陽の気を持っている。この陽の気を持った人間が自然から陰の気を貰うことにより、時として精神が研ぎ澄まされ人間離れした力を手にすることが出来るんだ。次に自然や動物達は陰の気を持っており、これらが人間と長く接することで陽の気を貰い摩訶不思議な力を得ることができる。前者の場合、手に入れた力を維持するためには再び自然に接すればいい。後者の場合も同様だ。人間と共に暮らす。人間に化け人間として暮らす。など方法は多々あるが人間に触れ合えば力を維持できる。つまりお互いがお互いに必要としあっているというわけだ」
ということらしいんだが意味分かる?俺にはさっぱりだよ。そんな陰だの、毛だの、訳の分からん専門用語で説明されてもわかるわけないじゃん。でも、親切な烏丸助教授はそんな俺のアイ・コンタクトを受け取ったのか分かるように言い直してくれた。
「えっと……人間ってプラスイオンがあるよね。それで森林浴とかしてマイナスイオンを吸収するとリラックスするっていうのは知ってる?これね、長いこと森林浴するとリラックスしすぎて仙人みたいになっちゃうんだ。それとは逆に自然に生きるマイナスイオンを持った動植物が長いこと人間に接しているとプラスイオンを吸収して人間の言葉とか分かってきて、しまいには人間みたいになったり超能力とか使えてきたりするんだ。でね、この二つはお互いに力を与え合って支えあって生きてるんだ。
だから、どちらが欠けても困るわけだよ。例えば自然がなくなれば人間は力をもらえない。逆に人間が減ればそれだけ妖怪たちも力を得る機会が減ってしまう。そこで妖怪たちはこの人間と自然のパワーバランスを一定に保つために、人間社会に溶け込み人間になりすまし君達人間が知らないところで色々と暗躍しているんだ。まあ、僕は面倒くさいからそんなことしてないけどね。つまり、妖怪というのは自然界の外交官みたいなものと考えてもらえばいい。
ただね、人間の外交官にもお金無駄遣いしたり仕事サボったり色々不正する人がいるように、妖怪の中にもいるんだよ。そういうバカが。全く迷惑な話なんだけどね。こいつらは時として人間を襲って食べたりもするんだ。まあ、その方が妖怪にとっては手っ取り早く力を手にいられるんだけどね。でもね、人間が人間を食べることを禁忌としているように妖怪が人間を殺したり食べたりすることは重大な掟やぶりなんだよ。そこで僕達、妖怪警察がそういう奴らをぶっ殺……もとい、お仕置きするわけだ。まあ、僕は論文を書いたり、学生のレポートを見たり、パチンコの攻略法を編み出したり、キャバクラに通ったり、仕事をしたくなかったり、と色々と忙しいから妖怪警察の仕事はもっぱら天童君に任せているけどね」
――以上、烏丸助教授によるよく分かる妖怪講座でした――
途中、若干気に食わない表現はあったものの、一応妖怪と人間の関係については理解できた。
「つまり、人間と妖怪(自然)は共存関係にあって、本来妖怪というのは人間と自然をつなぐパイプ役であるにも関わらず、たまに力欲しさに人間を食べるような凶悪な奴がいるから、烏丸さんや天童のような妖怪警察がそんな奴らをぶっ殺してると、そういうことですね?」
「まあ、要約するとそういうことだね」
「じゃあ、天童も人間を守るためというより生きるためにやってるんですね」
「いや、それは違う」
「え……?」
「妖怪の中には誰かに力を貰わなくても自分の中で生み出す自給自足型の奴もいる。その多くは人間に力を貰う必要はないからめったに人間の前に姿を現すことはない。けど例外もいる。それが夜叉一族と呼ばれる鬼の一族だ。もっともその一族はもうこの世に1人しかいないけどね」
「え……?」
「妖怪たちの死刑執行官、夜叉一族最後の1人……それが天童修司君だ」
どういうことだ?あいつが妖怪として生きていくために人間を守ってるんていうんなら分かるが、烏丸さんの説明だと天童はそんな必要は全くないはずだ。よく分からんがあいつは自分の中で力とやらを生み出して生きていけるんだろう?じゃあ何のためにそんな危ない仕事してるんだ?仲間の妖怪のためか?人間のためか?究極のボランティア精神のなせる業か?アルコールを摂取しすぎて頭がおかしくなったのか?そんなことは俺には分からない。あいつがどんな壮絶な人生歩んでたなんて想像もできない。だが周りにどんな風に思われてきたかだけは簡単に分かる。
きっと妖怪たちには憎まれて、
間違いなく人間達には恐れられ、
周りに味方なんてしてくれる奴なんか絶対いないのに……
それでもあいつは1人で戦ってたんだ……
聞けば妖怪警察という組織は力の強い妖怪たちがボランティアでやっているらしい。つまりどれだけ働こうと何らかの報酬をもらえるわけではないし、誰かに感謝されるわけでもない。それなのに天童は……そりゃ酒びたりにもなるわな。お前は男の中の男、まさに漢だよ。いや、侠だよ。今度、酒を買ってやろう……