第75話 かわいすぎるかと、存じます
都羽姫を夜行の手から守るため、突如開催された妖怪ビューテーコロシアム。それによって本当にお姫様のような少女・友姫へと生まれ変わった都羽姫。一方、俺と天童もミイナ大先生のおかげで、ノーメイクでもハリウッドのホラー映画に出れそうな顔に整形された……
「さて、これであとは夜行の幹部さんとやらが現れるのを待つだ……け?」
俺の言葉は途切れ途切れになった。背後に異様な気配を感じる。
「なん……だ、これ?」
天童は思わずくわえていたタバコを落とした。空中の一部分がガスバーナーで熱せられたように歪んだ。
「来る……」
玉希ちゃんの顔に冷や汗があふれ出していた。この光景は前にも見た事があるが、何か威圧感のようなものを感じる。
「管理人さん……寒いよ」
先輩に至っては霊感が強いせいか、寒気すら感じている。訂正したい。これは威圧感じゃない。恐怖感だ。
「恐い……」
友姫が素直にそうつぶやいた。同感だ。恐いな……なぜか殺されそうな気さえする。
そして、いよいよ夜行の幹部がその姿を表す。
“ポン”
…………ん?ポン?あれ?何だこのかわいらしい効果音?てか、あれ?夜行の幹部さんは?どこにも見当たらないんだけど?
「ここにいるかと、存じます」
「ん?……んんん!?」
声のする方に、下に視線を向けて俺たちは驚愕した。
身長1mにも満たないオッシーぐらいちっこい体。卵みたいにツルッツルの肌。そこにマジックで落書きされたの?って聞きたくなるような真一文字の目と口。耳にかかる程度の青い髪。七五三かい?と聞きたくなる黒色の着物……
え?これ?これ!?これええ!?え!?違うよね!?絶対これじゃないよね?だって、こんなのどっかのアミューズメントストアに行ったら、UFOキャッチャーとかに置いてそうなでっかいぬいぐるみじゃん!!
「失礼かと、存じます」
「え、あ、ごめんね?え、ていうか、君が夜行の幹部?」
「はい、拙者が夜行の幹部にして天龍八部衆の筆頭……神野正十郎かと、存じます」
「…………」
え、ごめん。分からない、理解出来ない。こんなちんちくりんのどこか恐ろしいの?こんなんだったら、ひのきの棒でも十分倒せるんじゃないの!?ねえ、玉希ちゃん?
「いいえ、良平君。見た目に惑わされてはいけません。この神野正十郎殿はこれまでただの一度も敵から攻撃をされた事がないのです」
攻撃をされた事がない……?攻撃を受けた事のない、の間違いじゃないのか?だって、敵の攻撃をかわして、受けた事がないってんならまだ分かるけど、攻撃をされた事がないって……それって、つまりは敵に攻撃をさせない……させる前に殺してきたって事か?
「いいえ、かわいすぎるあまり誰も攻撃できなかったのです」
なんじゃそらああぁぁ!!お前ら妖怪はバカばっかか!?まともな奴いないの!?何かあの窮奇がかえってノーマルな気がしてきたよ!!
「おい、ガキんちょ」
「あなたが夜叉王丸ですね。烏丸さんから話は聞いているかと、存じm……」
“バシコーン!!”
天童君!?何でいきなり頭はたいたの!?てか、そのちっこいのってお前の上司みたいなもんだろ!?そんなことしていいの!?
「おい、何だよ。全然攻撃できるぜ?」
ただの実験!?探究心旺盛なのは結構だがな、子供相手に何やってんだよ!!やめてやれよ!!かわいそうだろ!!
「きゅ、きゅふ……?」
ほら見ろ。「何で僕ぶたれたの?」って顔してるぞ?しかも、半泣きだぞ?
「きゅ……きゅ……きゅ!」
あ、目が合った。
「きゅきゅきゅきゅ……」
あ、走ってきた。
「きゅふ!!」
あ、飛びついてきた。て、何で?
「あなたは優しそうな人かと、存じます」
「お、おお、かわいい事、言ってくれるじゃん」
「そして、あいつは悪い奴かと、存じます。だから殺して欲しいかと、存じます」
無理かと、存じます。0.0秒で返り討ちかと存じます。
「お前一体何しに来たの?」
「おお、そうでした。危うく使命を忘れる所だったかと、存じます」
そう言うと、正十郎君は俺の腕からぴょこんと、かわいらしく飛び降り、一直線に友姫の所……へ……え?
「古代中国の怪物・四凶の一角、窮奇の末裔の都羽姫殿とお見受けするかと、存じます」
一瞬でばれたああぁぁ……
(ちょっと、玉希ちゃん!!どういうこと!?一瞬でばれたよ!?)
(………………玉希、分かんな〜い)
(かわいこぶってごまかすな!!そしてキャラも忘れるな!!)
まあ、普通にテレパシーで会話している俺も人のことは言えないんだが……そんな事より!!これ、どういう事だよ!!何で、ばれるんだよ!!都羽姫を生まれ変わらして友姫にして、姿も名前も変えて、それでごまかせるんじゃなかったのかよ!!
「こんな小細工しても無駄かと、存じます」
「な、なんの事かな?」
「拙者には過去の映像を見る力があるかと、存じます。例えるなら、防犯カメラの映像を見るように、この場で起こった全ての出来事を見る事が出来るのかと、存じます」
「ええっと……それはつまり、俺たちがさっきここで不正行為の相談と実行をしていたのを……」
「丸見え〜……かと、存じます。きゅふ、きゅふ、きゅふ……」
笑われた…………のか?
「そして、あなたが必死になって窮奇と戦い都羽姫殿をお救いしようとした事も、彼女が窮奇に操られていた傀儡にしか過ぎないのも分かりましたかと、存じます」
「え……」
「ああ、それと……オッシーは誰かをやっつけて欲しいとか、何かごまかしたりとか、そんなひどい事やずるい事を考えるような子じゃないかと、存じます」
「じゃあ、なぜ……?」
「おそらく、姿形を変える事で、過去の自分と決別し、新たな人生を歩んで欲しかったから……かと、存じます。オッシーはいつだって誰かのことを思いやる優しい子ですから……かと、存じます」
「何か知ってる風だけどオッシーとは友達なのか?」
「いえ……昔、パパ上に蔵の中に閉じ込められた事がありまして……その時に遊び相手になってもらったのです…………と、そんな事はどうでもいいかと、存じます」
白い卵肌をピンク色に染める正十郎君。かわいい。
「とにかく、都羽姫殿……あ、いえ、友姫殿は無罪放免にいたすかと、存じます。無論、お菊さんも」
「いよ!!さすが、天竜八部衆の筆頭、正十郎君!!」
「きゅふ、きゅふ、きゅふ…………」
何はともあれ、無事一件落着かと思われたその瞬間……
「しかしですね……」
愛くるしい姿から一転。正十郎君の卵肌に暗い影がさす。それは明確なまでの怒りを表していた。終わったと思ったのは俺のはやとちりか……?