第60話 天童の過去
尊い犠牲を払い、世にも不思議なお喋りシベリアンハスキーを片付けたはいいが、残る二匹が問題だな……落ち武者に片車輪。天童クラスの化け物二匹……なんでよりによっていっぺんに出てくるかな……一匹ずつにしろ!!一匹ずつに!!
などと、無意味な思考を展開させているうちに、落ち武者がゆっくりとイスに腰を下ろし、こちらを睨みつけた。
「クックック……残念だったな、小僧ども」
「何!?」
それはどういう意味だ!?まさか……まさか、もうオッシーや子供達は!!
「ゴルフボールはこっちに飛んで来なかったぞ。他を当たれい」
「は……?」
え?え?ゴルフボール?何言ってんの、この人?まさか……
「ぬ?お主らはゴルファーとキャデーさんではないのか?」
いいぃぃたああぁぁ……まさか、ゴルフバッグ担いでるだけで本当にキャディさんと勘違いするバカがこの世に存在するなんて……ていうか、さっきの犬とのやり取りで大体分かんだろ!!なんだよこのバカ!!信じられ……ん?
「おい、良平!!良平!!」
「何だよ、天童。その嬉しそうな顔は?」
「ガリガリ君!!ガリガリ君10本な!!絶対奢れよ!!帰りに、あの……角のコンビニで!!」
「…………」
ぶっ飛ばしてええぇぇ……こいつ、超ぶっ飛ばしたい。超ムカつく。大体お前さっき3本にしようとか言ってたじゃねえか!!
「……………………そんな事より問題はどちらから叩くか、だな」
「だな、じゃねえよ!!何都合が悪くなったからって話題変えようとしてんだ!!」
「まあまあ、今はシリアスパートに戻る時だから。このタイミング逸したらなかなか戻れないから」
確かに……ここは堪えるとしよう。そして天童の来月の家賃は10倍にしよう。
しかし、天童クラスの怪物二人がいっぺんに襲いかかってきたら……こっちに勝ち目はあるのか?いや、それ以前にさらった子供達を人質にされたら俺たちどうしようもないぞ……
「その心配はねえよ、良平」
「ずいぶん楽観的だな、天童。どうしてそんなことが言えるんだ?」
「仮にもこいつらは“鬼”を語ってんだ。ガキを人質にしたり、二人で同時に襲ってくるなんて……そんな無粋な真似はしないさ。そうだろ?」
天童の呼びかけに呼応するように落ち武者・堺甚五郎が立ち上がる。ただ、それだけの動作で、なぜかその場の空気ががらりと変化した気がした。
「左様……我ら百鬼は鬼。鬼に横道はなし!!」
「また、随分古い言い回しを……しかも、それを俺に向かって言うなんざ、なかなか嫌味な事してくれる」
「……クックック。さすが、良く分かっておるではないか」
鬼に横道はない……確か酒呑童子が源頼光に酒で酔っ払って身動きができない時に討たれる間際、だまし討ちじみた手を使った頼光たちにぶちギレて言った最後の言葉だよな……なるほど、酒呑童子の末裔である天童に言うと嫌味になるね。
ならば、こいつらは鬼らしく正々堂々、一対一でやりあうってのか。それなら助かるが……さっきの集団で襲ってきた鬼っぽい方々は……いや、そんなこよりもこいつらなんのために子供をさらったんだ?人質にするためじゃないんなら……食料!?いや、それもない。なぜなら、片車輪という妖怪は子供に対しては優しいし、親が反省すれば返してくれるいい妖怪のはず……なら、なぜ……
「少年……」
俺の疑問に答えるように落ち武者が口を開いた。
「あの子らは我らの同胞にするべく連れて来た。傷つける事はない」
「何!?同胞って……人間の子供をお前らの仲間にする気なのか!?」
「例え人間でも長い年月、修行に励めば我らと同じ妖怪になる……」
“ボッ……”
落ち武者の言葉をさえぎるように、天童のライターがタバコに火をつけた。紫煙がゆっくりと神社の境内を登っていく。なぜかは分からない……が、分かる。天童がキレてる。
「あるいはてめえみたいに未練たらしくこの世をうろちょろしてる……とか?そんな事までして妖怪になってお前……何が楽しいの?侍やってた奴のやる事じゃないんじゃない?」
「ふふふ……よもや、貴様の口から私怨怨念などという言葉が出るとはな……」
「そんな事、一言も言ってませんけどぉー。おたく耳が腐ってんの?それとも頭の方?」
「まあ、そう噛みつくな。我はお主に頼みがあるのだ。何。悪い話ではないぞ?お主に……」
「断る」
え?あれ?天童君?そのオッサンまだ何も言ってないよ?
「どうせてめえも同じだろ……てめえも……俺に百鬼衆の頭張れって言いに来たんだろ?」
何だって!?いやいやいや、それはないだろ!!いくらお前が強いからって、敵対組織の凄腕ヒットマンを、いきなりドンとして向かえようなんて……そんなむちゃくちゃなスカウト聞いたことねえよ!!
「スカウトなどではない。この男……天童修司には我ら百鬼の頂点に君臨する権利と、その義務があるのだ!!」
「天童が持つ権利と……義務?」
「なぜなら!!この男は……百鬼衆を作り上げた、先代酒呑童子・夜叉王丸殿のご子息だから!!」
「な……!!!!」
「そして!!この男は!!先代とその身内……すなわち、己の親兄弟一族郎党を皆殺しにした張本人だからである!!」
「う、ウソだろ……?」
それしか言葉が見つからない。親兄弟を皆殺し?言ってる意味が分からない。いや、本当は分かるんだけど……え?どういうことだ?なんで……鬼だから……いや、違う!!そんなはずはない!!少なくとも俺が知っている天童修司は……そんな悪鬼じゃない!!……よな?
「いや、良平……こいつの言っている事はマジだぜ」
天童は涼しい顔でタバコを投げすげた。なぜ……そんな顔をしていられるんだ?いや、どうしてお前はそんな事を……は!!そうか!!
「分かったぞ、天童!!お前の親父が百鬼衆っていう悪の組織を作っちまったから、責任を感じたお前が立ち上がり、親父とその一味を倒したんだろ!?な、そうだろ?」
ほとんど自分に言い聞かせるような問いかけに天童はにこやかに微笑んでくれた。俺はその微笑にほんの少し安堵を覚えた。神社の前に広がった身の毛もよだつ悲惨な光景が脳裏をよぎり、もしこいつが本当に殺人鬼だったらどうしようって……そう、思ったから……でも、そんな風に笑ったてことは……
「いや、良平……俺が親父とその愉快な仲間達を皆殺しにしたのは単なる復讐さ」
「へ……?」
おい、よせよ……やめてくれ、天童……そんな火曜サスペンスの犯人みたいな言い方……俺が知っているお前は人間のために戦う正義の……違うのか……ヒーローなんかじゃ……
「俺の親父は……俺の母さんを殺した……そして、俺を捨てた。さらに、それを拾って育ててくれた寺の住職を、兄弟が殺した。産まれてはじめて俺を化け物扱いしなかった人間のダチも殺した。殴りこみをかけた鬼の城にいた姉も救えなかった」
「…………姉?それってまさか……」
「俺の姉、天童美鬼は親父を倒すための刀の材料になるため溶鉱炉にその身を投げた……大切な人の血肉をささげて刀を打つ。夜叉族に伝わる秘伝だ。そのせいで肉体を失い魂だけの存在となり、記憶もなくなり俺の事を兄だと思っている」
「あの……美樹ちゃんが?」
そうか……それで美樹ちゃんは刀に……でも、そんなの……そんなのって何だか悲しい……悲しすぎるじゃねえか……それに今のお前の顔も……