第58話 鬼
裏山神社の入り口で武装したゴブリンどもに奇襲を受けた俺達だったが、そのうちの一匹が震え上がる先輩を殺そうとしたまさにその時、俺の中の不思議な力が覚醒した。それは全ての時間が見えるという能力だ。だが、その力を持ってしても三十数匹いる鬼の一匹も倒せぬまま、相手の怒りを買うだけだった……でも、黙ってやられる気はない!!
「てめえなんざ、この俺様が本気を出せば!!」
鬼が右手を引いた?反撃に出る!!来るのは右のフックだ。俺の顔面まで0.34。こんなの交わせるのか!?待てよ……ギリギリ届かない所までバックステップで……0.21!!いける!!
「何!?かわした!?」
いけるな……
ん?後ろからも来るな。でも、そいつが俺の首をはねるのにかかる時間は0.8975秒か。しゃがんでも余裕で間に合う時間だが、これはどうかな?うん、いける。間に合う。
俺は斧で襲いかかってきた鬼の首をがっしりと掴むとそいつを持ち上げた。そして、そのままゆっくり振り向き、後ろから俺を真一文字斬りにしようとする別の鬼に差し出した。
「人間のガキが調子に……あれ!?」
「おいバカ!!よせ!!」
刀は折れ、刃先がアスファルトに突き刺さった。斧を持っていた鬼は気を失っただけか。石頭でよかったね。
「全員下がれ!!何かおかしい……」
「ああ……こいつ俺たちの攻撃を完璧に見切ってやがる」
ち、やりすぎた。さすがに豹変した俺に警戒して誰も近寄ろうとしない。それぞれ、3〜4.21秒ほどの距離を保ってる。この距離はやりにく……
「う……!!」
何だこれ!?頭が……体が痛い!!やばい、動けない!!このままじゃ!!
「何だ?動きが止まったぜ!!よし、今がチャンスだ!!」
「おい」
天童の……声?
「へ……?」
「ちょっとどけ」
「ぐぺぇ!!」
俺をしとめようとした鬼を一蹴。鬼はそのまま吹っ飛び森の木々をなぎ倒し見えなくなった。俺が火事場のクソ力パワーと脳みそフル回転してやっとの思いで一匹倒したってのに……こいつはたった二言と蹴り一発かよ……やっぱ、本職に任せたほうがいいかも……
「大丈夫か、良平?」
「……!?」
こいつ今……
「しかし、いくら今日のあんたが冴えてるって言っても今のありゃ一体……」
「へへへ……」
「何笑ってんだよ?」
「いや、今お前「管理人さん」じゃなくて「良平」って呼んでくれたなって」
「!!」
「やっと友達になれた感じがしたぜ」
「何くだらねえ事言ってんだ!!とにかく後は俺に任せてあんたは下がってな」
「ああ、そうさせてもらおう」
実を言うと体に激痛が走った途端に時間が見えなくなったんだ。どうやら、あの力には制限があるみたいだが……一体何だったんだ、あれは?
「良平君、そんな事よりここは天童君に任せて私たちは下がりましょう」
「ああ……俺たちがでしゃばっても足手まといになるだけだ……」
「ええ、悔しいですがその通りです……さ、ミイナちゃんも早くこっちへいらっしゃい」
「……先輩?」
あれ?どうしたんだろう?玉希ちゃんが呼びかても先輩は全く動こうとしない。それどころか背中を向けたまま……いや、違う。天童の方を向いているのか。そして、肩が少し震えているのは……
「ごめん……なさい」
泣いていたから……
「ごめんなさい……管理人さん、天童君、玉希ちゃん……ミイナも……お手伝いしたかったのに……やっぱり恐くて……足手まといで……」
先輩……
「バカですか、お前は」
な!?おい、天童!!そんな言い方はないだろう!!と、言おうとも思ったが、どうやらその必要はなさそうだ。天童は先輩の頭に優しく手を載せるとぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱すように頭を撫でてやった。
「ふにゃあ〜!なにするの!」
「バカだな……お前は。最初っからお前に期待しちゃいねえ。臆病なお前が戦えるなんて鼻から考えてねえっつーの」
「ごめんなさい……」
「謝るこたねえよ。それでいい。それでいいんだ」
「……?」
「戦えない奴が無理に戦わなくていい。戦うのはそういう力と度胸のある奴の仕事だ」
「天童君……」
「危ねえからお前も下がってろ」
「うん!!」
天童の言葉で先輩はいつもの元気を取り戻した。そして、俺や玉希ちゃんと共に天童の後に下がって奴を応援する事にした。……それはいいんだけど、天童君のさっきの言葉って先輩への励ましだよね?俺への嫌みじゃないよね?そうだよね?だったら、そんなに睨まないでよ、マイ、フレン……もう余計な事しないから……
「さてと……非戦闘員の避難も済んだことだし、楽しい職務質問タイムと行きますか」
「くくく……」
「何笑ってんの、お前?」
「ブゥアァーカ!!言ったはずだぜ!!弱い奴から死んでいくってな!!」
言った瞬間。4匹の鬼が飛びあがった。にしてもこいつらバカだ。天童が弱い奴だなんてそんな訳ねえだろ。あれ?天童の頭上を跳び越し……まずい!!こいつらの狙いは天童じゃねえ!!
「まずはてめえらからだー!!」
「フン、バカはてめえらだ」
天童が鼻で笑った瞬間、赤い閃光が宙を切り裂き、飛び上がった4匹の鬼達が、8つの体になってアスファルトに転がった。
「こうなる事ぐらい予想できんだろうが、ボーケ」
な、なんて強さだ……たった一撃で同時に4匹も……
「さあて……次はどいつだ?」
「よおし、なら俺が相手だ!!俺の名は……」
「死ね」
一匹の鬼が名乗りをあげようとしたが、天童はそれを許さず頭から一刀両断。道路の上に死体がまた一つ……いや、二つ増えた。天童君……それはいくらなんでも反則じゃ……
「お、お、お、お前汚いぞ!!いくらなんでも名前ぐらい聞くだろ普通!!」
「喚くな魑魅魍魎。こっちはお見合いに来たんじゃねえ……殺し合いに来たんだよ!!」
「ひ、ひいいぃぃ……」
道路の上の死体が五つ増えた……強い……だけど、それ以上に恐ろしい……これが……これが天童の姿なのか……
「ちょちょ、ちょっと待て!!」
「あんだよ?遺言なら3秒以内にまとめろ」
「そうじゃない!!お前さっき職質って言ったじゃん!!これのどこか職質だよ!!ただの虐殺じゃねえか!!」
「ああ、それね……やっぱいいわ」
「へ……?」
「俺の情報じゃまだ他にいるはずだからそいつに聞くわ」
「そ、そんな……」
ひでえ……とはあながち言えない。なぜなら、俺にもこいつの気持ちがよく分かる。俺だって天童のような力があれば同じ事をしただろう。先輩にあんな事を言って殺そうとした連中を許せるはずがないから。
「さて……」
天童は刀を一旦鞘に納め、左手でタバコをつまみそれを口元に運ぶと、右手に持ったライターで火をつけた。そしてライターをしまって、再び深紅の刀身を解き放つと、刀を肩に預け、中指を突き立てた左手を前に出した。
「死にたい奴からかかってこい。殺されたいならそこを動くな。神にすがって生き延びたいなら全速力で逃げろ。どれ選んでも結果は全部同じだけどな」
天童がくわえていたタバコを吸いきってしまう頃には、35匹いた鬼達が全滅していた。