第57話 時
前回、バカが警官にパクられたが、俺達は敵妖怪の妨害や奇襲など受ける事なくすんなりと裏山神社の入り口、つまり裏山のふもとの鳥居までやってきた。のは、いいんだが……
「なあ、天童?いくらなんでも出来すぎじゃね?」
「と、言うと?」
「正直言うとここまで来るのに敵の妖怪に襲われるんじゃないかとビクビクしてたんだよ……でも、何もなかったろ?」
「…………」
「天童?」
「リクエストが叶ったみたいだな」
「は……?」
え……タイム……それって……
「32……いえ、35と言ったところでしょうか」
え、玉希ちゃん?それ何の数?君のお母さんの年齢?じゃ……ないよね……
“ボン、ボン、ボン”
花火のような音がしたかと思うと、俺達の周りを取り囲むように武装した1m弱のゴブリンもどき(30匹以上)が現れた。しかも、どいつもこいつもオッシーのようなかわいらしさなんてかけらもねえ。凶悪な面してやがる……ていうか、
「いくら何でも多すぎだろ!?お前ら汚いぞ!!」
「ヒャッヒャッヒャ!!人間のガキが何かほざいてるぜ」
「いや、だから襲ってくるにしても、もうちょっとフェアにだな……」
「はぁ〜ん?何言ってるか分かりませ〜ん。日本語でお願いしま〜す」
うっわぁ〜……こいつら超ムカつくぜ。でも、できれば戦闘は……
「死ねえ!!」
「て、いきなり!?」
ゴブリンの一匹が何の警告もなしにいきなり俺に大きな斧を振り回してきた。迫りくる刃に俺は反応する事すら出来ない。ただ、分かっていたのはこのままじゃ殺される、って事だ。けど……
「管理人さん!!」
「ぐふぉあ!!」
“ベキベキ”
先輩の強烈なタックルのおかげで俺はあばら骨の2,3本と左手の自由がなくなるだけの軽症で…………あの、ごめんなさん。これひょっとして敵の攻撃よりダメージ大きくないですか?
「管理人さん……恐い……」
「へ……?あれ?先輩?」
「恐いよ……ふうぇええん」
あれ?どう考えてもこいつらより強そうな、てか明らかに強いと思われる先輩が泣きだしてしまった。これは一体どういうことなんだ……そうか、分かったぞ!!
先輩は昔、人間に飼われていた飼い猫だった。けどそれが猫又になり飼い主に嫌われて、叩かれて、追い出されて、それ以来人間と接するのが恐くなってしまった子だった。そう、この娘はどんなに強くても、心は強くなんかないんだ……やっぱり、連れて来るべきじゃ……!!
「おい、どうしたお嬢ちゃん?殺し合いは始めてか?」
「ふにゃ!?」
「だったら俺がレクチャーしてや……ん?」
鬼の一匹が先輩めがけて斧を振り上げるのを見て、俺はとっさに痛む体を引きづり、先輩をかばうように覆いかぶさった。
「何してんの、お前?」
「ちょっと待て!!この娘は昔人間にひどい目に合わされてそれがトラウマになって、大きい声とか、威嚇するような行為とか、あの……暴力とかは……」
「だから?」
「へ……?」
「弱い奴から死んでいく!!これ、自然界の常識でしょ?」
「…………は?」
頭の中の血管が何本か切れたような気がした。
「何なんだよ、お前?こっちは必死で説明してるのに……」
「良平君?」
けど、反対に恐ろしいぐらい冷静になったような気がした。今どうすべきなのか感覚的に……いや、理論的に分かる。しかし、これは何だ?
「先輩はそんな強い子じゃないって言ってるのに……戦えないのに……」
「か、管理人さん……?」
目の前に広がった不思議な光景。今見ている映像に重なるように出てくる無数の意味不明な数字の羅列たち。
「弱い奴が死ねだと……?」
「おい、管理人さん?どうしたんだ?」
いや、意味なら分かるぞ。それがどうして分かるのかは分からないが分かる。これは……
「死ねだとおおおぉぉぉ!!」
時間だ。
そうだ。全ての時間が見える。こいつの斧が俺の頭をかち割るまでの時間も、俺がこの足元の石を拾ってその軌道まで持っていくのに時間も。計算では余裕で間に合う。けど、これにはいくつかの条件がいる。
一つは、この鬼が俺の事をなめきっているという事。戦闘のプロに本気を出されちゃいくら俺が頑張ったところで、おそらくひとたまりもない。しかし、この心配はほとんどいらない。それは、こいつは俺が弱い人間で、しかもぶちギレて冷静さを失っていると思っているはずだからだ。
なぜなら、俺は玉希ちゃんや先輩や天童の声を、あえて聞こえないフリをしたからだ。こいつの目に俺は、仲間の声すら届かない愚か者に映っているだろう。あんな小芝居でも十分に効果はあるはずだ。
もう一つは、位置関係と体勢。まずは、位置関係。鬼は俺の左。これは悪くない。次は体勢だな。鬼は斧を振り上げて頭上で静止している状態だ。いや、すでに振り下ろし始めている。それに対して俺は先輩をかばうようにかがみこみ、右手で10cm大の石を握って鬼を見上げている状態だ。悪くないどころか理想的だ。
ここから予想される鬼の攻撃なんて、斧を真下に振り下ろして俺の頭を真っ二つに割る事だけだ。しかも、右手に握った石は鬼から見えない。こいつは俺がなすすべもなくただやられるしかないと思っているはずだ。
最後の条件。これが一番の問題だ。それは突然見えたこの時間が見えるという能力……本物か?いや、流れ的にただの幻覚って事はないと思うんだけど、これそうじゃなかったら俺間違いなく死ぬぞ。だが、迷ってる暇はない。イチバチのまさに命がけ。やるしかねえ!!
「ほえても強さはかわらねえよ!!」
「それはどうかな!!」
鬼の一匹。最初に俺に襲いかかり、戦えない先輩に斧を振り上げたこいつ。その手に持たれた斧の数字が凄まじい速さで減っていく。0.86。0.72。0.52。俺の命のカウントダウンか。だけど、
「俺も黙ってやられる気はないからな!!」
握り締めた石を斧めがけて突き出した。刹那。斧の数字は0.13で止まり、割れ物注意の割れ物が粉々に砕ける小気味のいい音が俺の鼓膜を揺らした。
間に合ったか……この能力は本物だ。
斧は真ん中から綺麗に砕けちって、最早ただの棒切れと化していた。こいつは何が起こったのかまだ理解していない。事態に気づくまで3.21秒。3発は顔面を殴れるな。よし、いける。まずは立ち上がりこいつが反応する前に首根っこを掴んで……
「だったら」
「ギャ!!」
ぶん殴る!!
「てめえが!!」
「ぐ……」
おら、もう一丁!!
「死ねええ!!」
「くそ!!」
ラスト一本どうだ!!
「調子に乗るな、クソガキ!!」
鬼が始めて怒りを表情に表した。ていうか、3発も顔面ぶん殴ったのにノーダメージかよ……だが、この力があれば戦える。やってやる!!言っとくけど、怒りを感じてるのお前だけじゃねえんだよ。頭は冷静でもこっちだって腸煮えくりかえってんだよ!!