第49話 三日目スタート
徒然荘に来て早くも三日目の朝を向かえた俺は、天童と二人で台所に並んで朝食の後片付けをしていた。窓から差し込んでくる朝日が水しぶきに乱反射して虹を描いてくれた。なんて美しいんだろう……こんな小さな幸せをもらえるなら、皿洗いも…………
「いいわけねえだろう、あんのクソボケどもがああぁぁ!!」
「ままま、管理人さん。もう少しで終わるからな?落ち着こう?な?」
「悪いな、天童〜手伝ってもらって」
「いや、俺も朝飯食ってたしな……」
そう、実は今日の朝食はちょっと賑やかだった。俺とオチビちゃんズに加え、天童、烏丸さん、先輩、玉希ちゃんまで来て、それはそれはもう大変だったよ……作る方はな!!何でよりによって全員来るんだよ!!しかも、オチビちゃんたちはともかく、烏丸さんは食うだけ食って……
「いかん!!パチンコの時間だ!!」
とか言って飛び出してったし、先輩は
「にゃにゃにゃーにゃ(訳:遊びに行ってきまーす♪)」
とかいって脱走……玉希ちゃんも……
「ミイナちゃんが心配だからあたしもー♪」
逃走……最後にポツンと残った天童が頷きながら
「管理人さん……俺手伝うよ……」
と、言ってくれて今に至ると言うわけだ……
ていうか!!先輩はあんな子だし、玉希ちゃんはお嬢様なんだから洗い物なんかしないんでしょうから、あの二人は百歩譲って許しましょう!!でもね!!
「何なんだよ、烏丸は!!何でパチンコって書いてパトロール!?ねえ、天童君!!あいつ殺してもいいかな!?」
「ままま、落ち着いて!!あの人大学の助教授やってるけど、あれってバイトみたいなもんであんまり給料もらえないんだよ。だから、パチンコで生活費を……」
「だっだら別のバイトをしろおおぉぉ!!」
「いやいやいや、俺に言われても困るからな」
うむ。確かにその通りだ。俺とした事がつい……こんな時はクロちゃんの肉球で心を落ち着けよう。前から一度、犬の肉球を触ってみたかったんだよ。
「おい、管理人さん。クロならいねえぜ」
「ええ!?何で、何で!?せっかくクロちゃんにきつねそばでも作ってあげようと思ったのに……」
「ちょっと、頼みごとをしててな。あと、あいつのエサならもう俺がやったぞ」
「…………てめ!!何抜け駆けしてんだよ!!」
「いいじゃねえかよ、誰が世話したって……」
「ダメだ!!クロちゃんの世話が俺がする!!」
「な……!!何でそうなんだよ!!俺だって前から犬飼ってみたかったんだよ!!クロのドッグフードは俺がやる!!」
「やかましい!!クロちゃんの面倒はこの俺が見る!!なぜなら俺はこの徒然荘の管理人!!それすなわちアパートのゴッドマザーを意味する!!」
「しねえよ!!何でアパートの管理人=ゴッドマザー!?どんな方程式!?」
「貴様!!管理人さまに逆らう気か!?家賃を値上げされても知らぬぞ!!」
「あんたなぁ……」
とてつもなくかわいらしい理由で睨みあうおバカな野郎二人。こんな情けない俺たちを見かねたのか美樹ちゃんが一枚のメモをステンレスのシンクに置いておコタに戻って行った。
「げ……!!」
「う……!!」
そのメモにはこう書かれていた。
――美樹ちゃんメモ――
クロ
本名:黒山喜平
年齢:約2050歳
種族:妖狐族
特徴:全身真っ黒でワンちゃんみたいだけど本人は犬扱いされることを非常に嫌う。でも好物はドッグフード。
―――――――――――
「ちくしょう!!犬扱いしちゃダメなのかよ!!」
「そのくせ好物がドッグフードなんてかわいすぎるぜ!!」
「ああ、俺たちのハートをがっしりとわしづかみにして離さねえ!!」
「俺たちはどうすりゃいいんだ、管理人さん!?」
「すまん!!俺にも分から……ん?」
“ツンツン”
また美樹ちゃんがメモをくれたぞ?今度はどんな情ほ……う…………
お前らキモイ
真っ青に凍りつく俺。真っ白に石化した天童君。二人の熱は急速に冷めた。いや、冷め切った。もう春だってのに何だか肌寒いや……
「天童君……お茶でも飲みますか……」
「ええ……そうしましょう……」
こうして俺たちはクロちゃんの話題は一旦おいといて、湯飲みにお茶を入れるとオチビちゃんたちたちのいるコタツに入っていった。そして天童と美樹ちゃんは読書を、俺とオッシーはテレビと、それぞれ自由時間に入ったわけだが……
美樹ちゃんが読んでいる雑誌なんだけど……
『週刊ワイルド女性ヘブン』
え、これ女性週刊誌だよね?エロ本じゃないよね?ていうか、女性週刊誌でも嫌なんですけど……でも、天童が読んでる本に比べりゃまだマシだ。だって、天童君ったら……
『The・女の子にモテる方法』
なんかもう……これ、なんてコメントしたらいいんだよ!!何でイケメンなのにそんな本読んでるの!?悲しすぎて突っ込めねえよ!!しかも著者が……
『著・烏丸明彦』
ちょ……おま……それ……
さて、本を買うときはタイトルより著者の名前に注意した方がいい天童君の事は放っておいて、俺はオッシーと教育番組でも見……
『続いては株式関連のニュースです……』
総合ううぅぅ……教育じゃなくて総合見てるよこのちびっ子……しかも、株式関連のニュースって、お前そんなの分かんのかよ……
“カタカタ……”
何かノートPCで株式のグラフとか数字の羅列とかみてるううぅぅ……え?何?分かるの?その意味不明なスパイの暗号みたいな画面が分かるの?お前ってひょっとして超天才児なの?
「ふー……やっぱりニューヨーク市場じゃもう……でも、頑張らなきゃ!リーマンブラザーズのショックから世界経済が立ち直れるか否かは僕の両肩にかかっているんだから!」
嘘おおぉぉ……こんなちっこい肩に世界の経済かかってんの?大丈夫?支えきれる?ていうか、こいつの言ってる事ほとんど分かんないだけど!!
頼むから俺に質問すんじゃねえぞ!!サラリーマンの兄弟なんか知らねえよ!?俺、マリオ兄弟しか知らねえぞ!?早く次のニュースに行け!!
と、そんな俺の願いが通じたのか次のニュースに行き、最近この辺りで多発している犯罪が報道された。そして、スタジオのアナウンサーが現場に振ると、なんと俺とオッシーが出会った公園が映し出されたのだ。俺は嫌な胸騒ぎがして、レポーターの言葉を一言一句聞き逃さないようにした……
『昨日、この公園で遊んでいた高橋たかし君4歳が、お母さんのたかこさん35歳が井戸端会議をしている最中に消息を絶ちました。この町内では幼児が行方不明になるという同様の事件が相次いでおり、今月に入りこれで6件目になります。警察では事件、事故の両面から捜査を進めています』
何か日本語がおかしいような気もするがそれは緊張のせいだろう。決して作者の文章能力では真面目な台詞は書けないとかそういうんじゃないから。たぶん……
そんなことより問題はこんな恐ろしい事件が身近すぎるところで起きていると言うことだ。こんなニュースちょっと前までの俺なら大して気にしなかったが、オッシーと美樹ちゃんと言う幼い子供を持つお母さん的なポジションになっちまった今としては不安でならない。お前は消えたりなんかしないでくれよ、オッシ……
「これってすぐそこの公園だよね!?ねえねえ、美樹ちゃん。後で遊びに行こうよ!テレビに映るかもしれないよ!!」
親の心配、子は丸ごとシカト!!おーい、オッシー。君の危機管理能力は0かね?それと美樹ちゃん?興奮気味に頷きながらお化粧するのはやめようね?君はそんなにテレビに映りたいの?そうだよな。お前はテレビ大好きだもんな。
仕方ない。実はこんな事もあろうかと昨日玉希ちゃんにあちこち引きずりまわされている最中に21世紀の科学が生んだ秘密道具を購入していたのだよ。
「オッシー、美樹ちゃん。これからお外に遊びに行くときはこれを肌身離さず持って行きなさい」
「なあに、このたまごっちみたいな物体は?」
「ふふふ。それはね……テレテテッテテー♪防犯ブザー♪オッシー君これはね、烏丸さんのような悪い人が近づいた時に真ん中のボタンを押すと、大きな音が出ていい子を悪い人から遠ざけてくれる便利な道具なんだ」
「…………」
あれ?なにその冷たい視線?うわっ美樹ちゃんまで?どういうこと?
「あのね、お兄ちゃん。その発想はあまりに犯罪者をなめてるとしか思えないよ。音でビックリして逃げ出すなんて、それは犯人が素人の場合でしょ?これがプロの犯行になると音なんて出ても慌てずにこのブザーを破壊すると思うね。いや、それ以前に子供がブザーに手をかけるまえに取り上げちゃうと思うんだ。そうなるとこれはもうただのたまごっちもどきでしかないよ」
そこまで言うなよ……俺だけじゃなくてそれを開発したおっさんとかも可哀想になるだろ……ていうか、プロの犯行って何だよ?誘拐にプロとか素人ってあんの?
「それ以前にね。僕たち妖怪だよ。危ないって思ったらすぐに神隠しの力で逃げるから平気だよ」
そう言えばこの子たちにはテレポーテーションチックな反則能力があったんだ。誘拐になんて会うわけがないよな。うん?美樹ちゃんがまたなんか渡してきたぞ……
心配してくれてありがとう。
でもね、あたしもオッシーも悪い人にはついていかないよ。
そうだよね。お前たちはいい子だもんね。ごめんよ、お兄ちゃんがバカだったね。
「でも、せっかくお兄ちゃんがくれたものだし貰っておくね」
そう言ってオッシーと美樹ちゃんはどこかへ遊びに行った。子供らしく玄関からとたとた走って出て行きゃちょっとはかわいげがあるんだが、俺への皮肉なのか例の神隠しの力を使って一瞬で消えてしまった。