第46話 クロちゃんのライバル?
アパートの庭でクロちゃんが教えてくれた玉希ちゃんの秘密。それは彼女が生まれつき生殺与奪という、老若男女問わず虜にし自分の思うがままに操れるという妖術を使っていることだった。
だが、不思議な事にその妖術は俺には通じない。そしてそこがクロちゃんが俺を推す理由だという。一体どういう事なんだ……
「お待たせ。で、オイラが推す理由なんだけど……あの神社でも言ったように妖狐族の連中はあの子の事を神だと崇めている。おまけに半人前の若造じゃ、まずあの妖術には耐えられねえ……」
なるほど……つまり、長生きして経験値の高いクロちゃんにはその妖術に耐えられると……そして、同様に烏丸さんや天童も妖怪警察と言うだけあってそれなりに修行をつんでるから……え、ちょっと待って。じゃあ、先輩は?……ま、あの人の規格外は今に始まった事じゃないしね……ん?
「あ……そうか!!だから、あの子の生殺与奪に耐えられ、普通に接する事が出来る俺を……?」
「それもあるけどそれだけじゃねえよ」
「え?じゃあ他にはどんな理由があんだよ?」
「君がそんな妖術抜きで玉希ちゃんの事を好きになってくれたからだよ」
「おい、ちょっと待てクロちゃん。確かに玉希ちゃんの事はかわいいとは思うけど……好きという感情とは……その……何だ……えっと……」
ダメだ。何かうまい言葉を言えそうで言えず、まるで好きな女の子の名前を当てられあたふたと苦しい言い訳を探すた男子のようになってしまった。本当、そんなんじゃないのに……
だが、クロちゃんはそんな俺に追い討ちをかけるが如く例のブラックボイスレコーダーを取り出し、ニヤリと笑って無言で再生ボタンを押した。
『うん、だったら言うけど、今のところ嫌いじゃないし、むしろちょっと好きぐらいだけど、現在はそんなの関係ねえ!てぐらいそれどころじゃないと思うんだ』
この野郎ううぅぅ……自分がどてっぱら撃ち抜かれたあの状況でこんな事してたのかよ……
「体張った甲斐があったぜ……」
ご主人想いの優しいワンちゃんだこと!!
「待て待て、クロちゃん。これ良く聞いて見ろよむしろちょっと好きぐらいって言ってるだけであって、はっきりと好きって言ったわけじゃないぞ。それに妖術のことだって知らなかったし……」
「ふふふ……なら聞くけど、君は玉希ちゃんの何を見た?どこに魅力を感じた?生殺与奪とは関係なしにあの子のどこがかわいいって思うんだい?」
「え……おま……その……そんなの……えっと……それは…………あの…………」
「そう、あの子の優しい所だろ?」
ごめんなさああぁぁい!!俺、おっぱいとモデル顔負けの整った顔立ちに目がくらんでました!!本当ごめん!!クロちゃん!!
「………………まあ、良平君ぐらいの年頃の男の子ならそれ以外の所にも目が行くかも知れないけど……気にする事ないよ?」
「うぅ……気を使わせちゃってごめんね?」
「いや、別にいいって……」
「でもクロちゃん。俺、本当に玉希ちゃんの事何にも……」
「いやいや、これだけで十分だって」
そう言って再び押されるボイスレコーダー……
『そうだよな。玉希ちゃんは優しい子だもんな……』
もうギブ……自分の声聞くだけでも恥ずかしいのにその声が恥ずかしいワード連発するのは耐えられねえ……
「分かったよ、クロちゃん。俺の負けだ。もう勘弁してくれ」
「じゃあ、認める?」
「ああ……でもクロちゃんが言うように好きになったのかっていうと……少し違う」
「……?」
「玉希ちゃんてさ……泣いてる先輩の事かわいそうに思って、本当は自分が勝ちたいはずなのに優しいからわざと勝ちを譲っちゃうし、明らかにウソ丸出しの野上さんの言う事なんか鵜呑みにしちゃうし、なんて言うのかな……何かほっとけない?みたいなところがあんだよ。俺が助けてあげなきゃ……ってか支えたい?……あ」
「どうしたの?」
「はは……分かった。分かったよ、クロちゃん」
「分かったって何が?」
「これじゃさっき玉希ちゃんに話した劉邦だ……でも、俺はあの子のそばにいて、助けてあげたい。俺ごときがこんな事言うのも変な話だけどね」
「……」
クロちゃんは俺の告白を黙って聞いてくれた。そして、沈黙を守り通したこの男は……
“カチン”
録音ボタンのスイッチを止めた。ちっくしょう……今のも録音されたわけ?お前俺の恥ずボイス集めて何が楽しいの?
「今の台詞……玉希ちゃんが聞いたら泣いて喜ぶかな……?」
「いや、あの、クロちゃん?いえ、クロ様。出来れば内密の方向でお願いしたいんですけど……」
「妖狐族は……」
「ああ、はいはい。どうせ人をだますプロだの、ウソをつく妖怪だのって言うんでしょ?それはもう、重々承知していますよ。でもね……
「受けた借りは三倍返し!!」
「え!?」
“ガシャン!!”
こ、こいつ……ボイスレコーダーを地面に叩きつけてぶっ壊しやがった……でも……
「な、何で……?」
「なあに、久々にバカみてえに長生きしてて心底良かったと思えるもん聞いちまったんでな。俺様も雄、おめえさんも男、男通しこんなことされて気持ちいいわけねえことぐらい分かるしな……」
「ク、クロ……ちゃん?」
なんだこいつ……急に雰囲気が変わった……いや、雰囲気だけじゃない。喋りかたまで……
「ま、うちのワガママ姫には適当言っておくし、あの子猫ちゃんにも黙っておいてやるから安心しな……しかし、劉邦と来たか……くくく……それじゃ、クロちゃん二号だよ。こんな強力なライバルが現れるなんてな……こりゃ、オイラももうじきお役ごめんってか?はは……」
クロちゃんは笑った。笑ったけど……ちょっとだけ悲しそうな笑顔だった。なんで……なんて考えなくても分かりきったことだ。なら……
「やっぱり……親代わりのクロちゃんとしてはちょっと寂しいのか?」
「バカ言ってんじゃねえよ。これであいつのお守りから解放されたと思うとせいせいすらぁ」
「そうかい……じゃあ、玉希ちゃんとは別の部屋の方がいいか?」
「は?何のことだ?」
「決まってるだろ。クロちゃんの部屋のことだよ。まあ、俺としては203号室に住んでもらうと家賃収入が増えるからありがたいんだが……なんなら俺の部屋に住むか?うちのおチビちゃんズも喜びそうだしな」
「…………」
「クロちゃん?」
しばらくボーっとしていたクロちゃんはキセルをくわえ大きく息を吸うと、幻想的な虹色の煙を吐き出した。
「お気持ちはありがてえが、オイラは狐の妖怪。狐に慣れ合いなんざ似あわねえよ」
「え、でも玉希ちゃんは……」
「玉希ちゃんは半分人間だからそういう感情があっても仕方ねえけどよ、おいらは生粋の妖狐なもんでね」
「いや、でも、一人より誰かといる方が……」
「いや……おいらには一人が性に合ってる……長生きするとつくづくそう思うよ……」
そう言ってクロちゃんはうっすらと黒くなりかけた空を見上げた。
そうか……そうだよな……普段はおちゃらけててもクロちゃんは2000年以上も生きた大妖怪だ。そんだけ長生きすれば色んな出会いがあっただろう。そして、嫌でもそれと同じ数だけの別れもしてきただろう。きっと、それは俺なんかが想像も出来ないほどつらいことに違いない。
「クロちゃん……あの……」
「良平君は気にしなくてもいいよ」
一瞬心を読まれたのかと思った。
「え……?」
「てめえの世話はてめえで焼くのが妖狐ってもんだ。だから、心配ご無用、オイラの家ぐらいオイラで何とかするさ」
そして、ニッカリと微笑む黒い狐。不思議なもんだ。始めてみた時はただのかわいい喋る動物ぐらいにしか思わなかったのに、今のこいつにはなぜだか妙にでかく感じる。そう、小さい頃に見ていた親父の背中って感じだ。なんだか、ちょっとかっこいい……
「なあ、良平君。さっきの台詞なんだけど……いつか、君が本当に玉希ちゃんの事を好きだって思える日が来たら、君の口からあの子に言ってくれないかな?」
「ああ……約束するよ」
「ありがとう……さてと、それじゃちょっと早いが寝るとすっかね……」
そう言って親父の背中をした黒い狐は「ポチ」と書かれた薄汚い犬小屋に入って行っ……かないでええぇぇ!!ちょっと待てええぇぇ!!
「クロオオォォ!!なんだよ、それ!!今のかっこいい雰囲気が台無しだよ!?ていうか、マジで何なんだよ!!まさかマイホームなんていわねえよな!!」
「違う、違う。夢のマイホームだ」
「ウソつけ!!明らかに持ち主が違うだろ!!思いっきりポチって書いてんだろが!!お前それどこのゴミ捨て場から拾ってきたんだよ!!」
「失礼だな。ゴミ捨て場なんかから拾ってくるかよ。これはドリームアイランドに落ちていた素敵アイテムだよ」
「違いが分かんねえよ!!ゴミ捨て場も夢の島も一緒だよ!!ていうか、お前それでいいのかよ!?妖狐族のプライドは!?」
「え?妖狐族の家って大体こんなもんだよ。あー、でも良平君は大人になったらちゃんとした家に住んでくれよ。一応、玉希ちゃんのお婿さん候補なんだから」
心配されなくてもちゃんとした仕事に就いたらちゃんとした家を建てるよ!!何をどう間違えてもワンI(犬小屋)なんて悲しすぎる間取りになんて住まねえよ!!俺のことはいいよ!!自分の心配をしろよ!!誰かこの子に愛の手を!!