第45話 玉希ちゃんの秘密
玉希ちゃんとのお話が終わり、その後現れた変な乱入者をしりぞけ、藤崎さんへの報告をすませた俺は、別段(アホと天然以外には)精神的にも肉体的にもなんら被害は受けておらず、玉希ちゃんって結構まともな子かもしれないと思った。
そう考えると先輩にフラグを立てようとするよりは玉希ちゃんのほうがいいかもしれないな……いや、でも先輩は芸能人顔負けのかわいさなんだよな……しかもナチュラル猫娘……いやいや、玉希ちゃんもモデル顔負けの……いっその事萌えの王道ハーレムに……うーん、どうすっかな……
なんて俺ごときが贅沢な悩みを抱えながらアパートの階段を下りていくと庭でクロちゃんが俺を手招きしてる。なんだろ?
「何だ、クロちゃん?俺に何か用か?」
「玉希ちゃんから親父さんの話を聞いたかい?」
「ああ、それがどうかしたのか……?」
「そうか……」
クロちゃんはまたも四次元アスホールから何かを取り出した。それは石川五右衛門とかが使ってそうなキセルだ。それをくわえると指先から出した小さな炎でタバコに火をつける。ライター要らずの便利な妖怪だ。ていうか、よくケツの穴から取り出したものをくわえられるな……
「おい、クロちゃん。のん気にタバコなんてふかしてねえでさっさと用件を言えよ」
「まあ待てよ。今頭のなかで話すことを整理してるから」
クロちゃんは甘い煙をふーと吐き出すと少し寂しげな顔で話し始めた。
「玉希ちゃんはさ今までずっとバカ一族のせいで後ろばっか見ていたんだ。だから、上っ面だけ大人のように振舞っていても、どこか不自然で自分って奴がなかったんだ」
「そういや、そんな感じがしたな……」
「おまけに一族の連中と来たらそれをいいことに……ああ、これは神社で話したっけか?」
そういえば言ってたな。妖狐族の若い男たちは玉希ちゃんのことを神のようにあがめて誰も友達のように接してくれないって……
「だから、良平君のように玉希ちゃんと向き合い話をしてやり、自分の気持ちに気づかせてくれる奴なんていなかったんだ……これで玉希ちゃんもやっと前を向いて生きていける。ほんの少しだが大人になれた」
「ちょっと、待てよ。だったらクロちゃんがしてやればよかったじゃん」
「おいらは玉希ちゃんの子分だ。そして、子分であると同時に親代わりでもあるんだよ」
「だったら、なおさら……」
「確かに教えてやるのは簡単なことだ。でも、狐ってのはそういうことをしちゃいけないんだ」
「どういうことだ?」
「下の者に言われて気づくようじゃ半人前。上に言われてその通りにするってんならお人形と変わりゃしねえ。だから自分で気づくまで何も言わないし教えない。冷たいと思うかもしれないけど、これは一人で生きていけるようにっていう畜生なりの親の愛なんだよ」
そうなのか……クロちゃんってふざけてるようで実は結構考えてるんだな……さすが20世紀のキャリアを持つ大妖怪だ……あれ?でも、それじゃ……
「俺が教えてやるのはありなのか?」
「ああ、それは別に構やしねえ。だって良平君は玉希ちゃんの上でも下でもない、同じ場所に立つ野郎だからな」
「初めての友達ってわけか……」
「いや、そうじゃなくて夫っていう意味」
「何でそうなるんだよ!!」
「冗談、冗談。でも……」
そこで言葉をきり、クロちゃんはキセルをくわえる。そして、言葉と一緒にゆらゆらと白い煙が口から溢れてきた。
「おいらとしては良平君と一緒になって、こんなアパートじゃなくて、庭付き一戸建ての綺麗な家に住んで欲しいんだがな……」
「…………なあ、気になったんだけど、どうして玉希ちゃんといいお前といい俺に……」
「そんな重荷を背負わせるかって……?」
「別に重荷だなんて思っちゃいねえよ!!俺……玉希ちゃんの事なら……」
「……こいつは失敬」
そう言ってクロちゃんはぺこりと頭を下げた。そして顔を上げた瞬間、俺の全身に鳥肌がたちまくった。
それまでのクロちゃんはアニメに出てくるかあいい動物だったのに、今のこいつは、この顔はまさに妖怪の……いや、先生や親父のような大人の男の人がたまに見せる真剣なそれだったから。
「良平君」
「あ、はい……」
俺はクロちゃんの気迫に負け思わず敬語になってしまった。でも、クロちゃんは俺のそんな些細な変化に気づいて、申し訳なく思ったのかいつものあどけない口調に戻してくれた。
「さて、さっきの良平君の質問の答えだけど、玉希ちゃんが君を選んだ理由はそこにあると思う」
「…………ごめん、そこってどこ?俺、バカだから……ちょっと分かんない……」
「玉希ちゃんのように色々背負った女の子でも、受け止められる優しいところ♪」
「いや……そんな風に言われると照れるっていうか、なんていうか……ていうか、玉希ちゃんみたいにかわいい女の子が相手なら男は誰でも……」
「うん、玉希ちゃんが相手なら男は誰でもそう言うに決まってる」
「おいおい……それはちょっと言い過ぎってか親バカはいってないか?」
「うんにゃ、これは親バカでも冗談でもないよ」
「え……それはどういう……?」
そこでクロちゃんはキセルのタバコを取替え、また火をつけた。甘くて白い煙が黒い闇に溶け込んだ所でクロちゃんの口が開いた。
「ねえ、良平君。玉希ちゃんっていい臭いした?」
「え……それはもう………………あれ?」
あれ?おかしい……
普通、玉希ちゃんの年頃の女の子ならこう……シャンプーの香りか石鹸の香りか良く分かんないけどいい香りがするもんだ。そして健康的な思春期の少年なら例外などなく、その香りドキ!!っとしてキュン!!ってするもんだ。それが……
「玉希ちゃんにはなかった……」
「そっか……しなかったか……そうかそうか……普通、人間や犬ネコ果ては昆虫に至るまで全ての生物にはフェロモンってのがあるのは知ってるよね?」
「…………ああ」
やべえ、どうしよう……知らねえのに雰囲気に呑まれてつい「ああ」とか言っちゃった。
「えっと………………フェロモンってのはつまり生物が持つ異性をメロメロにさせる特殊な体臭だよ」
ありがとうクロちゃん……俺のハートをスキャニングして気を使ってくれたんだね……ありがとう……
「つまり、なんだ。玉希ちゃんにはそのフェロモンってのがないって事だな、クロちゃん?」
「いや、その真逆」
「へ……?」
「玉希ちゃんのフェロモンは生まれつき強力過ぎて、すでに妖術の域にまで達している。その名を“生殺与奪”……」
「生殺与奪……?どういう意味……?」
「読んで字のごとく生かすも殺すも与えるも奪うも自由……早い話が思うがまま」
「…………は?」
え……それってつまりは……じゃ、何か?玉希ちゃんの妖術にかかったものは、玉希ちゃんの言いなりになって……彼女がもし……
「死ねって言えば死ぬ」
「……!!」
クロちゃんが俺の心を読んで言ったその一言はあまりに衝撃的だった。
「な、なあクロちゃん……もしかして玉希ちゃんって今までに……」
「安心して。玉希ちゃんは君が思ってるような事はしてないよ。それにある程度までならあの子の力で抑えることが出来るし、大人の姿をすれば完全に封じ込めることも可能だ」
「そっか……そうだよな。玉希ちゃんは優しい子だもんな。そんな事するはずないよな……へんな事言ってごめ……ん?」
待てよ……クロちゃんの話が本当だとすれば……
「おい、クロちゃん。何で俺にはその妖術が効かないんだ?言っておくけど俺は鼻詰まりでもないし、鼻が利かないわけでもないぞ?」
「そこがオイラが君を推す理由」
「はぁ……だから、そこってどこだよ?お前の話は分かりにくい」
「それは……あ、ごめん。ちょっと待ってね」
そう言ってクロちゃんはまたタバコを取替え火をつけた。俺はクロちゃんが気持ちよさそうに煙を吐き出す様子を文句も言わずじっと見つめていた。
なぜなら、彼のこの行動の一挙手一動足がかわいいからだ。ちくしょう、動物好きの自分が憎い!!クロちゃんの話は気になるがもう少し待とう……だから読者のみんなも次回まで待っててね?