第42話 本当の玉希ちゃん
玉希ちゃんが俺を好きになったのは俺が玉希ちゃんより大人で子供だからだそうだ。さっぱり意味の分からない理由に当然俺は疑問符を投げかけるしかない。
「玉希ちゃん、それどういう意味?バカな俺にも分かるように説明してくれよ」
“ガチャ”
おいいぃぃ!?何でそこでいきなりトカレフ!?バカは死ななきゃ治らないから!?だったらバカのままでいいです!!生かしておいて下さい!!
「ちょっと、ちょっと、玉希ちゃん?そんなもの取り出して何する気!?」
「何もしやしないよ」
「え……?」
「このトカレフはね、拳銃であれば暴発を防ぐために取り付けられてる安全装置をはずした拳銃なんだ。当然ながら軍人のような拳銃の扱いに慣れていないものが持てば暴発してしまうような危険な銃だけど、そのおかげで極寒の対ドイツ戦において精密なワルサーが凍結によって動かなくなる中、荒い仕上がりのこのトカレフは大活躍したんだ。君はまさにこのトカレフのような人間だ」
「…………」
あの……取りあえず褒めてはいるんだろうけど喜んでいいのかよく分からない。たとえの意味が分からない。小学校の時に出された意味不明な問題ぐらい分からない。俺に分かることはそんなあぶなっかしい銃を持ち歩けると言うことは、君が軍人さん並に銃の扱いに長けちゃってるという悲しい事実だけだ。
「ちょっと分かりにくかったかな?ならこれならどうだろう?」
“パチン”
玉希ちゃんが指を鳴らすとちゃぶ台の上に白い薔薇の花が咲き乱れた。何をしようというんだ?
「良平君、白い薔薇ってね着色した水を吸わせるとこんな風になるんだよ」
“パチン”
再び指を鳴らすと白薔薇の姿が一変した。花びら一枚一枚の色が違う。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。これは何色と言えばいいんだ?虹色か?
「何にもない真っ白な心を持ってるから君はそんな柔軟な発想が出来るんだね。この薔薇のように」
「それってさ……頭が空っぽだからとんでもないようなことを思いつくってこと?」
「そうとも言うね」
「なーんかバカにされてるような気がするんだけどな……」
「そんなことありませんよ」
玉希ちゃんは首を振り笑顔を俺に向けた。ていうか、何で敬語?でもなんでだろう?気のせいかな?さっきと違って何だか無理のない感じがする。ひょっとしてこれが玉希ちゃんの言ってた本当の姿って奴か?
「考えても分からない。なら、考えなければいい。疲れたなら止まればいい。重たいなら荷を降ろせばいい。仮面が苦しいなら取ればいい。そんな簡単なことにも余計なことばかり詰め込みすぎたあたしには気づけませんでした。それをあなたは気づかせてくれた」
「そんな大層なことじゃないと思うんだけどな……ていうか玉希ちゃん?なんかすんごいお上品な話し方してるけど、それが君の本当の喋り方?」
「はい。幼少よりこのような話し方をしていたので、こちらの方が話しやすいのですが、クロちゃんには、その喋り方は他人行儀で距離を感じるからやめろ、と言われてるもので、あのような話し方をしていたのです」
「はあ……」
確かに話し方は少し他人行儀だけどその口調はいたって柔らかく、俺としてはさっきの僕っこ口調より何だか身近に感じるな。普通は逆なんじゃないかと思うが玉希ちゃんはお嬢様なんだしこっちの方が自然体なんだろう。何だか洋風の大和撫子って感じでいいと思うよ。
「でも、そんな心配は杞憂でしょう。だってあなたは上辺で人を判断するような方ではないから。あなたは優しい人だから」
「まあ、俺がそんなに優しい奴かどうかは謎だけど、このアパートにはそんなに嫌な奴はいないからその方が楽だってんなら、そうしたらいいよ。わざわざキャラ作ってまで他人と付き合うなんて疲れるだけだろ?」
「そうですか。ではお言葉に甘えてそうさせていただきます」
そういうと玉希ちゃんは両手を畳につけ深々とお辞儀をした。
「ふつつかものですがこれからもよろしくお願い致します」
「へ……?」
「これからは妻としてあなた様のお世話をさせていただく所存にございます」
そうだ。そういやそうだった。すっかり忘れてたけどこの子は妖狐族の未来のためとか言って俺を半強制的に婿にする気だったんだ。いや、待て!
「あ、あのさ、玉希ちゃん。何度も同じこと言うようでなんだけど、それって妖狐族の未来のためか、何だかよく分かんないけど君の意思じゃないんだろ?だったらもっと慎重に本当に好きな人を見つけてそいつと結婚すりゃいいと思うよ」
「当初はそのつもりでした。あなたにも聖なるツボをお買い上げいただいたあと消えてもらうつもりでした」
あれ?今変な言葉が聞こえたけど気のせいだよな?うん、気のせい、気のせい。幻聴だから気にするな。
「しかし、こうしてあなたと過ごし、話し、向き合い、気が変わりました。やっぱりあたしはあなたが好きです。一緒になってください」
「いや、あの気持ちはめちゃくちゃ嬉しいんだけど……」
「安心してください。さっきのように無理にとは言いません。嫌なら嫌と断っていただいても結構です。その時は仕方ありません。あたしも潔くあなたには消えてもらいます」
“ガチャ”
あの……玉希ちゃん?喋り方が変わっただけでさっきと内容は何一つとして変わってないよ。それ、告白じゃないと思うよ。脅迫だと思うよ。
「ふふふ……冗談ですよ。あたしも女です。妖怪としてでは女として妖術を使わずに色気であなたをとりこにして見せますよ。そしてミイナちゃんに勝って見せますね」
そうか、そう言ってくれるならありがたいんだが……トカレフは妖術じゃねえだろ。ていうか……
「クロちゃんはああ言ってたけど俺は別に先輩のことなんか……」
必死にごまかそうとする俺の口を玉希ちゃんの指がそっとふさいだ。
「それ以上は言わないで。あなたの気持ちぐらい分かってます。けど、いつかきっとあたしの方に向けさせて見せます」
その指はゆっくりと玉希ちゃんの唇に移動した。ってこれ……ひょっとして……間接キスなんじゃ……
「そしてその時はあなたの唇を頂きますね」
玉希ちゃん……そんなことされたら俺の唇は即効で君に奪われてしまいそうだよ……
などと俺が淡い妄想に取り付かれていると、
“ガタン”
という、物音がして……
「キャアアァァ!!」
と言う悲鳴をあげながら玉希ちゃんが俺に抱きついてきた。ていうか……これ……抱きついたというよ……り……もはや……ベアハッグじゃ……ちょ、勘弁して……ゲロどころか内蔵吐きそう……君、付き合うんなら正義超人にした方がいいよ……
「良平君!!今!!今物音がしました!!そこの押入れから物音がああぁぁ!!」
「あ、ああ……したね……」
「あの……お恥ずかしい話ですが……実は私……オバケが苦手なんですうぅ!!」
ああ、知ってるよ。俺も読者もみんな知ってる。第30話のサブタイトルと中身見てみろ。もう、丸分かりだから。ていうか、いい加減放して?じゃないと、君の目の前の男の子がオバケになっちゃうよ?内臓どころか霊魂吐き出しちゃうよ?
「玉希ちゃん?少し放してくれる?」
「いやああぁぁ!!そんなのいやあぁぁ!!私を一人にしないで下さい!!こんな状況で一人にしないでええぇぇ!!」
「いや、違うから……ちょっと、あの押入れの中を……」
「ダメエエェェ!!そんなの絶対ダメエエェェ!!あの押入れには一万年前に封印された悪霊が住んでいるです!!封印をといてはいけません!!」
んなわけねえだろ。何だよ、一万年前の悪霊って……このアパートどう見ても築数年しかたってねえよ。ねえよ、そんな歴史。と、いう突っ込みが通じる玉希ちゃんではなかった……
「出るんですか!?このアパート出るんですかあぁ!?」
「いや、出るどころか、妖怪ばっかだよ」
「オバケ!?オバケ!?ねえ、オバケ!?」
「いや、ちょっと落ち着いt……」
「いやあぁぁ!!もういやああぁぁ!!クロ、クロ、クロ!!クロちゃああん!!う、う、うええぇぇん……」
「ああ、もう!!」
「……!!」
効果があるのかないのか分からなかったが、俺はクロちゃんの名前を呼びながら泣き叫ぶ玉希ちゃんを、先輩にしてあげたように抱きしめて頭を撫でてあげた。すると、あれだけ半狂乱になっていた玉希ちゃんはピタリと止まり落ち着きを取り戻した。
う〜む、このハグと言う行為には妖怪の精神を落ち着かせるリラクゼーション効果でもあるのかな?ま、いいや。
「大丈夫だから。ね?落ち着いた?」
「…………はい」
「玉希ちゃん。あの押入れの中に悪霊がいても大丈夫。この徒然荘には妖怪警察が二人もいるんだ」
まあ、あの頼りないコンビなんだけど……だけど……
「だから、そんな奴はすぐにやっつけてもらうさ」
「…………はい」
「実力はこの俺が保障するよ。あいつの強さはマジで半端ねえんだって」
「…………はい」
「そんな奴が悪霊如きに負けるわけ無いだろう?」
「…………はい」
なんたって、つい昨日の晩にその信じられないほどの強さを見せつけられたからな。
それに、あいつは……あいつは俺がピンチになったら呼んでもいないのに駆けつけてくれる。そして、戦いが終われば礼も言わせずにさっさと帰っていく。上手く言えないけど、頼りになって、強くて、格好良くて、けれどどこか不器用なそんな奴だ。信じてるぜ……天童。
「ついでに、俺も君のそばにいてあげるからね?」
「………………」
玉希ちゃんは黙ってうなずくと俺をそっと解放してくれた。ふ〜……死ぬかと思ったぜ……妖怪ってのは悪魔超人の別名か?まあ、いい……
「こっちは昨日から色んな妖怪に色んな目に合わされているんだ……」
俺は中に潜んでいる奴に聞こえるような声で言いながら、一歩、一歩、と押入れに近づいて行った。
「今さら、悪霊程度で……」
そして、押入れの前に立つと、一気にふすまを一気に開け放ち……
「ええええぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
死ぬほど驚いた…………